↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

41/61

第二章 救出作戦4

 キンッ。短い金属音が響くと同時に大男の眉間の手前で火花が散った。信じられないことに、迫りくる銃弾を右手のナイフで弾いたのだ。


 驚愕の表情が俺の顔面を覆うと同時に、大男はまたしても口角を釣り上げる。そして、左腕の力だけで着地の衝撃を受け止めると、まるでばね仕掛けでも仕組まれているかのような動きで俺から距離を取った。


 銃弾に対する絶対的な防御性能と他を圧倒する筋力、体格。固い地面にくっきりと残されている左手の窪みを見れば、この大男の実力がどの程度のものか考えなくても分かる。


 この野郎、人間離れしてやがる! 強いだとかそんな次元の相手じゃない!


「良い反撃だ。俺の行動を読み切ったその攻撃には俺も驚いたぞ。だが、惜しかったな。止めをナイフでやっていれば傷を負わせることくらいはできただろうに」


「この化け物がっ……!」


「あぁ、言われ慣れているさ。そして、その化け物を前に小僧はどう対処する? はっ、久しぶりに血が滾ってくる。やはり闘いはこうでなくては面白くない!」


 大男はそう言うと先ほどと同様に間合いを詰め、ナイフを振りかざしてきた。先ほどより素早いナイフが大男の本気度を物語っている。


 体格差がある以上、まともに受ければどうなるか分からない。直撃を避けて動くのが最も安全か。それに、せっかく広い場所で戦っているのならば、しっかりと間合いを保つのも忘れてはならない。


 俺は後ろへと飛び退き、ギリギリの間合いでナイフを避ける。だが、大男もそれが分かっているのか間合いを開けることを許さない。俺は必死に避け続けるが、大男も常にナイフの先端が当たるような絶妙な間合いを維持してくる。


 クソが……! 腕が長いせいで反撃しようにも届かない。さっきの足払いを警戒して体の重心も下げてやがる。どうやってこいつに攻撃を当てれば良いんだっ!


「どうした? 逃げてばかりでは俺を殺すことなどできないぞ?」


 挑発する余裕すらあるというのかっ! クソったれがっ!


「そこだっ!」


 大男はそう叫ぶとナイフの範囲ギリギリ入っていた左腕を狙ってきた。俺は全力でかわそうとするが、その願い空しくナイフは当たってしまう。


 切られた腕から鮮血が迸り、大男のナイフが血に染まる。筋が切られるほど深い傷ではなかったが、心臓の素早い鼓動のたびに気持ち悪い痛みが走る。


「まずは一発。ここまで耐える奴は久しぶりだ。さっきの奴とは大違いだな」


 俺に攻撃を当てたことに酔っているのか大男は攻撃の手を緩め、そう口にする。


「くぅっ……!」


 俺は切られた左腕を押さえながらも、与えられた時間を使って頭を必死に働かせる。


 この状況を何とかするには、もはや負傷は甘んじて受けるしかない。時間稼ぎが難しい以上、肉を切らせて骨を断つ覚悟で確実に殺す。


 こんなところで俺は死ぬわけにはいかない。せっかくここまで来たと言うのに、こんな意味不明な野郎に殺されて良いはずがないのだ。


 こいつはまだ全力を出していない。なら、その慢心に付け込む。全力を出す前に仕留めきって見せる。


「やってくれるじゃねぇか……」


 俺は大げさに左手の傷を押さえると、声を震わせ痛手を負ったかのように振舞った。


「さっきの威勢はどうした? 傷を負ったとしても手加減はせんぞ」


 大男は冷酷な微笑を浮かべながらゆっくりと距離を縮めてくる。まさに勝利を確信しているかのようだ。


 俺は来るべき攻撃に備える。奴が最も攻撃しそうな場所にわざと隙を作って。


 じりじりと詰め寄られる感覚と確実に決めるという緊張が合わさり、精神は尋常でないすり減り方をしている。冷や汗が頭部から滴り、息を吐く行為すらタイミングを計るのに邪魔とさえ感じてしまう。


 大男が間合いに入った。そして、猛然と詰め寄ると、俺の心臓めがけてナイフを突き立ててきた。


 心臓めがけて突き立てられたナイフをギリギリまで引き付け、左肩で受け止めるよう咄嗟に移動した。ナイフの冷たい感触が来たと感じるや否や、そこから熱を帯びたような激しい痛みが左肩をえぐる。


 苦痛に顔が歪む。だが、条件はすべて整った! 俺は痛みをこらえながらも腰の拳銃を左手で掴み、胴体めがけて腰撃ちした。


 ナイフは俺の左肩に刺さって使えない。そんな状態なら銃弾を回避するには身をひねるしかない!


 俺の予想通り大男は身をひねってかわす。しかし、近距離で射撃に対応したその動きはナイフを入れる隙としては十分だった。


 右手のナイフで大男の首元を狙い確実に仕留められる、そう思った瞬間……。


「いやーーーっっ!!」


 突如として、風邪をこじらせた時に無理やり上げた声のような、そんなかすれ声の悲鳴がこだました。


 視界が唐突にぐにゃりと歪む。意識が混濁し、自分が立っているのか倒れているかすら分からない。


 しかし、この感覚には覚えがある。意識を奪う叫び声。ヘレナの悲鳴に他ならない。対処法は……。


 言うことを聞かなくなった体はナイフの軌道すら鈍らせる。本来首を狙って放たれた軌道から大きく外れ、大男の胸板を引き裂くことになった。


「ぐおぉっ……!」


 大男のくぐもった叫びが聞こえ、大きくフラフラと後退していく。傷は浅くないようで目に見えて出血している。大男も悲鳴を聞いたせいで意識が朦朧としているのだろう。


 俺も沈みこもうとする意識に必死で鞭を撃ち、無理やり後ろへと下がった。


 俺の左肩に刺さっているナイフと右手のナイフが砕け散っている。大男に当たる前に砕け散らなくて良かったと捉えるべきか……。微妙な雰囲気が辺りを包み込み、俺も大男もヘレナも黙り込んでいた。


「クックック、今の一撃は効いたぞ。なかなかに骨のあるやつは久しぶりだ。これほど殺し甲斐がある奴は滅多にいない」


 大男は頭と胸の傷に手を当てながらそう言うとさらに続けた。


「しかし、妙だな。何故ナイフが砕け散っている? 第二の刃として用意していたナイフも使い物にならなくなってしまった。小僧がナイフを振るってきた瞬間を狙っていたというのに」


 大男はそう言うと腰に手を回し、柄だけになったナイフを見せつけると、後ろへとためらいなく放り投げた。


 背筋にぞわっと悪寒が走った。もしあの時ヘレナが悲鳴を上げていなかったら、やられていたかもしれないというのか……。別の意味で冷や汗が全身から吹き出す。


 お互いに手負いとなり武器もない。緊張した雰囲気が再び場を包む。まさか格闘戦に持ち込むつもりなのだろうか?


 そんな風に思っていると、けたたましいサイレンの音が坑道内に響きわたった。何事かと思い周囲に目を配ると赤色灯が点滅している。


「ちっ! せっかくこれから面白くなるというのに、本当に空気の読めない奴らだ!」


 大男から喜びの表情が消え失せ、今までにないほど強烈な嫌悪と怒りをにじませていた。


「小僧、戦いはお預けだ。時間稼ぎは終わり、もうじきこの坑道は爆破される。せっかくの逸材と出会えたのに残念だ。そこに隠れている女も連れてさっさと逃げるぞ。俺の後についてこい」


「は……えっ……爆破される? それについて来いって、あんたは敵じゃないのかよ!」


「つべこべ言わずに早くしろ! 俺が殺す前に勝手に死なれたら殺せないだろうが!」


 何て野郎だ。言っていることが無茶苦茶だぞ。だが、爆破されるのが本当なら……。くそっ、気持ちの整理はとりあえず後回しだ。


「あぁもう分かった! ヘレナを回収するから少し待て!」


 俺はこちらに視線を向け唖然としているヘレナを抱き上げる。それを確認した大男は手招きをしながらこちらに背を向け走り出した。


 エリックの死体を横切る際に心の中で手を合わせる。置いてけぼりになるがもはや猶予はない。


 俺は必死に大男の後をついていき行動の外へ出ることに成功した。作戦開始時に暗かった空は明るみ始めていた。


「爆破の被害がどれほど出るか分からない。とにかく距離を稼ぐぞ!」


 出口にたどり着いても大男はそう言って安全を確保するまで走るよう促してきた。手負いの上に人一人抱えて全力疾走するこっちの身にもなれってもんだ。どれだけ体力が有り余っているんだよっ!


 俺はそう文句を吐きながらも、必死で大男の背中を追いかけ続けたのだった。


 走り始めてからおよそ二キロの場所で、地響きと重低音の爆発が鳴り響いた。一瞬だけ後ろを振り返ると、逃げてきた坑道の入り口から黒煙がもくもくと上がっている。そして複数の爆発が生じ、真っ赤な炎が凄まじい勢いで空に上がっていった。


「ここまで影響はないようだな。風上なのも味方している」


「はぁ、はぁ、助けてくれたのは礼を言う。だが、どうせまたやり合うんだろう」


 こいつは俺を殺すためにわざと生かした。なら、ここで再戦を申し込むはずだ。緩めた緊張の糸を張り詰めさせながら俺はそう尋ねた。


「……俺の仕事は時間稼ぎ。それが終わってしまえば、お前を殺したくても殺すわけにはいかない」


「はぁ? 何を言ってるんだ?」


「小僧が知る必要などどこにもない。また、戦場かどこかで会えることを楽しみにしている。俺の名はバルディア・ゲートリアムだ。覚えておくがいい」


 何故、そんな悲しそうな顔をしているんだ。こいつの考えていることがまるで分からない。戦闘狂かと思えば、妙に律儀で筋を曲げることを良としない。あまりにもちぐはぐすぎではないか。


 バルディアと名乗る男はそう言うと本当に何もせず去っていった。彼の行動はまるで己の信条以外の何かに縛られているかのようだった。


 そして、爆発を聞きつけた別動隊に俺たちは確保され、この作戦は幕を閉じた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。