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第二章 ルナの事情4

「そう……だな。でも、まさか話に乗ってくるとは思わなかった」


「好きでしているわけではありません。仕方なくです」


 それはそうだよな。自分からこんなことをする人でないことくらい、短い間とは言え理解しているつもりだ。


「私には死ねない理由があるのです。あなたも似たような理由をお持ちでしょう?」


「それはそうだが……」


 ルナが死ぬに死ねない理由を持っているというのは正直不思議だ。兄妹間の仲が良いということは当主争いに発展する可能性は極めて低い。確かに悲しむ人は出てくるだろうが、死ねない理由としては少し弱い気がするのだ。


 自分がいなくなるとまずい状態。そういうことを指すのだろうか。


 そう言えば、ルナは俺の両親が既に他界している話を聞いたとき、俺に対する印象が変わったと言っていた。それに、「兄と仲が良かった」という過去形を使っていた。


 ……まさか、ルナの兄は既に他界している、ということなのか?


「後継ぎは自分だけ。だから死ねない、か」


「……そうです。兄が死んだときは大きなニュースになりました。やはり知っていたのですね」


 不吉な予想ほど当たると言うのはもはや皮肉だな。似た経験をしてきた以上、ルナの気持ちが嫌というほど理解できる。


「苦しいな。仲が良かったのならなおさらだ」


「あなたも似たような立場ですものね。親近感を感じたのはそれが理由です」


 ルナはそう言うと抱き着く力がほんの少しだけ増した。やはり苦い記憶ということなのだろう。


「その、悪かった。嫌なことを思い出させてしまって」


「構いません。死ねない理由があると言ったのは私です。身から出た錆のようなものですから」


 ルナに対して同情心が沸き上がる。本来であれば見せてはいけないはずの感情が、どうしても俺の中で動きを見せていた。


 軍人になって、ヘレナと共に脱出をするまで、俺は冷徹に動いていたつもりだった。だが、最近はそれが丸くなった実感がある。この変化が俺にとって吉と出るか凶と出るか。もはや俺には分からない。


 ただ、直感ながらルナを殺すという選択肢は必要ないと結論付けていた。あれほどまでに感じていた殺意はゆっくりと消えていったのだった。


 もしこれがルナの思惑通りだったとしたら、俺は諸手を挙げるしかないだろう。


「ルナは強いんだな。そうじゃなきゃ、こんなことやってられないだろうに」


「買い被り過ぎです。それに、引き受けるならきっとあなたが最低ラインでしょうね。それより下なら、お断りしていたと思います」


「厳しい採点だな」


「私はダルテ家の令嬢なのでそれくらいの目利きはあると自負していますよ。むしろ合格していることに感謝するべきではないでしょうか?」


「ここへ来たのがルナじゃなかったら、今頃俺は軍に殺されていただろうからな。そういった意味で言えば、確かに感謝するべきか」


「そうやって素直に物を言える人は好きですよ。もちろん、人としてですけれどね」


「そこも素直だとちょっとだけがっかりだな」


「私は人をからかうのが好きなんですよ。良い反応をしてくれるので、あなたはからかい甲斐があります」


「初めて言われたぞ、そんなこと」


「あなたとお風呂に一緒に入った時の反応は特に面白かったですね。あそこまであたふたする人は初めて見ました」


 ルナはそう言うとクスッと笑った。


「し、しょうがないだろうが。軍人は女性と出会う機会がほとんどないんだから……」


「ですが、娼館に行く方は結構いますよ。だからそこで私は確信しました。あぁ、そういうことなのかと」


「恥ずかしいからそれ以上言うのはやめてくれないか?」


 これ以上ルナの好きにさせてしまうと要らぬ被弾をしてしまう。今の発言から、からかうのが好きというのは本当らしい。このままだと今の状況をだしにされて、いつまでもからかわれそうだ。


 普段からは想像できないような一面を垣間見た。これがルナという人物の一端なのだろう。軍隊生活で数少ない頼れる人物だったかつての相方と似たようなものを感じていた。


 その時だった。入り口の扉が激しく殴打される音が響き渡った。


 まさか、誰か来たのか!


 俺とルナは顔を扉の方へと向ける。


「扉が開かないんだ! 助けてくれ!」


 俺はその音に反応してそう叫んだ。返事はない。しかし、扉はやはり殴打されている。ということはそこにいるのはヘレナか。


「ヘレナか! 俺だ! ハロルドだ! すまないが扉を開けてくれないか!」


 俺がそう叫ぶと扉の殴打は止んだ。そのまま無言の時間が続くが、しばらくして今まで開かなかった扉がゆっくりと開いた。


「ハロルド、そこにいるの? 大丈夫? 大きな雪が扉を塞いでたよ……ってルナもいるじゃん。二人してどうしたの?」


 助かった。一時はどうなるかと思ったが、何はともあれよく持ちこらえた。


 ルナと一緒に立ち上がり、入り口へ向かって歩き出す。


「薪を取り出そうと倉庫へ来たんだが、閉じ込められてな。ずっと、救援を待ってたんだ」


「寒さを凌ぐためにそうしてるってこと? とにかく家に戻ろ。いつまでもそうしてたら歩きにくいでしょ」


「それは、そう……なんだが、その……」


 トレンチコートを取っ払ったら、下着一枚の男女が同衾している絵面が飛び出すことになる。どう事情を説明したものか……。


「何で靴履いてないの? それに、ズボンの裾も上げっぱなし……。ん? もしかして……!」


 何かに気が付いたヘレナは目にもとまらぬ速さでトレンチコートをめくった。そして、俺とルナの体が露わになる。


「……なんで二人とも裸なの」


 先ほどまでの心配の表情が嘘のようになり、目が据わっていた。あの、怖すぎるんだけど。


「ヘレナ、これには事情があってだな……」


「何や、お前らいつの間にそんな関係になっとったんや。知らんかったぞ」


「ち、違いますプルートさん。服が濡れたから仕方なく……」


「服が濡れたから裸で抱き合うの? どういうことなの?」


 青筋浮かんでいそうなほど怒気を滲ませるヘレナはかつてないほど恐ろしい。冗談抜きで足がすくむ。


「お前も意外と抜け目がないなぁ。まぁ、男やから仕方ないか。はっはっは」


 プルートの茶化しがヘレナの怒りに油を注いでいる気がしてならない。こいつ、絶対分かっていて言ってるだろ。


「……今は服を持ってきてあげるけど、後でちゃんと説明してもらうからね、ハロルド」


 どうやったらそんなドスの利いた低い声が出せるんだよ……。


 家に戻ってから事情を説明し、機嫌を直してもらうのに二日ほどかかった。


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