第二章 二人の立場と状況2
翌日になっても、俺は答えを出せずにいた。
俺たちがアルダードで生活していくにしても、何か明確な目的を持たなくてはアルダードにとって良いように流されてしまう。それは軍の動きから明らかだ。このままではルダティアの二の舞になりかねない。
しかし、俺個人ができることなど限られている。まるで、掴みどころのないつるつるの大きな壁を目前にしているかのような感覚に囚われる。
ヘレナ以外の第三者に助言を得られれば一番良いのだが、そんな人間が都合よくいるはずもない。
俺はそう思いながらヘレナの部屋の前に立ち扉をノックした。すると、部屋からチリーンと鈴の音が響いてくる。入って良いという合図だ。
「入るぞ」
俺はそう言って部屋の中へと入った。部屋にはヘレナ以外誰もいない。
毎日こうやって見舞って様子を確認している。解放されてからそれほど時間が経っていないので弱々しさは残っているが確実に回復していた。
「ハロルド、おはよう」
「おはよう。もう喋れるようになったのか?」
「短い間なら大丈夫。それと、ハロルドに早く話しておきたいことがあったから」
「話しておきたいこと? わかった。とりあえず話してくれるか?」
「そこの机に手のひらサイズのクマのぬいぐるみがあるでしょ?」
ベッドの横の机にはヘレナの言うクマのぬいぐるみがあった。いつの間にこんなものがと思っているとヘレナは続けた。
「驚かないで聞いてね。そのクマのぬいぐるみ、実は喋るの」
「喋る? 何を言ってるんだ。ぬいぐるみが喋るわけ――」
「あぁ、喋るぞ。実際にこうしないとお前たちは信用せんからな」
……今どこから声が聞こえた。
「周りを見渡すなどわざとらしい事なんかせず、さっさと認めてしまえ。気が楽になるぞ」
本当にぬいぐるみから声がする。いやしかし、ぬいぐるみが声を発するなんてありえないだろ……。どこかにスピーカーでも付いているのか? それとも――。
「ヘレナの言う通り、頭が固ぇ奴だな」
「いや、そこまでは言ってないけど」
「おい、そんなに考え込むくらいなら俺を耳元に近づけてみろ」
情報がありすぎて何が何だか分からないが、とりあえず言われた通りに恐る恐るぬいぐるみを手に取る。そして、耳元へと寄せた。
「わっ!!」
「うわっ!!」
耳元へ近づけるなり大声をかましてきたのに驚いた俺は、反射的にぬいぐるみを壁へと放り投げてしまった。こいつ、いきなり何するんだ!
「おいおい、そこまでするこたぁねぇだろうよ」
壁に叩きつけられたぬいぐるみはそう漏らすのだった。
しばらく経って、状況を把握した俺はヘレナに問いかけた。
「これをどこで拾った」
「監禁されてた時に犯人の一人がくれたの。遊びで渡したみたいだけど、まさか中身がこんなのだなんて知らなかったと思う」
ヘレナがそう話しているとぬいぐるみが割り込んできた。
「せっかく能力が使えるのに一向に使おうとせんから、ついつい話しかけてしまったんよ。口が利けるのに話せない振りをするのも辛かろうと思ってな」
こいつ、今何と言った? 何故俺たちの秘密を知っている?
「ヘレナ。こいつに俺たちのことを話したのか?」
「話してない。でも、分かってないと話せないことは何度も話してきた」
「おいお前。どういうつもりか知らないが、燃えるゴミになりたくなければ詳しく話してもらおうか」
俺はぬいぐるみを掴むとそう言った。
「燃えるゴミたぁ面白いこと言うな。それと俺の名前は……そうだな、プルートとでもしておこうか。とにかくお前と呼ばれるのはイラっとするからやめぇや」
「……プルート。何が目的だ」
「ほう、お前らにとってはそこを否定されると痛いんか。大方、嘘ついて軍に取り入ってると言ったところかな。まぁ、安心しな。お前らの嘘をどうこうしようなんざ考えてない。こんなクマのぬいぐるみの言うことなんか誰も信じんからな」
「俺の質問に答えろ」
「はいはい、答えりゃいいんだろ。目的と言っても、単純に興味をひかれたからに過ぎん。たまたまヘレナの手に渡った俺が、たまたまその能力に興味を示して、そのまま連れてかれたら、たまたまその能力を利用してるお前と出会った。それだけのことよ」
「……なら何故口を開いた? 何故ヘレナの能力を看破できた? 多少舌が回るようならのらりくらりせず、はっきりと説明したらどうだ。少なくとも植物の肥料になることだけは避けられるぞ」
「燃やされた後に有効活用されてるやないか。意外と園芸でも嗜むんか?」
「……」
「分かった! 分かったから無言で掴む力を強くすんのはやめぇや! ……口を開いたのはヘレナの能力をこんな風に使う奴には初めて会ったから。能力を看破できたのは俺がこういった能力について深い知識を持っているから。こんなところか」
能力について深い知識を持っている? 確かにこいつの存在は現在の技術でどうこうなる代物でないのは分かるが、それにしても一体何者なのか。謎が謎を呼ぶとしか言いようのない状態に俺は困り果てていた。
少なくとも、俺たちに害がないかどうかだけは確認しなくてはならない。
「俺たち以外に口を利いた奴はいるか?」
「おらんな。口を開くとしてもお前ら以外の前では絶対に開かん。俺も困るしお前らも困るからな。誰も幸せにならんやん」
「俺たち以外には関与しないと考えて良いんだな」
「そうや。むしろ俺はお前らに協力しようと思ってる。どうせお前ら、能力を使って軍に取り入ったは良いものの、その後のことあんまり考えてないんやろ?」
こいつ、言葉遣いの割には的確に物事を当ててきやがる。くそっ、何も言えないのが腹立たしい。
「図星か。まぁ、これらの能力をうまく使いこなせた奴なんざこの世に一人とおらんから、ここまでやったのは大したもんやで。煽ってるわけじゃなくちゃんと褒めてるからな?」
すると、ヘレナがプルートに質問を投げかけた。
「ねぇ、プルートはこの能力について詳しいんだよね。他にも私みたいな人がいるって考えて良いの?」
「いるにはいるが、ヘレナ程強力な奴はおらんな。初めて会ったと言っても良い」
ヘレナのような能力が他にもあったら間違いなく世界の状況は変わっている。隠し通すことなど決してできなかっただろうな。
「私以外にもいるんだね。良かった、少しだけ安心した。それじゃ、どんな能力を持った人がいるの?」
「うーん、それを言うのは構わんけど、それはそこの兄ちゃんに俺のことを認めてもらわんと困るなぁ。説得してくれるか?」
プルートは妙に嫌味ったらしい口調でそう言った。ところどころ妙に感情を逆なでしてくるのが腹立たしい。
「本当!? ということでハロルド、プルートのことを認めてやってくれないかな?」
「プルートの目的が分からない以上、今すぐにというのは無理だな」
「大丈夫だって。プルートは悪いことしないよ。だって本当に私たちをどうにかしたいなら私たちの情報なんかとっくに誰かに話してるでしょ?」
「その通りや。よく分かっとるな」
「それにぬいぐるみが突然話し出したら、世紀の大発見とか言われて私以上に研究漬けになるし」
「それはそうやけど、今の話と関係あるん?」
「きっとプルートも命がけなんだよ。確実に弱みを握った相手だから言えたことであって、普段なら話しかけるなんてできないんだよ」
「その言い方だと俺悪者にならん?」
ヘレナの援護射撃なのか怪しい言葉にプルートも困惑しているが、言いたいことは分かる。
「つまり、プルートは自分自身に爆弾を抱えてるから迂闊に動けないと。それで、お互いに弱みを見せることで一種の協力関係を築こうとしてるってことで良いんだな?」
「うん。そういうこと」
「ってことは、それを分かってて聞いたんか。お前も案外意地悪いなぁ」
「目的が分からないのは事実だろう」
「目的が分からんでもお前らの不利になるようなことはできんて。正直それで十分な理由にならんのか?」
「得体の知れないものを警戒するのは当たり前だ」
「人間に比べれば俺の方が何倍も信用に足りるで。お前らの嘘が招いた状況が決して良いものとは思えんなら尚更や」
「……それはそうだが」
「それで、どうするん? 俺を認めるんか、燃えるゴミにして園芸の肥料にするんか、どっちを選ぶん?」
……こいつの言っていることは間違いではない。猫の手でも借りたい今の状況を何とか出来るなら――。
「……分かった、認めよう。目的が分からないにしても、プルートを背後から操れる人間がいるとは思えないからな。それに第三者で信用に値するというのは紛れもない事実だ」
「ありがとさん」
「なんかよく分かんないけど、また一緒に居られるってことで良いんだよね」
ヘレナは監禁されている間にプルートと過ごしたからか、多少感情が移っているようだ。そう言った意味ではヘレナを支えた恩人と言えなくもないのか。
「何故こちらの事情を把握してるのかは分からないが、プルートの協力はこちらとしても嬉しい。何せ味方になるような奴が誰もいなかったからな」
「だろうな。こう言うのもなんやけど、こんなアホみたいな使い方した奴はお前らだけやし、こんなに上手くいってるのもお前らだけや。正直、なんでこんなことになってるんか俺も興味はある」
「俺としても興味はあるし、話しておきたいこともできた。早速で悪いが、折り入って話がしたい」
「そうやな。まずはお前らの馴れ初めでも聞きたいなぁ。こんなことやってるお前らの行動原理は流石に推測できんわ」
「何でプルートはそんなに俗っぽいんだ。そんなの後回しで良いだろ」
「はぁ? 一番面白いとこやろが。それを知らずして何を語ると言うんや」
こいつうぜぇ。俺の人生でぶっちぎりの面倒臭さを誇っていやがる。というか、それを知ってどうするつもりなんだ?
「百歩譲って簡単な説明をするというのなら分かるが、いちいち詳細まで話す気はない」
「ケチ臭い男やな。まぁ、今回はそれで構わん。でも、そのうちには話してくれよな」




