第二章 救出作戦5
「全治一か月半ですね。あれだけ酷い怪我だったというのに、太い動脈や神経に影響がほとんどないのは半ば奇跡みたいのものですよ」
回収された俺たちは速攻で病院送りとなったのだが、俺の怪我は想像以上に危なかったらしい。戦っている最中は痛い以外の感覚はなかったのだが、こうしてお灸を据えられると無茶をしたのだと痛感する。
「いや、その、すいません……」
「良いですか、治るまで絶対に左腕を使ってはいけません。また無茶をすれば、今度こそ本当に左腕が使い物にならなくなるかもしれませんからね。服を着るときなどは自分でやろうなどと思ってはいけませんよ。絶対に誰かに手伝ってもらってください」
「はい……分かりました……」
「診断書はこちらから関係各所に伝達しておきますので、とにかく傷を治すことに専念してください。軍での訓練などもってのほかですから」
あの状況ではああするしかなかったんだが、そんなことを言ってもこの状況が変わるわけではない。何とも複雑な気分だ。
俺は医師からの注意事項を最後まで聞き終えると、骨折した患者のように左腕を首からぶら下げ病院を後にした。
「お待ちしておりました。ハロルドさん」
「あぁ、ルナか。迎えに来てくれたのか?」
「えぇ、入院の必要はないと伺っておりましたから。車を準備しています。詳しい話は車の中で致しましょう」
「分かった」
俺はそう言うとルナが要した車に乗り込んだ。
車が走り出してから俺は尋ねる。
「それで、詳しい話ってなんだ。まさか、ヘレナの容態に何かあったのか」
「いいえ、違います。ヘレナさんは衰弱状態ではありましたが命に別状はありませんでした。そのため、入院はせず屋敷で療養生活となります。あなたと一緒ですよ」
「そうか、それは良かった。ヘレナに入院生活は堪えるだろうからな。自宅での療養なら安心してはくれるだろう」
「医師の診察は向こうから来てくれるよう手配していますので、今回のように移動することはありません。お世話に関しても私が行いますので安心してください」
「それは頼もしいが、悪いな、世話を掛ける」
「私はメイドですから。それに、あなたが軍の宿舎に移ってから相当暇でしたので、そのくらいの仕事が無いと私も困ってしまいます」
「軍の命令だったからな。悪いと思っているよ。そう言えば、軍から何か通達とかは来ていないか?」
「来ています。明日、グリッドマン大佐がお訪ねになるようです。話しておきたいことがあると仰っていました。それと、報告書の提出を要請されています。お疲れでしょうが、明日までに作成をお願いできますか」
「あぁ、分かった。俺の怪我も想像以上に酷いらしくて、絶対安静を言い渡されてるんだが、人使いが荒いよ、まったく。右手は動くから気合い入れて書くか」
「あら、でしたら私が手伝って差し上げましょうか? 代筆するくらい大したことではありませんよ」
「それはありがたいが、報告書には話しにくい内容も含まれるからな。気持ちだけ受け取っておくよ。むしろ、怪我のせいで着替えとか入浴が難しいからそっちを手伝ってほしいくらいだ」
「えぇ、構いませんよ。他にも何かお手伝いが必要な時は仰ってください。それにしても、着替えも入浴も大変ですね。以前は私の申し出を断られましたけど、流石に今回ばかりはそうとも言っていられなくなったみたいですね」
背中を流す申し出を断ったことを根に持っているのか……。ルナの考えていることが本当に分からないのが恐ろしい。
「そ、それは、こうなった以上仕方ないというか……。皆動けない状態だし、俺としても恥ずかしくはあるんだぞ……」
「ふふっ、想像以上に初心なんですね。それとも、ヘレナさんと一緒にいたからでしょうか?」
初心であるのは事実だと認めよう……。だが、そこでヘレナの話を突っ込んでくるとは思わなかった。話の流れから俺との関係性を聞いているのだろうか。
「俺とヘレナの関係について軍からどの程度聞いている?」
「ある程度は」
「そうか。ヘレナとは長い付き合いだが、男女の関係になったことは一度もない。俺が初心なのは事実だが、単純にそう言う遊びをしている余裕がなかったってのもあるんだよ。自慢できないけど……」
「あら、意外ですね。軍には男ばかりですから通い慣れている人がほとんどでしょうに。随分と軍から重用されていたんですね」
「重用というよりはこき使われたって方が正しいがな。ヘレナとの必要以上の接触は当然禁止だし、仕事が多くて余裕もできない。いろんな意味で酷い環境だった」
「環境が変われば変化はあるでしょう。以前はできなかったことができるようになるということだってあるはずでは?」
ルナがバックミラー越しに目を細めるのが見えた。
「アルダードが俺にとって良い環境になると言っているのか?」
「さぁ、どうでしょうか。あなたが望めばそうなるかもしれません。ヘレナさんとの関係も私との関係も軍との関係も、きっとあなた次第では?」
「それはそうだが……難しい立場だ。考えることが山ほどあるのが正直億劫だ。俺が望んでこの立場になったとはいえ、誰かに変わってほしいくらいだよ。本当に」
「そう言う状況を何とかしたら、とてもかっこいいですよね。男性としての魅力があると言うのでしょうか?」
ルナはそう言うとバックミラー越しに目を合わせてきたと思ったら、そのままウインクした。
「ごほん、そういうのは冗談だけにしておいてくれないか」
照れるというか褒められることに慣れていないからか、適当な言葉が思いつかない。軽い咳払いも、わざとらしさが満載だった。
「ふふっ、悪い事ではないですよ。酷い状況を何とかするために身を粉にして働く男性はとても魅力的だと思います。そして、それに対する実績も出している。放っておくほうが難しいのでは?」
実績というのは亡命や今回の件を指すのだろう。そう考えるならば、ルナは俺たちのことをかなり知っていることになるな。
「女心という奴か? だとしたら俺にはまだ理解できないな」
「そのうち分かってくると思いますよ。少なくとも、これからは私とヘレナさんと一緒に暮らすわけですから」
「嫌でも分かってくるということか。なんだか急に家に帰りたくなくなってきた」
「ふふっ、もう遅いですよ」
屋敷に着いたのは夕方だった。ルナによるとヘレナは既に屋敷内にいるらしい。疲れているはずなのだが、どういうわけか浮足立っている感覚がある。
やや早足になりながらも俺はヘレナがいる部屋の前にたどり着く。そして、扉を開けた。
用意されたベッドにヘレナが横たわっていた。その横で医者と思しき人物がカルテか何かに文字を書き込んでいる。彼は俺に気が付くと軽くお辞儀をした。
「ヘレナの容態は――」
俺がそう言おうとしたとき、彼は鼻の前に人差し指を立てて静かにとジェスチャーをしてきた。どうやらヘレナは眠っているようだ。
俺は彼にゆっくり近づくと小さな声で容態はどうかと尋ねた。
「えぇ、問題ありません。ゆっくり体力をつけていけば元に戻ります。では、私はこれで失礼いたします」
彼は俺に気を使ったのか部屋から出ていった。俺は医療器具があちこちにあるため触らないよう気を付けつつヘレナの顔を覗き込んだ。
頬や腕、足などは以前見た時より明らかに細くなっている。だが、その寝顔だけは怯えていた顔つきから穏やかな顔つきに変わっていた。
やっと取り戻せた。そんな感情と共に俺の顔も不思議と穏やかになっていった。




