1.月の横に並ぶ君と 7.6.2024
「11秒21!!」
「はぁっはぁっ」
「おい、影浦。どうした。タイム、この間から2.3も伸びてるぞ。」
「すいません!走り込みしてきます!」
本当に、俺、どうしたんだろうか。
吹奏楽部や隣で練習している野球部の声が、なんだか鬱陶しく思えてしまう。
俺がうまくいっていないのを嘲笑っているのでは、と勘違いしそうだ。
もうすぐインターハイがあり、今まで優勝を目指して体力作りや、フォームの見直しをしてきて、地区予選でも2位通過できたというのに、タイムが縮むどころか、この3週間伸び続けている。
それを先ほど、ついに顧問に指摘されてしまい、慌てて走り込みと言って逃げてきてしまった。
「だー。何してんだろ。俺。」
走り込みしながら、なんだかやる気がなくなってきた。
走っていた河川敷の上に寝転んでみる。
「お、お疲れだね、颯星先輩。どーしたの?」
「タイムが縮まない。いやそれどころか、ここ3週間くらい伸び続けてる。顧問にも声かけられた。」
「それで逃げてきたんだ?だめだねぇ。」
コロコロと可愛らしい笑い声がする。
その声でやっと俺は、チサクに話しかけられていることに気がついた。
チサクの方を向く。
「…………あ、足がある?!?!」
チサクと初めて出会った3週間前は空中に浮いていたが、今は普通に地に足をつけている。
え、幽霊じゃなかったのか?!
「んー?なになに?そんなことに驚いてるの?私言ったじゃん!幽霊じゃないよ、って!」
チサクは信じられなーい、なんて言いながらケタケタ笑っている。
確かに、前に会った時も足は透けてなかったような…?
ん?じゃあ幽霊じゃないとしたら、彼女はなぜ浮いていたのだろうか。
むしろ、そっちの方が信じられない。
「あれ?なんか不思議そうな顔してんね。あ、浮いてたあれ?それはナイショ。もうすぐ新月の日だよ。」
「……新月の日にこだわるのはどうして?」
「んー、新月の日が1番"分かりやすい“から、かなぁ?まぁもうすぐ分かるから、急がないでって。」
チサクはそう言って、白いワンピースの裾を風に遊ばせながら、来た道と逆方向にゆっくりと歩いて行った。
そういえばチサクは吹奏楽部である、というようなことを言っていなかっただろうか。
チサクと別れたあと、走り込みをしつつ学校に帰ると、まだトランペットの音が校舎の外にまで鳴り響いていた。
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チサクと約束した新月の日がついにやってきた。
別に何時に集合という約束をしたわけではないが、もう夜の8時30分を回ってしまったので、少し焦っている。
よくわからないとはいえ、女の子に夜道を歩かせられない。
今日は部活の友達に誘われて、外周を30周も練習終わりに走った。
多分、俺がタイムが縮んでいないことで落ち込んでいたから、体力作りになればいいと思って誘ってくれたのだと思う。
本人は砲丸投げの選手なので、そこまでランニングはいらないと思うのだが、俺に付き合って30周走り切ってくれた。
本当にいい友達を持ったと思う。
「母さん、ちょっと俺散歩行ってくる。」
今日は新しく買ったスニーカーを出してみようか。
黒地に青でロゴが描かれているデザインだ。
一目惚れをして買ってしまった。
…………
珍しいことに母からの返事がない。
普段なら気をつけて、ぐらいの返事はあるのだが、俺何かやらかしただろうか。
もしかして激怒してる?
いや、今は一旦考えるのをやめよう。チサクを待たせている可能性がある。
いくら幽霊のように空を歩けたとしても、あの暗い公園に女の子が1人では危険だろう。
ドアを開けて、一歩踏み出す。
少しだけいつもと違う浮遊感を感じたが、新しいスニーカーのせいだろうか。
もしかしたら楽しみすぎるのか?俺。
それはないな。うん。ないわ。恥ずかしい。
そんなことを考えながら歩き出したその瞬間。
「はっ?!?!」
俺の体が宙に浮かんだ。
「やっほ。遅かったねー。先週からタイム縮んだー?」
「いや、伸びてはないけど縮んではないな。……ってその前にどういうことだこれ!」
「あー説明いる?まぁ、一旦落ち着いてよ。」
説明いるわ!体が浮いてるんだぞ?!事情知ってるなら説明するべきだろ!!!!
しかも、体が急に宙に浮いて落ち着けるやついんのか?!慌てるし、普通に怖いだろ!
「んー、説明してあげてもいいけど、後悔するかもよ?」
「後悔………?」
「後悔。あ、あと私、9時15分から見たいテレビあるからさー。話は手短に頼むよ?」
ほんと自由だな。あと30分もないじゃん。
しかも、後悔ってどういうことだよ。
「……もぉー。しょーがないなぁ。説明はしてあげる。これはね、新月病。不治の病だよ。」
しんげつびょう?ふじのやまい?って治らない病気っていうあの?新月病だなんて、聞いたことがない。
「聞いたことはないだろうね。この病気はね治療法がないし、そもそも普通の人はこの病気を知らない。医者でさえも。」
「治療法がない?でも、宙に浮くだけなら治療なんてしなくても……。」
「ほんとに?体力減ったなって思ってない?」
……減った気がする。タイムが縮まないのはそのせい?
そういえばチサクに初めて会った時も、俺は疲れて走るのをやめてしまった。
それは体力が減るという初期症状が現れていたから?
「それにね、これからもどんどん症状出てくると思うよ?それにね、最終的には体が強く光って消えていくの。」
きえるのか?……それってさ、死ぬってことだよな。
でも、どうして治療法がないんだ?
体が浮く病気だなんて、俺も聞いたことがなかったけれど、どうして医者ですら知らないんだ?
俺の心を読んだように、チサクが少し微笑んでから口を開く。
「それはね、新月の日の日没から次の日の日の出まで、私たちは普通の人の目には見えないからだよ。」
医者にすら症状が見えないから、治療法の研究どころか、病気の認知すらされないのか。
だから、俺たちは新月の日に浮かびながら、死ぬのを待つしかないってことなんだ。
ああ、だからさっき、母さんは俺に返事しなかったんだ。
姿も見えないし声も聞こえないから。
「…あ!もう9時回ってる!帰んなきゃ!バイバイっ!」
「あ、えっ、ちょ!まだ聞きたいことあるって!」
えー………。




