第二章 調査1
ルナとの和解から一週間ほどで俺の絶対安静は解かれた。そうは言っても腕を動かすのに痛みは生じるし、生活の不便さにはあまり変化はない。
あまり変化がなかったものと言えば、ルナとの関係性もその一つだ。改善したと言ってもあくまで前の関係に戻っただけであり、それ以上の進展には至っていない。何とかしたいと思ってはいても、惚れさせるというのは想像以上に難しいものだった。
ヘレナはルナと上手く交流している。それはそれで良いのだが、どことなく焦りの感情が芽生えつつあった。
プルートは時間を掛けるしかないと言っていたが……そう割り切るしかないのだろうか。
そう思いながら、俺は読んでいた本のページをめくった。
絶対安静が解かれた俺は図書館通いを始めた。ルナの素性を調べるためだ。平日の昼間の図書館は人が少ない。特に歴史関連のコーナーには人気が全くなかった。だから、密かに持ち込んだプルートと小声で会話ができる。
「今回も外れやな。流石に千年前の記述がある関連物となると、探すのに一苦労掛かる」
「俺も何か知っていれば良かったんだが、流石に自国以外の歴史はどうしようもないな」
「それが普通やで。歴史について深い興味がある奴なんざそうそうおらん。それが他国ならなおさらや。俺の記憶と歴史書の内容に食い違いがある場合もあるし、こればっかりはしらみつぶしに調べるしかないやろ」
「粗方調べはしたがここも全滅か。別の方法で探すべきか?」
「そうやな。土木関連の書物も調べとこう。手掛かりが見つかるかもしれん。ねーちゃんを落とすには素人のやり方より、こういった地道なことして外堀を埋めた方が早いかもしれんな」
「さらっと酷いこと言うな……。俺だって気にはしているんだぞ」
「童貞の人間には荷が重すぎるやろ。その年の軍人で娼館の使い方も知らん奴なんざ初めてやで」
「うるせぇ」
「よし、土木関連を調べるで。何かしら手掛かりを掴めるかもしれん」
土木関連のコーナーに移動したがここも人は全くいなかった。とりあえず、治水工事を行ったとのことなので、それ関係をまとめているものから探していくか。
『アルダードの土木と治水』というそれっぽい書物を手に取りパラパラとページをめくっていくと、プルートが突如として待ったをかけた。
「待て、2ページほど前に戻れ」
「あぁ、分かった。ここに何か見覚えでもあるのか?」
「大規模治水工事の原型となったエルドイド湿地とそのダム。地形の名前に少し変化はあるが、図解に載っとる周辺地帯は俺が千年前に活動していた場所と酷似しとる。使用した参考文献もあるな。よし、片っ端から当たるで。もしかしたら前進できるかもしれんぞ」
「本当かっ! やっと手掛かりがつかめるんだな」
「この図書館に蔵書されとるかは分からんが、調べる価値はありそうや。とりあえず、持って来られるだけ持ってくるで」
「分かった。探してみよう」
参考文献を探し回り、机にそびえたった本の山。気が滅入ってしまいそうだが、気合を入れて少しずつ読み進めた。明らかになっていく情報をすり合わせ、数日を掛けまとめていく。
そして、ついに決定的な情報を手に入れるまでに至った。
「まさか、あの時のもやし野郎がここまで大成するとはな。俺の記憶との齟齬もほとんどない。ルナの一族というのは間違いなくこの家系や」
「ダルテ家。アルダードにおける有力一族の一つで、政界のみならず農業から貿易と言った幅広い分野で活躍している由緒正しい財閥か。想像以上にでかい獲物が釣り上がってきたな……」
「なんや、ビビっとるんか?」
「当たり前だろうが……。こんな状況になったら誰だってビビる。軍やその裏切り者、加えて有力財閥までもが一枚噛んでいるとなると、本当に一個人でどうにかできるのかと思えるぞ。トリトンと比べればマシだが、くそっ、嫌な国に来てしまった……」
「そればっかりはどうしようもないな。腹くくれ」
「簡単に言ってくれるな……」
「さて、本題に入るか。ダルテの一族で俺のことを知っとる人間はかなり少ないらしい。つまり、俺を知っているねーちゃんは本家の人間である可能性が非常に高いってことやな。それにしても、どの人間なんやろうな。諜報部とかなら分からんくはないが、それだけの情報を千年もの間黙り続けるとか狂気の側面がないとできんやろ。どんだけ俺のこと好きやねん」
「軍の作戦に参加できるほどの信頼を持つ人物となると、やはり本家の人間だろうな。ダルテ家について調べる必要がありそうだ」
「ん? ほほぅ、どうやらそれをする必要は無いみたいやで。この記事を見てみ」
プルートが指示したものは過去の新聞の記事だった。そこには小さい見出しではあるものの、ルナの名前が載っていた。
『次期当主を襲名したのはエヴェド・ダルテ氏だ。氏には二人の兄妹がおり、兄のヘイゼルが継承権一位を持つと見込まれる。妹のルナは継承権二位であろう』
「現当主の娘!? なんでそんな人物が俺のところに来るんだよ」
「どんな意図があるかは分からんが、これではっきりしたな。ま、これがねーちゃんを強請れる材料になるかはお前次第ってところか」
「強請るにはまだまだ情報が欲しいな。これをルナに言ったとしても『良くお調べになられましたね』で終わりそうだ。働きかけるならルナにではなく、ダルテ家そのものにするべきだろう。仮に当主のエヴェドと繋がりを持てれば、惚れさせなくてももみ消すことくらいはできるんじゃないか?」
「うーん、俺への執着を見るにそれは無理やろうな。ねーちゃんもそれを分かっとるからこそ、俺のことをまだ誰にも話しとらんのやろ。本家の人間に話したのなら、俺はここにおらんで」
強権を使われたらどうしようもない。それは確かに避けたいな。
「一応、俺との約束は守っているんだな。となると、やはりルナ自身を何とかする必要があるのか」
外堀を埋めれば何とかなると期待していただけに、変わらない現状にため息が出る。
「何も分からんよりは遥かにマシやで。とりあえず、今後はダルテ家の情報を探しながらって感じになるな。俺もできる限りねーちゃんを繋ぎ止められるよう助力したるから」
「そう言えば、ルナと話す機会を設けていたんだったな。何か有力な情報はあったか?」
「ないな。昔話と世間話しかしとらん。ねーちゃんも俺がお前に話すことを分かっとるから踏み込んだ内容を話せんのかもしれん」
「そりゃそうだよな。現状、足踏みせざるを得ないってか。あーくそっ、もやもやする!」
どうやら進展するにはまだまだ時間が掛かるようだ。俺は資料を片付けると遅めの昼食をとるために図書館を後にした。




