第二章 秘密を知った者3
「ハロルド、ごめんなさい。私がもっと警戒していれば、こんなことにはならなかったかもしれなかったのに」
二人でヘレナの部屋に戻ると、開口一番にそう言った。
「起きてしまったことは仕方がない。それに不幸中の幸いというべきか、上手く事が運んだ。次から気を付けさえすれば大丈夫だろう。プルートの協力もある。俺が上手く取り計らうさ」
「それは嬉しいんだけど、トラブルの原因が私に集中してるから、あまり気分が良くなくってさ。ハロルドばっかりに負担かけて心苦しいというか……」
ヘレナの言いたいことはよく分かる。二人で動き始めてからというもの、問題が起きるときは大抵ヘレナが絡むからだ。このような立場に陥れば誰しもそう思うだろう。
「それは……そうだろうな。でも、これは俺がヘレナの片棒を担うと決めた時点で覚悟していたものだ。気持ちはありがたく受け取っておくが、思いつめるほど考えてほしくはないな」
「だけど、やっぱり何とかしたいって思うよ。無力なままでは……いたくない」
「そうか……。分かった。なら、ヘレナにぴったりの方法が一つだけあるぞ」
「本当に!? 今の私でもハロルドの役に立てるの?」
「学校への入学の件をこの間話したのは覚えているか?」
「うん。確かにすごく楽しみだけど、それがどうかしたの?」
「俺は軍に入ってからは勉学に勤しむことができなかった。軍に関係する知識はあっても、それ以外のことはからっきしだ。でも、ヘレナはそれを今から学ぶことができる。たくさん勉強して、様々な知識を身に着けて、いろんな人と交流する。そして、そこで得た知見で以て、俺を補助してくれないか?」
「勉強することで、ハロルドの助けになるの?」
「なれる。時間はかかるかもしれないが、決して無駄にはならない。それで以て、俺を支えてほしい。それに、そこで得たものは俺だけでなく、ヘレナ自身を助ける力にもなり得る。なに、ヘレナならきっと上手くできるさ」
「私自身の力になるし、ハロルドを支えられるかもしれない……。うん、分かった。私、勉強頑張る。そして、お互いを支えられるようになりたい。もう、離れ離れなになりたくないもん」
「良い心掛けだ。なら、お互いに頑張ろう。より良い未来のためにな」
***
「さて、プルート。先ほどの出来事とこれからについて話したい。お互いに知っておくべきこともあるだろうからな」
ヘレナとの会話を済ませた後の深夜、俺はヘレナから借りたプルートにそう話しかけた。
「そうやな。鉄は早いうちに叩くべし。お前の聞きたいことも大体察しがつくわ」
「話が早くて助かる。俺の考えとして、ルナは早急に始末、もしくはそれに相当する何かをするべきであるとみている」
今回の件が無ければ良い女だったが、話が変わった。そんな感情を抱いて良いほど、今の状況は甘くない。心を鬼にしなければ切り抜けられないのだ。
「まぁ、お前の顔色を窺えばそう考えるのも無理はないか。秘密を知った者には容赦せんと」
「そうだ。プルートのおかげで多少マシな話し合いになったが、ルナが俺たちの秘密をばらさないという保証はどこにもない。正直、プルートを人質として扱うのが精一杯の反撃だった。それについて、プルートがどのように考えているか教えてほしい。特に、ルナの一族とやらについての情報も詳しく教えてもらいたい」
「分かった。まず結論から言うと、ねーちゃんを始末するという行為は現実的やない。よって、別の作戦が必要やと俺は考える。ねーちゃんの立場を考えれば、どのような手段を使っても証拠が残ってまうのはお前も気付いとるやろ」
「だからこそ、こうやって話をしているんだ。どうやってこの不確定さを取り除くべきか。これが今回の話の肝だ」
「そうやな。お前たちが不利に置かれているのは俺からでもよく分かる。いつでも逃げ出せる準備はしておくとして、現状考えられるものとしては、ねーちゃんの弱みを握ると言ったところか。でもなぁ、俺が知っとる情報は古過ぎんねん。千年という時間はあまりにも長すぎる。何もかも変わっていたとしても全く不思議やない」
それ以前にプルート、お前は一体何者なんだ。千年以上の時間を過ごしているとかどう考えても人間の所業じゃないだろ……。こいつと話しているとどうしても好奇心が刺激されてしまう。そんなことよりも、今は目先の問題をどうにかしなくては。
「ルナや軍に直接聞いても、はぐらかされるのは分かりきっている。プルートの情報だけが頼りなんだ。何とかならないか? 例えば、ルナの一族がやっていたこととか、そんなことでもなんでも良い」
「ねーちゃんの一族がやっていたこと? それやったらあるな。当時俺が口を利いたとき、俺を信用させるために治水工事の指南をしたことがあった。工事は上手くいって、その一族と俺は周りから信頼を得たんやけど、その治水工事に関する文献が残っていれば、そこから辿ることができるかもしれんな」
「治水工事を行った……? それはどこでの出来事だ」
「場所は……データベースと照らし合わせれば、アルダードの首都郊外にある山岳地帯やな。水害の被害を抑えるための原始的なダムを建設したんや。調べる価値が出てきたな」
「千年以上前と言ったが、具体的には何年前だ?」
「今の暦に合わせると、1138年前やな。そのあたりから台頭してきた氏族でも調べれば、割と何とかなりそうやな」
「あぁ、すぐにでも調べよう。だが、それまでにルナの口を堅くしておく必要があるな。それについて何か良い案とかないか。千年以上も生きているなら頼りにしたい」
「そうは言われてもなぁ、お前らの状況はなかなかに厳しいもんやで。簡単に思いつくほど柔なもんやったら速攻で言っとるわ。なんか手がかりとかないんか? まずはそこから洗わんとどうしようもないで」
「手がかりか。ルナは俺たちから情報を得るために軍から派遣された諜報員で、おそらくハニートラップ的なものだろうな。ヘレナは俺がいないと話せないし、俺と繋がりを持つ方が情報を集めやすいのは確かだ。だが、それ以外は俺もよく分からない。何せ知り合って日が浅いからな」
「ほう? ハニートラップかいな。付け入るとしたらそこやな」
「ハニートラップのどこに付け入る隙があるんだよ。俺はハニートラップを仕掛けられた側なんだぞ。仕掛ける側に回って初めて効果が出る作戦だということが――あっ」
「気付いたか」
「まさか、俺にルナを落として来いって言ってるんじゃないだろうな……」
「ハハッ、そのまさかや。恋愛感情に揺さぶられやすいのはどちらかと言えば女の方。ハニートラップを仕掛けた側の女が、逆に落とされて情報を漏らすという話は意外とあるんや。それをお前がやってしまえば良い」
「た、確かに俺たちができる手段は限られているが……」
「お前たちが持っとる手札はあまりにも少ない。だが、あのねーちゃんが完全に味方になれば話は別や。お前たちの嘘は包み隠され、軍に対する明確なパイプを得られる。できることが格段に増えて、自由を得る土台になるやろうな。気が進まん理由があるとしたら、他に意中の女でもいるんか? ん?」
こいつ、おっさんみたいな口ぶりで煽ってきやがる。イライラさせるのが本当に上手い。
「その話し方は癪に障るが、プルートの言っていることは正しい。分かった。ここは腹をくくろう。だが、プルートにも協力してもらうからな。自慢じゃないが、俺は生まれてこの方一度も女性とお付き合いしたことが無い! だから、何をどうすれば良いのか全く分からん!」
「胸を張って言うことがそれかいな……。大分先が思いやられるなぁ。とにかく、まずはそういった知識を付けるところから始めんとな。幸い、怪我のおかげで時間は余っとるし、ねーちゃんの一族を調べるのと並行してやろうか」
プルートの憐れむ視線を感じる。俺だって余裕があればそういうことしたかったけど、できなかったんだからしょうがないだろ。くそっ、こうなったら徹底的にやって、プルートを見返してやるしかないな。
「分かった。今後の方針はそれでいこう。ルナがこちらを見限る前に決着をつけてやる」




