第二章 秘密を知った者2
部屋に着くと、ルナは慣れた手つきで床板を引き剥がし始めた。そして、床下から金庫を取り出すと、ダイヤルを合わせて中のものを取り出した。
「これがあなた方に対する資料とその指示書です。機密文書の判子が押してあります。中身の確認をどうぞ。加えて、その資料はあなたに預けます。もし私があなた方を売った場合はその資料が発見され、私にも機密漏洩の制裁が下ることでしょう」
ルナとしても危険な橋を渡っているという自覚があるのだろう。蝙蝠を演じるにはこれくらいのことはしなければならないと考えたのか。
とりあえず、中身をぺらりとめくってみた。俺の基礎的な情報が書いてある。指示書の方に目を通すと、目を疑うような通達事項があった。
『救出作戦に参加する対象の扱いについて
・対象が所属する隊員との交友関係を断絶させ、用意した工作員との友好関係を構築させる。
・対象との間に友好関係を築かないよう徹底させる。
・救出部隊に対象を必ず選出する。また、その際の班長は工作員とする――』
それは俺の参加した救出作戦の資料だった。馴染めない環境で苦労してきた俺を支えてきてくれたエリックが工作員。全ては仕組まれていたことだったのか。
明らかになった軍のやり方に、強烈な嫌悪感が沸き上がる。軍がやりたいことは分かった気でいたが、実際にそれを目の当たりにすると感情が揺さぶられて仕方がない。
あの時の言葉は全て嘘だったのか。だとしたら、何と俺は間抜けなことだろうか。今俺が歩んでいる道に善意などあるはずがないのだ。今までの人生で散々目にしてきたと言うのに……己の甘さを呪う。怒りで体が震えそうになるが必死に抑え、俺は資料を閉じた。
「……分かった。本物だと信じよう。ルナの言う通りこれは俺が預かろう」
「信じていただけたようで何よりです」
ルナの本気は伝わった。しかし、それだけでは俺たちの安全が確保されたことにならない。ルナにとっても約束の反故が起きた時の不利益を用意しなければ、俺たちは良いように使い倒されるだけだ。
プルートには若干申し訳ない気もするが、こうするしかないだろう。
「ルナがプルートを最重要した結果、こうなったのだということは理解できた。だが、それだけでは俺たちの立場は危ういままだ。対等な関係というには相応しくない」
「何を要求するつもりでしょうか?」
「要求ではない。むしろ報復だ。俺はプルートを人質にする」
俺がそう言い放った瞬間、ルナの表情はほんの少しだけ歪んだ。
「具体的にはどういうことでしょうか?」
「俺たちの情報を誰かに漏らしたと分かった場合、俺たちはプルートを燃やす」
「おい、勝手に決めんなや」
「プルートは黙ってろ。とにかくそれが条件だ。この条件を飲みさえすれば、プルートと会話をする権利を与える。プルートとの会話を楽しみたいのであれば、潔く受け入れることだ」
ルナの視線が俺を睨むものに変化した気がした。そして、黙りこくってしまった。
微妙な空気が辺りに漂う中、声を上げたのはまたしてもプルートだった。
「ねーちゃんは俺と話したいんか?」
「……えぇ、できるのであれば」
「分かった。話したる。でもな、俺は今こいつらに協力しとる身なんや。人質という表現はやりすぎにしても、俺が決めたことを否定されんのは嫌や。だからこそ、もしこいつらの身に何かあれば、俺はねーちゃんの一族が滅ぶまで口を絶対に開かん。どんな理由があっても絶対にや。さっきの発言が嘘でなければ、ここは理解を示してくれんか?」
「……分かりました。そういう解釈であれば条件を飲みましょう」
「よし、俺の言いたことはそれだけや。他は適当に決めてくれ」
プルートはそう言うと口を閉ざした。口を挟む気はそこまで無かったようだが、険悪な雰囲気を察して助け船を出してくれたらしい。なんだか悪いことをしてしまったようで若干気が引ける。
「俺からはこれ以上特に言うことはない。質問やまだ言っておきたいことはあるか? ヘレナも気になることがあれば言ってくれて構わない」
「私も言うことはありません。話は十分まとまったと思います」
ルナはそう言ってヘレナに視線を向けた。ヘレナがどのように考えているのか興味がある様子だ。
「えっ、そうだなぁ……ルナが真実を知ったってことなら、私は屋敷内なら自由に話して良いってことになるのかな?」
「一応はそうなるが、それがどうしたんだ?」
「色々と世話をしてもらってたのに、言葉を伝える方法が今までなかったから少しもどかしかったの。バレちゃったのはあれだけど、なんか上手くまとまったみたいだし、折角だから色々話してみたかったというか……」
ヘレナは若干照れながらもそう言った。
何とも呑気な発言だが、ヘレナらしい一面が見え隠れしている。しかし、ヘレナの発言は冷え切った雰囲気を温めるのにちょうど良かったようだ。それを聞いたルナはくすっと笑うとこう言った。
「えぇ、私なんかで良ければ是非。都合の良い時にでも話しかけてください」
「うん。よろしくね」
先ほどまでの怯えきっていた状態から、ここまで変わるとは流石に予想できなかった。二人の仲が険悪になるものとばかり思っていたのだが、どう転ぶかは分かったものではないな。
意外な幕引きをして、この件は終息した。




