第二章 秘密を知った者1
ルナが俺たちの秘密を知った。彼女の言葉を聞いた俺はそう直感した。
まさか気づかれるとは……。しかし、場合によっては覆せるかもしれない。ルナがどれほど真実にたどり着いているのか、まずはそれを確認すべきだ。
眉間に皺が寄りそうになるのを必死に抑えながら、俺は短く言葉を交わす。
「嘘をついているとはどういうことだ」
「彼女があなたの近くに居なければ話せない、ということが嘘ということです」
「ヘレナが俺の近くにいないと話せないというのは、この前の誘拐事件で立証済みのはずだ。そうでなければとっくの昔に解決している。変なことを言うのはやめてくれないか」
「なぜ彼女が誘拐されていた時に口を利かなかったのか。それはこの国のことを知らなかったからです。能力を使って逃げたとしても、どこに逃げるべきかの判断がつかない彼女にとって、声を上げる意味などありません。それならば、大人しく救助を待つ方が賢明でしょう。それに……」
「まだ何かあると言うのか」
「あなた方の嘘はお互いの弱みを打ち消し合っています。きっとトリトンから逃げる際にとても役立ったのではないですか」
俺とヘレナの関係性にまで踏み込まんとするその洞察力に俺は戦慄した。何とか誤魔化すとかそんな話をしている場合じゃない。ルナが真実にたどり着き、俺たちを脅迫しているのはもはや明白だった。
俺たちの嘘が明るみになればどうなるか、そんなこと考えなくても分かる。
「随分と面白い仮説だな。大した想像力だ。しかし、ヘレナが口を利ける状況は俺が近くにいる場合だけではない。寝言といった無意識が働くときは口を開くことがある。聞き間違いとしてはよくある話だ」
「その話は聞き及んでいます。その可能性を否定するために、話声が聞こえてからこっそりと部屋の中を確認しました。そして、そのぬいぐるみに話しかけている様をこの目でしっかりと見たのです」
はぐらかそうとしてもルナは俺の目を直視してそう伝える。何としても俺の首を縦に振らせようとしているのが分かった。
何故ルナがこんなことをしているのか疑問には思う。しかし、どうやってルナを始末するべきか。俺の頭はそれ一色に染まっていた。俺たちの生命線を知ってしまったルナを生かしておくわけにはいかない。
怪我をしているとはいえ、殺すこと自体は難しくない。問題はどうやってそれを隠蔽するか。ヘレナに手伝ってもらうか? それとも――。
「お前、怖い顔しとるで。そこのねーちゃんより、まずは俺を責めるべきと違うんか?」
プルートがいきなり声を上げた。ちっ、傍観を決め込んでいれば良いものを……。余計な口を挟んで事態をこじらせるつもりか? だが、プルートを責めるとはどういうことだ?
「この状況が分かって口を挟んできたのか?」
「やかましいわ。こういう時は冷静な奴に話の席を譲れ。感情的になったらそれこそ相手の思うつぼや。ここは俺に任せとき」
プルートの口調は普段の砕けたそれとは違い真剣さが漂っていた。その言葉の通り、責任を感じているのは確かなようだ。少なくとも無策ではないらしい。
「……やれるのか?」
「確証はあらへん。でも、見込みはある」
「……分かった。任せよう」
「任せとけ。さて、ねーちゃん。普通はぬいぐるみが話し出したら、多少の狼狽くらいはするもんだと思うが、随分と冷静さを保っとるな。それに、なんで俺たちにこのことを話したん? 飼い主に速攻報告せんでこんなことするからには何か裏があるんやろ?」
「あなたはプルートというのですね」
「一応はな。それで、俺の質問に答えてもらおうか」
「確かにプルートさんの言う通り、ヘレナさんの話声が聞こえてきた辺りでは報告するべきだと考えていました。ですが、そういう訳にはいかなくなったのです」
ルナはそう言うとプルートをじっと見つめる。
「ってことは、やっぱり俺が目的か。ねーちゃん、俺のことどこで知ったん? ここ千年は口を利いた試しがないんやけどな」
「プルートさんが前に口を利いたときの残り香、とでも言えば良いでしょうか。きっと思い出せるはずですよ」
「……ほほう、思い当たる節が……あるぞ。ってことはあん時の一族の子孫か? だとしたら随分とご執心やないか。ここまで粘着してくると思わんかったから流石にドン引きやぞ」
「私もまさかお会いできるとは思ってもいませんでした。私の一族ではあなたのことは半ば伝説みたいなものでしたから」
「妙な巡り合わせというべきか。分かった。信用するかどうかはさておき、状況は掴めたわ。偶然見つけた俺とこいつらの情報を天秤にかけた結果、俺を取った。そして、それをだしにして俺との接触を確実なものとするため、こうして話を明るみにした。そうやろ?」
プルートがそう言うとルナはゆっくりと頷いた。
いやちょっと待て、状況が掴めんぞ。勝手に二人で納得されてもこちらとしては困る。こいつらは一体何を言っているんだ。話の方向性が斜め上どころではなくなっている。
辛うじて理解できた最後の部分では、俺たちはプルートをおびき出すための餌として使われたとのことだが……。
ヘレナも妙にぶっ飛んだ会話のせいか、青ざめていた表情が打って変わって疑問に満ちている。
「ねぇ、ハロルド。これってどういうことなの?」
「……俺も分からん。とにかくプルート、どういうことだ。二人だけで話を進められても困る」
「あぁ、悪いな。とりあえずお前らが報告されんかったのは俺がいたおかげってことやな。まぁ、事を招いた張本人でもあるから複雑な気持ちやけど」
「説明になってないんだが」
「説明すべき情報が多くてな。何から話したらいいのやら」
「それに関しては私が話しましょう。プルートさんが自ら乗り出してきてくれたおかげで話がとてもスムーズに進みましたから」
ルナの表情は冷たかったそれではなくいつもの様子に戻っていた。身の変わりようが激しい上に何を考えているのか分からないため、若干不気味にすら思えてくる。
「それよりも先に聞きたい。ルナ、お前は俺たちの敵か味方かどっちだ?」
話を聞くのも大切だが、ここははっきりとさせなくてはならない。
「現状は敵でも味方でもありません。ですが、プルートさんに対する私の行動を妨げるのであれば、敵になるだけのことです」
軍に対する報告を蹴ってこの行動を起こしているのならば、どちらにも協力できないというのは確かだ。プルートの言っていた「粘着している」という表現は、まさに的確だと言えよう。
プルートに対する異常なまでの執着心が、ルナとその一族を動かしているということか。
「分かった。話の腰を折って悪かったな。続けてくれ」
「はい。まず前提として、私は軍から派遣された諜報員の一人です。あなた方の情報収集とその精査が任務でした」
やはりそうだったか。比較的分かりやすい部類だったが、こうも簡単に暴露するとは。
「今回あなた方の嘘を見抜いたのは単なる偶然です。たまたま声が聞こえて来なければ、気付くことはなかったでしょう。最初は軍に報告するべきだと考えていました。ですが聞き耳を立てていくうちに、ヘレナさんがあなた以外の誰かと話していると気が付きました。そこで確認のために扉をこっそりと開け、部屋の中を覗いたときに、プルートさんの存在を知ったのです」
「それでプルートを選択したと。見上げた忠誠心だ。余程過去に因縁があったようだな」
俺はルナからプルートにチラリと視線を移した。プルートが俺の視線を感じたかどうかは分からないが、発言する様子はない。
「当然迷いました。しかし、この機会を失えば二度と話すことは叶わない。一族の悲願を私の手で潰すわけにはいかない。そう感じたのです。だから、私はこうしてあなた方に交渉を持ちかけました」
あれで交渉のつもりだったというのか。脅迫となんら変わりがなかったぞ。俺が絶対安静を言い渡されていたから抵抗できないと踏んでいたのか?
だが、この機会を逃せばプルートとの接触は断たれるというのは間違いない。ヘレナが話しているという決定的な現場を押さえるために、短時間で決断をしたということか。
「そうか。ならば、軍に対してどのような態度を取る? 敵でも味方でもないというのなら、それ相応の証拠を見せられるはずだ。俺たちを納得させるだけの資料を見せてもらおう」
「分かりました。軍から手配された極秘資料があります。それをご覧になれば納得していただけるかと。私の部屋にありますので、ついてきてください」
ルナと軍の関係性を否定するにはやはりこれしかない。俺たちに見せられる資料がどのようなものか、俺が正しく判断でいるわけではないが、指標としては十分のはずだ。
俺はヘレナを車椅子に乗せ、ルナの部屋へと向かった。




