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5.月を跨いで凪ぐ君は 11.1.2024






「なぁ、チサク?」



「な、なぁに?」




俺が少しばかり怒っていることをチサクは感じ取っているのか、表情が硬い。




「学校。」



「学校がどうかした?」




俺が学校、とだけ一言発すると、何を言おうとしているか察したようで、表情が柔らぎ、いつも通りのらりくらりとした掴みどころのない雰囲気に変わる。


それに少しイライラしてしまって、つい意地悪な上に、語気の強い喋り方になっていく。




「…心当たり、ないの?俺に会いに来いってチサクが言ったのに?」



「んー?どうだろう。会いに来いとは言ったね。」




俺がイライラしてきているのにも構わずに、チサクはどんどんはぐらかしていってしまう。


この状況で、学校に来ていないことが俺にバレていないと思っているはずがないのに、平然としていて、俺の気持ちを理解されない苛立ちばかりが募る。


チサクは悪くないとわかっていながら、つい怒鳴りつけてしまいたくなる。


そんな気持ちを抑えて、ゆっくりと事実のみを告げるようにする。




「会いに行った。絵の具、返しに行った。」



「そっかぁ。ごめんね、教室いなくて。」




教室にいなかったことについて謝られたいんじゃない。


俺に会いに来いと言っておいて、俺に会ってくれないチサクに苛立っているんだ。



……本当に苛立っているのだろうか。


それは多分、きっと、違う。


苛立っているのではなくて、悲しいんだ。



俺に、未来があるんだから学校に行け、と言ったチサクが学校に行かないことで、残り少ない自分の未来を捨ててしまっているように見えて悲しいのだ。




「……チサクに時間なんてないの知ってる。本当に座るのも歩くのも辛い日があるって知ってる。だから、学校にいけない日があるのだって知ってる。全部全部ちゃんと知ってる!」



「知ってるならわかるでしょ?」




俺の言いたいことを察したのか、自分のテリトリーに必要以上に踏み込まれるのを嫌がっているのか、チサクは何時になく冷たい声を出す。


それに怯んでしまいそうになるけれど、伝えたいことは伝えておかないと後悔する。



チサクの時間は残り少ないのだから。




「……でも!でも、俺に、言ったよな。自分に、会いに、学校来いって。じゃあ来てよ。っ俺に、チサクに、会いに、行かせてよ。」




悲しいことを自覚してしまうと、もう涙が出てきて止まらなくなってしまう。


チサクの前ではかっこよくいたい。



涙なんて出てこなくていい。




「……そっかぁ。学校行ってないのバレちゃったかぁ。誰から聞いたの?絵の具返しに来ただけじゃ、学校来てないことわかんないよね?」




学校に行っていないことがバレていたことなんて知っていたクセに、まるで、それがバレていて怒っていたんだね、とやっと理解した風を装っているチサクに、なんだか涙が止まらなくなる。




「後輩の子。」



「そっか。陸上部、たくさん後輩いるもんね。」




しばらく無言の時間が続く。


今まで、何度も無言の時間だなんてたくさんあったが、何か感じたことはなく、むしろ居心地が良い無言だった。


しかし、今はなんとなく居心地の悪さを感じる。




「……俺に会いに、たまに、たまにでいい。だから…だから、学校に来てはくれませんか。」




ほとんど泣きながら懇願する俺に、少しだけ微笑んでから、チサクは口を開く。




「……そっかぁ。ふふっ。そう、だね。」



「じゃあ!」




チサクが俺を期待させる一言を口からこぼす。




「でも、もう殆ど行けないよ。……少し、考えておくね。絵の具、返せないと困るだろうし。」




『考えておく』


非常に曖昧で確証なんて一欠片もない、揺蕩う水のような言葉。


でも、それでも、君が一考の余地があると感じてくれているのならばそれでいい。






君が学校に来たって、この絵の具は返さない。

君は、きっとこの絵の具を返してしまったら、また学校に来なくなってしまうから。




俺は少しでも長く、君に会いたい。






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