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第二章 救出作戦3

「緊急用の逃走通路か。一つや二つあってもおかしくないとは思っていたが、随分と丁寧な造りだ。かなりの期間この工場を拠点として使っていたんだろう」


「道幅も天井も余裕をもって作られていますね。それにしても、照明が生きているのは何故でしょうか?」


「おそらく、工場とは別の電源を確保しているんだろう。この様子だと俺たちの襲撃を見越して、幹部連中は既に逃走したとみるべきだな」


「人質を見捨てて逃げた……?」


「確かに不自然だが、今は味方と合流することが先決だ。後でいくらでも考えれば良い」


 エリックの言う通りだが、やはり気になってしまう。


 ……ダメだ。今考えることではない。俺は必死に思考を振り払いエリックについていった。


 しばらく道を進むと鉄製の扉があり、扉を開け段差を下った先には開けた場所があった。照明が設置されており、よくよく周囲を見渡すと坑道であることが分かる。


「坑道か。石炭採掘用のものだな。ここの管理者にテロ組織とつながりを持った人物がいるということか。ハロルド、俺はこの先を確認してくる。しばらく待っていてくれ」


「了解しました」


 エリックが銃を構え、この先の安全を確保してくれている間に、俺はヘレナに視線を向け尋ねた。


「どこか痛むところとかはないか?」


 ヘレナは首を横に振った。そして、ほんの少しだけ目線を外に逸らした。抱きかかえられている手前恥ずかしいのだろう。


 衰弱以外の変化がないことを確認し終えた俺は、周囲を警戒しつつもエリックの帰りを待っていた。


 そんな時だった。突如としてエリックの怒号が響いてきたと思ったら、銃声が聞こえてきたのだ。エリックが装備している銃のそれだった。


 発砲をしたという事実が周りの空気を汚染していく。それと同時に、俺の警戒心も最大に引き上げられた。


 何が起きているというのだ。


 そう思った俺は物陰に彼女を隠す。


「エリックの様子がおかしいから俺は助けに行く。どこか安全な場所があれば――」


「安全な場所などどこにもない。いずれお前もこうなるんだ」


 エリックではない何者かの声が坑道内に響きわたった。俺が後ろを振り返ると広場の真ん中に、二メートルを優に超える大男がぐったりとしたエリックを引きずり、こちらへ向かってきている。エリックは首から大量に血が噴き出していた。


「なっ……!?」


 何が起きたのか把握できない。何故エリックが血まみれなのだ? この大男は一体何者だ?


 しかし、明確に敵であると理解したとき、俺の行動はとても素早かった。解除していた武装を一気に身にまとい、自動小銃を大男に突きつける。


「止まれ!」


 しかし、大男は俺の警告を無視してこちらに向かって歩いてくる。


 俺は威嚇射撃を一発、彼の首筋ギリギリに放った。


 流石に回避行動くらいはとるだろう。そう思っての射撃だった。だが、大男は避けるような素振りを一切見せなかった。まるで当たるわけがないと理解しているかのような感じだ。そしてゆっくりとこちらへ近づいてくる。


「まぐれか、それともわざとか、どっちでも良いがもっと本気で狙え。だが、そんなおもちゃでは俺を殺すことなどできないがな」


 上半身裸にナイフのみという、戦うつもりがあるのかと問いただしたくなるような格好だというのに、大男からにじみ出てくる雰囲気はまさに強者のそれだった。


 不意打ちでも何でもいいからこいつを仕留めなくてはならない。そう直感した俺は確実に殺すため眉間と心臓めがけて二発銃弾を撃った。


 しかし、その銃弾が大男と貫くことはなかった。彼は大男と思えないほど、いや、人とは思えないほどの軽やかな身のこなしで銃弾を全て避けきったのだ。


 十メートル程度の距離で全ての弾を避けるなど、どう考えても人間業じゃない。俺の本能が大音量で警告している。


「ほう、良い腕だ。確実に殺すために頭と心臓を狙ったんだろう。しかも寸分の狂いもない正確な射撃。小僧、強いな」


「黙れっ!」


 俺は相手の言葉を遮るように言い放つと、再び急所めがけて発砲する。


 しかし、大男は当然のことのように最小限の動きだけで全て避けて見せた。


 こいつに銃弾はほとんど意味をなさない。俺はそう直感した。先ほどの発言からも己の回避能力に絶対の自信があるのだろう。そして、ナイフ一本でエリックを殺してしまうほどの実力者。


 背中に冷や汗がジワリと滲む。このまま戦いに移ったとしても勝てる保証などどこにもない。ヘレナも声を出せる状態でないならば、せめて応援が来るまでの間時間稼ぎをしなくては……。


「何が目的だ」


「時間稼ぎだ。雇い主は尻尾を巻いて逃げだそうと必死だ。その時間を確保するため俺はここに居る。しかし、ただ時間を稼ぐというのも面白みに欠けるというものだ」


「面白みに欠けるだと」


「俺は強者が大好きだ。そして、その強者を自らの手で殺すことに至上の喜びを感じる。俺の生きがいと言っても過言ではない。アルダードの兵士は数こそ多くないが、練度はかなりのもの。ならば、こういう機会が巡ってきたことはまさに幸運だと言えよう。闘いに飢えている者にとって強者との出会いは至極甘露だ」


「戦闘狂だな。そんなに戦いたいなら、ルダティアとトリトンの戦争にでも顔を出せば良い」


「すでに出してきた。だが、話にならん。とても俺の渇きを潤すようなものではない。俺は傭兵として戦場を渡り歩いてきたが、下から数えた方が早いくらいには退屈な戦いだった。そんな戦いにはさっさと見切りをつけた方が良い」


「あの戦いが退屈なものだと? 最前線での戦いはまさしく地獄だったぞ」


 少しムキになってそう言ってしまったことを俺は即座に後悔した。


 俺の言葉を聞いた大男は口角を釣り上げニヤリと笑みを浮かべたのだ。


「ほう、小僧もあの戦いに参加していたのか。しかも最前線を経験しているとは。ならば、その腕前、試させてもらおう」


 その瞬間大男は一気に間合いを詰めてきた。そして、俺の喉元めがけて右手のナイフを振り抜いた。


 ガキンという金属音が坑道内に反響する。俺は何とか大男の動きを捉え、右手のナイフでその一撃を防いだ。互いのナイフの刃がカチカチと音を鳴らしながら膠着状態となる。


「良い反応だ」


 この野郎っ……。喉元を狙ってきたくせに体格差を押し付けて来なかった。俺の力量を測るためにわざと手を抜いていやがる。この戦闘狂がっ……!


 時間稼ぎがほとんどできなかったことを後悔しつつも俺は思考を切り替える。銃弾に対する身のこなしは異常だが、体術にそれを使っている様子はない。ならば、使えないのか使っていないのかまずは確かめる!


「舐めるなっ!」


 鍔迫り合いとなっているナイフに力を思いきり込め、強引にかちあげた。大男はナイフに力を大して込めていなかったのか右腕が天井を向いた。俺はその隙を狙い、左手で腰の拳銃を一気に引き抜くと胴体めがけて発砲する。


 しかし、大男はそれすらも反応して見せた。目にもとまらぬ速さで身をひねるとギリギリでかわしてきたのだ。


 まさしく化け物と言うしかない身の軽さだが、それは予測済みだ。この近距離で銃弾を避けるにはどうしても足元がお留守になる。体格差のせいで狙うことができない足払いをこの状況なら当てられる!


 渾身の力を込めた一撃は見事大男の足に直撃し、すでに不安定だった重心が完全に崩れた。足を払われた大男はほんの一瞬だけ空中に身を投げ出すことになったのだ。


 こうなれば、どれだけ身軽であろうとも次の一手を避けることなどできない。クソったれな戦いはさっさと終わらせてやる。


 俺は大男の眉間めがけて拳銃の引き金を引いた。


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