第二章 ルナの事情3
吹雪は激しさを増していた。気温はさらに下がり、倉庫内に吹き込む隙間風も勢いを増している。
寒さで震えが止まらない。大分時間が経っている上に、トレンチコート一枚で寒さを凌ぐには明らかに限界が見えていた。ルナも俺と同様に震え切っている。救助がいつ来るか分からない以上、何かしら打開策が必要だった。
「寒いです……」
ルナは体を震わせながらそう言った。焼け石に水だと分かっていても何とか手をこすり合わせて暖を取ろうとしている。
「……我慢だ。俺たちが今できることはほとんどない」
「今日中に救援は来るのでしょうか」
「ヘレナが帰ってくれば少なくとも異変には気が付く。それまで耐えきることが今の俺たちにできることだ」
「救援が来なかったら、このまま凍え死んでしまうのでしょうか……」
思考がネガティブ寄りになっている。財閥のお嬢様でなくとも過酷な環境に直面したら大抵の人間はこうなるだろう。雪中行軍での訓練でノウハウを積んでいなければ、俺もこうなっていたかと思うと若干怖く感じる。とにかく、こういう考えをさせてはいけない。何とかして矯正しなくては。
「変なことを考えるな。救援は必ず来る。信じて待ち続けるんだ」
「死にたくありません。私が今ここで死ぬわけには……いかないんです」
「それは俺も同じだ。こんなところで死んでたまるか」
「……何か方法はないのですか」
「こういう時に動いたら間違いなく死ぬ。だから体温をしっかり保って時間を稼ぐ。それが俺たちにできる最善手だ」
「その体温を保つ方法はこれ以外にないのですか。あるのであれば、それをしたいです」
正直言って俺もルナも限界が近づいているのは事実だった。だから、ルナの言葉を聞いたときに訓練時代の奥の手がふと蘇ってきた。
「あるには……ある。だが、実際にやったことはないし、効果があるかも分からない。それに、ルナが嫌がるかもしれな――」
「構いません。なんとかして見せます」
すごい意気込みでこちらに視線を向けてくる。だが、俺が考えている方法は期待に満ち溢れた顔をぶち壊すような方法であるがゆえに、非常に申し訳なく思ってしまう。
腹をくくろう。そう決意して俺は話し出した。
「……人間の体は熱を発している。それも結構馬鹿にならない量だ。だから、簡潔に言うとその……抱き合うんだよ」
「だ、抱き合う?」
「……体をお互いに抱き合って温め合うって言ったら分かりやすいか」
俺がそう言うと、ルナは一気に顔を赤らめた。俺たちは互いに下着一枚。体を温め合うということは羞恥心とかそういったものを全て投げ捨てなければならない。
俺も言葉に詰まってしまう。俺だって男だ。そうなってしまえばこんな時とは言えど、反応してしまうだろう。というか確実にする自信がある。
ルナがそれを承諾するかの問題になるわけだが、果たしてどう転ぶことになるのか。
「……やります」
「本気……なんだな?」
「……やります。死んでしまっては元も子もありませんから。それに、ここへ来た時点でそれはある程度覚悟していましたから」
あ、やっぱりハニートラップ目的もあったのか。ほぼ確信していたが、まさかルナの口からそれが飛び出すとは思わなかった。
ルナはそう言うと、恥ずかしさと諦めで顔を赤らめながら無言のまま俺と向かい合い、俺の胡坐の上に腰を下ろしてきた。
「変なことをしたら怒りますからね……」
そして、ゆっくりと俺の上半身に抱き着いた。
肩の上に置かれた首元から漂うほんのりと甘い香りが鼻腔をくすぐり、温かく柔らかな感触が上半身を包み込んだ。こんな状況だと言うのに、初めて経験する感覚に歓喜の感情が沸き上がってしまう。
うっ、これは……想像以上に度し難いっ!
俺は半ば反射的にルナの背に手を回してしまった。しかし、それをルナが咎めることはなく、ルナも同様に俺の背中に手を回す。
「……確かに、何もしないより幾分かはマシですね」
いつも以上にルナの声が上ずっているように聞こえる。確かに寒さを凌ぐことはできそうだが、お互いに平常心ではないらしい。
無言のままだと何をしてしまうか分からない。俺は意識を逸らすためにあえて会話を切り出した。




