第二章 救出作戦2
作戦当日の夜明け前。アルダードの南東にポツンと佇む小さな穀物工場を訪れた俺たちは、じっと息を潜め作戦開始を待っていた。
工場は現在稼働しておらず無人とのことだが、取り壊されず放置されていたところをテロ組織に拠点として活用されていたらしい。工場の見取り図は残っており、その地下には三つの倉庫があることが分かっている。そして、地下倉庫に人質がいることは確定している。
そのため、部隊を一班五人で構成された三つの班に分け、正規軍の突入と同時に俺たちも一緒に潜入するというのが主な作戦だ。正規軍がテロ組織の使っている電源設備を攻撃し、敵の視界を奪った状態で一気に地下倉庫へ到達し、人質を救出する。
頭に叩き込んだ見取り図を思い出しながら、俺たちはただひたすら待った。
工場の電源が落とされ、かすかな明かりが消えた。そして、合図が走る。
それを見た俺たちは一斉に工場内部へと突撃した。
「何が起きた!」
「敵襲か!」
「電源を早く復旧させろ!」
工場内には怒号が響き渡っていた。しかし、それは俺たちにとって居場所を知らせる合図でしかない。仲間が声のする方へ強力な電灯を向けると、俺は消音器のついた銃口を向け発砲した。
断末魔と悲鳴が工場内に響き渡る。奇襲により碌な準備ができていなかったテロ組織の人員は逃げまどいながら一人、また一人と地面に倒れた。
「よし、後は後続に任せて先を急ぐぞ!」
「了解!」
班長を務めるエリックがそう叫ぶと俺たちは奥へと突き進んでいった。
地下倉庫へ続く扉の前にいた門番らしき二人を始末し、扉を開けた。地下倉庫へ続く道は清潔とは言い難く、カビ臭い。
「しっかりと足元を照らせ。一気に片を付ける。人質を発見したら周囲の安全を確保し、即座に保護しろ。いいな!」
「了解!」
緊張の糸が張り詰めている中、地下へと続く階段を足早に駆け下りていく。
しかし、人の気配がまるでない。奇襲を受けたとは思えないほど静まり返っているのだ。
先頭を行くエリックはハンドサインで慎重に行動しろと合図を送った。俺たちもそれに従い勇み足になりそうなのを必死に抑え、歩みを進めた。
さらに奥へ進むと大部屋にたどり着いた。元々は資材置き場のようだが多少改造されており、ソファや机と言った調度品が部屋の真ん中に置かれている。周りを照らしてみて分かったが、やはり誰一人としていなかった。
あまりにも不自然すぎる状況に俺たちは困惑を隠しきれなかった。しかし、エリックは慌てることなく管理室を調べると言い、俺たちも捜索を始めた。
管理室はすぐに見つかった。見取り図から場所自体は分かっていたからだ。人一人が入れる程度の小さな扉を一気に開け安全を確認する。
誰もいない。そう思った時だった。
部屋のさらに奥を光が照らすと、明らかに後から作られたと分かるくり抜かれた空間と小さな鉄格子があり、その先に誰かがうずくまっている。わずかな息遣いが静かな部屋に響いていた。
小柄で女性秘書の格好をしているとなれば……一人しかいない。
「俺とハロルド以外は部屋の外に出て見張りを。保護ができ次第、すぐに合流する」
エリックがそう指示を出すと残りの隊員は部屋の外へ出て警戒を始めた。
俺ははやる気持ちを抑え、ゆっくりとヘレナへと近づく。どうやらヘレナは眠っているようで息遣いはどうやら寝息だったようだ。
しかし、以前エリックが言っていたようにかなりやせ細っている。頬もかなり痩せこけておりとても元気があるようには見えない。
俺は鍵を銃で壊し、鉄格子の扉を開けた。その際に甲高い金属音が響き渡り、ヘレナは体を一瞬震わせた後に目を覚ました。だが、突然のことに怯えているようで、状況を察して部屋の隅に後ずさってしまった。
「ヘレナ、安心してくれ。ハロルドだ。助けに来たんだ」
「ハロ……ルド……なの?」
「そうだ。ハロルドだ。もう安心して大丈夫だからな」
俺はそう言ってヘルメットを脱いで素顔を見せる。
「ほん……とう……。ハロ……ルド……」
決死の思いで吐き出した弱々しい声が周囲に響くと、ヘレナの表情はゆっくりとだが穏やかになっていった。
「もう喋らなくていいぞ。とりあえず、ここをさっさと出よう」
俺がそう言うとヘレナはゆっくりと頷く。
「歩けるか?」
ヘレナは首を横に軽く振った。
「分かった。少し待っていてくれ」
俺はそう言うとエリックに要請をした。
「人質は極度に衰弱しており移動が困難です。担ぎ上げるため、一時的に私の武装解除を要請します」
「許可する」
「感謝します」
俺は許可を貰うと、すぐさまヘレナに駆け寄り、体を横にして持ち上げた。持ち上げられたヘレナは時折険しそうな表情を浮かべている。筋力が落ちているため、しがみつくのも難しいのだろう。
そして、ヘレナを持ち上げたまま部屋の外に出ようとした時だった。
突如として地響きがし始めたかと思ったら、パキンパキンというワイヤーが切れるような音が響き始めた。そして、天井の一部が管理室の扉の前に降り注いできた。
轟音と共に凄まじい土埃が周辺にばら撒かれ、管理室の扉の前には瓦礫の山がうず高く積もる。
「ゴホッゴホッ! おい皆! 大丈夫か! 返事をしろ!」
俺とヘレナ、そしてエリックは扉の前にいなかったため直撃は避けられたが、他の隊員は扉の外で周囲の警戒をしていた。無事であってほしい。
「大丈夫です!」
「私も大丈夫です」
「こっちも問題ありません」
しばらくして、残りの隊員全ての返事があった。ほっと胸をなでおろしたのだが、エリックの表情は依然として険しいままだ。
「上でドンパチやり始めたな。クソっ! 瓦礫のせいで管理室に閉じ込められた! 早くここから移動しないとまた天井が崩落してくるかもしれない。だが、この瓦礫を機材も無しにどけるには流石に時間がないぞ」
揺れは断続的に続いていた。何とかして早く逃げだす必要がある。
「ハロ……ルド……。あれ……見て」
そう考えていると、ヘレナは俺の服を軽く引っ張り、管理室の奥にある壁を指さした。
「あれがどうかしたのか?」
「あそこ……隠し……通路……。使ってるところ……見た……」
「本当か! ここの人間が使ってたんだな!?」
俺がそう尋ねるとヘレナはゆっくりと頷いた。
「エリックさん、どうやらあの壁の向こうに隠し扉があって、他の場所に繋がっているようです」
「他の場所に繋がっているか……。ここに居続けるわけにはいかないから、その通路を使うほかないだろう。分かった。外にいる隊員に応援を要請するついでに、その通路を使うということも伝える。応急処置だ。仕方ない」
エリックが他の隊員に説明している間に、俺は壁の近づき物色していると壁の一部が壁と同じ色をした布である部分を見つけた。それを引き剥がすと人為的に作られたであろう横穴が姿を現した。
「俺が先頭を行く。ハロルドは彼女を抱えたまま俺の後をついてくるんだ」
エリックは発煙筒を取り出すとそれを奥へと放り投げ足元の確認を行った。そして、安全を確認し終えると俺に手招きをしてついてくるよう指示を出した。
「この作戦はきっとうまくいく。だから、安心してくれ、ヘレナ」
俺はヘレナに優しくそう語りかけるとヘレナはこくりと頷いた。
そして、俺たちが横穴に入って間もなく天井が更に崩落し、入ってきた横穴は瓦礫で塞がった。




