第二章 調査2
午後二時。俺は喫茶店に寄り、外に開放されているテラス席で昼食を取っていた。サンドイッチ片手に図書館で集めた資料を確認していると、突然向かい側の席に誰か座ってきた。お昼のピークはとっくに過ぎており、相席をする必要など全くないにもかかわらずだ。
迷惑な客と出会ってしまったと思いつつ、顔を上げながらこう言った。
「相席を許してはいませんが」
座ってきたのは眼鏡をした男性だった。俺の顔をじっと見つめていた彼は愛想のない俺の返答に動じずこう返してきた。
「覚えてないのか? 悲しいなぁ。せっかく俺が廃病院で援助してあげたってのに、その仕打ちは酷いだろう?」
「廃病院?」
彼が発した廃病院という言葉に俺はトリトンでの出来事を思い出す。そして、もう一度彼の顔を確認して目を見開いた。
「まさか、あの時のマフィアか!?」
俺がそう言うと彼はにっこりと笑い、手をニ三回軽く叩いた。
「ご名答。ようやく気が付いてくれたか。顔を忘れられたかと思っちまったぜ」
何故あの時のマフィアがアルダードにいるんだ。まさか、俺を探しにここまで来たと言うのか?
いつでも逃げられるように構えていると彼はそれに気が付いたらしい。
「安心しろ。あんたにどうこうしようなんざ考えてない。俺は別の仕事でこっちに来ただけで、あんたを見つけたのは偶然さ。まさかアルダードで出会うとは思わなかったが、折角会ったんだから声を掛けるついでに、あの時の礼でもしとこうと思ったのさ」
彼はそう言うと両手を上げて何も持っていないことをアピールした。見た感じ、悪事を企む素振りは見受けられない。
「……分かった。そういうことなら、俺も礼を返しておこうか。あの時の金が役に立ったのは事実だからな」
「そうかそうか、役に立ったか。それは良かった。俺もあんたが秘密を守ってくれたおかげで事が上手く運んだ。改めて礼を言うぜ。それと俺の名前はシュタットだ。よろしく」
シュタットはそう言うと右手を差し出してきた。
「ハロルドだ」
握手を交わすとシュタットは話し出した。
「しっかし、あの時の宿無しがアルダードの喫茶店で優雅に昼食を取っているだなんて想像できなかったぜ。人生何があるか分からんなぁ。連れの嬢ちゃんは元気か?」
「おかげさまでな。マフィアの仕事内容は詳しくないが、国を越えることは多いのか?」
「仕事内容によるな。まぁ、あの時の処理が上手くいったんで、こうして大役を任されたってわけよ」
「出世したってわけか」
「あぁ、おかげさまでな。ハロルドも俺と同じように、随分と良い身分になったんじゃないか? その万年筆、アルダード軍の支給品だろう。それも士官兵に支給されるそこそこ上等な代物」
こいつ……。あの時もそうだったが、観察眼がやたらと鋭い。
「よく分かったな」
「裏の仕事を長年やってれば自然と気が付くってもんよ。そうかそうか、軍人か。なら、ちょっと興味深い情報を持ってるんだが、聞くか?」
「俺が軍人だからそういう話を持ち掛けてるのか? マフィアが軍人に情報を渡すなんて随分と気前が良いじゃないか。俺に話したことで自分の首を絞める危険性だってない訳じゃないんだろう?」
「俺のことを心配してくれるなんて良い奴だなぁハロルド。そこんとこはしっかり線引きをしてるつもりさ。俺も下手をこいて豚箱にぶち込まれたくないんでね。だが、さっき言った通り礼としての側面が強い。俺が持っている情報をアルダード軍に渡すことで、両者にとって価値があると考えてのことさ。聞きたくないなら別の礼をするだけのことよ」
シュタットにどのような意図があるかは分からない。しかし、こちらが不利になるようなものではなさそうだ。軍人である俺にとって価値があると言うのも、今の状況の俺からすれば何かのヒントになるかもしれない。
「そうだな、話の方向性だけでも確認しておこう。どういった話題だ?」
「アルダードでは最近ル・ダリアスとかいうテロ組織が軍とやり合っただろう? それについての話さ」
俺は眉を少しだけ顰めた。偶然だろうか?
「マフィアもあの事件を知っていたんだな。最初の頃は報道も盛んだったが、時間が経つにつれて情報があまり出なくなっていたはずなんだが」
「それは表向きの話さ。俺たちの視点では結構ヤバい、というか非常識なことが起きていたんだぜ。まぁ、俺がアルダードに来た理由の一つでもあるんだが、興味あるか?」
マフィア側の視点から見てヤバい出来事。軍と関係している。俺が救出作戦で感じた疑問を払ってくれるのであれば、聞いておいた方が良さそうだ。単純に興味もあるし。
「話してくれ」
「いいぜ」
シュタットは周囲を軽く見渡すと、小声でこう話し出した。
「俺がアルダードに来た理由はな、武器の取引をするためさ。トリトンはいま政治不安に付け込んで動き回る輩が多い。だから、自衛の意味も含めて武器が必要だったのさ。だがな、密輸しようとした武器がどこかに横流しされてると来た。落とし前を付けるために色々調べてたら、出てきたのがル・ダリアスとかいうテロ組織さ」
「……いろいろな意味でかなりヤバい話だな、それ」
「裏の情報筋を使ってそいつらを調べてたら、なんでも至る所から武器をかき集めてるらしいじゃねぇか。おまけにあのノルディラムからも武器を受け取っていたんだとよ。怖いもの知らずだねぇ。そして、何をするつもりなのかと静観していたらあの騒ぎさ」
「ノルディラムが武器を提供? まさか、ル・ダリアスはノルディラムの手駒なのか?」
グリッドマン大佐の話によれば、アルダードはノルディラムからちょっかいを受けているらしい。それが本当ならば、ノルディラムが本格的に動き始めているということになるのではないか?
「それは分からない。ル・ダリアスはあの件で求心力が落ちている。使い捨ての駒にしては扱い方が雑過ぎるから、個人的にその線は薄いだろうよ。誰かが背後にいるのは間違いなさそうだが」
「その背後にいる人物について、心当たりはあるか?」
「流石にそれだけで特定させるのは無理だな。情報が足りなさすぎる。ただ、武器を集めていた。これに関しては事実だ。武器の出所、軍としては知っておくべきじゃあないか?」
「もしかして、軍に武器の出所を調べさせて、それを主導した連中に間接的に落とし前を付けるつもりじゃ……」
「間接的? チッチッチ。甘いぜハロルド。間接的に叩いてもらって弱ったところを俺たちが直接さらにぶっ叩くのさ。徹底的に痛めつけて二度とこんなことができないようにしてやる」
どうやら相当煮え湯を飲まされていたようだ。言葉の節々に怒りの感情が受け取れる。
「そ、そうか、上手くいくと良いな……」
「だからこの情報を提供したんじゃないか。ハロルドの食いつきも悪くなかったし、俺達良い関係性を築けると思うんだよ」
シュタットは目を細めて俺への視線を強くした。こいつ、もしかしてこれが目的で俺に近づいたのか?
「俺としても貴重な情報だったが……その様子だと今後も会おうってことなのか?」
「話が早くて助かるぜ。俺たちの視点からでしか分からない貴重な情報を提供してやる。リクエストがあれば融通を利かせよう。軍としても、反乱分子はできるだけ早いうちに目を摘んでおきたいだろう?」
確かに今後に繋がりそうな情報が得られた。話を聞くに、俺とヘレナのことを詳しく知っていないことが分かったし、情報提供者としては価値がある。ここは乗るべきか……。
「分かった。定期的に会おう。公にはできないが、お互い良い関係を築こう」
「そうでなくっちゃあな。よろしく頼むぜ」
再び握手を交わし約束の日時と場所を決めた後、シュタットは去っていった。
「あの男とは顔なじみなんか?」
プルートが頃合いを見計らって話しかけてきた。
「一応な。トリトンでの脱出を図らずも支援してくれた奴だ」
「だからお礼がどうとか言っとったわけなんか。ってことはお前たちのことを知っとるんか?」
「いや、詳細は知らない。不本意な形での接触だったから断片的なことしか知らないはずだ。ただ、俺たちがルダティアから来たことには気づいているだろうな」
「ルダティア? それがどうかしたんか?」
「前提として、アルダード軍は俺たちがルダティアから来たことを知っているが、それ以外の人間は知らない。ルダティアが動きを見せていないのも、軍による情報統制ができているからだ」
「マフィアって言っとったもんな。軍以外の人間は確かに怖いな」
「そうだ。もしあいつがルダティアと俺たちの繋がりを知ってしまったとしたら、巡り巡ってルダティアが俺たちを捕らえるために動き出す展開になるかもしれない。そうなったら俺たちは半島から逃げ出さざるを得なくなる。あいつを野放しにすると碌なことにならない」
「ほう、だから定期的に会って監視するんか?」
「そうだな。まぁ、俺を監視するというのはあいつも同じだろうが」
「トリトンで何があったんねん?」
「まんまと一杯食わされた。状況が悪かったってのもあるが、あいつは建前と本音を使い分けが上手い。いや、この場合は短い時間で相手の思考を誘導するのが上手いと言った方が良いか。とにかく、かなり厄介な相手ってことだよ」
「すこぶる頭が回る奴ってことか。あの短い会話の中でもその応酬があったって言いたいんか?」
「俺はそう考えている。情報の真偽はさておき、ぺらぺらと喋ってきたということはおそらく話しても良い内容だったんだろうな。それで俺が乗ってくれば軍と繋がりが持てるし、乗ってこなくてもお礼をしたという事実が残るだけだ。あいつにとって不利益は何も生じない」
「なるほど。確かに、お前のことをアルダードの軍人だと一発で見抜いとったもんな」
「自分が絶対に安全な場所にいるという確信からの行動だろう。俺はあいつの所属する組織名さえ分かってないからな。賢いってのはまさにああいう奴を言うんだろう」
「随分と警戒しとるやないか。一杯食わされたんが腹立たしいんか?」
「……悔しいな。あいつが筋を通す奴だったから良かったものの、下手すればあの時に死んでいたかもしれない。それを思うとな」
「それで、これからどうするん? あいつの思い通りになるつもりはないんやろ?」
「当たり前だ。逆に利用してやる。ルダティアとの接触を断ちつつ、有力な情報を聞き出す。それができれば十分だ。探り合いになるのは仕方ないが、今度はこっちが出し抜いてやる」




