第二章 無防備2
それから一週間後、俺は再びグリッドマン大佐に呼び出されることになった。
もう見慣れた執務室でソファに座らせられた俺は、グリッドマンが話し出すのをじっと待った。
「やぁハロルド。待っていたよ。アルダードでの軍人生活には慣れてもらえただろうか?」
「えぇ、ルダティアとさほど変わらないので何とかやっていけています」
「我が国の生活にも馴染めてきたようで何よりだ。さて、そろそろ本題に入ろうか。人質交換の交渉が決裂するのも、もはや時間の問題だ。そこで上層部は救出作戦を敢行し、テロ組織から人質を解放する決定を下した。人質の居場所及び監禁場所もほとんど特定できており、後は救出部隊の編成を残すのみだ」
「今日の話はそのことについてでしょうか?」
「そうだ。君との関係は公にできない。文書で伝えられないのが非常に面倒だが、まぁ我慢してくれ。今回の内容はそれ関係の話が中心だ」
「そうですか。救出編成ということは私が関わる余地があると?」
「あぁ、私も周りを説得したから君は確実に編成される。もちろん細心の注意を払った作戦となり、君に危害が出ないと分かった上での配置にはなるがな」
「了解しました。配慮していただきありがとうございます」
俺は深々と頭を下げた。
「我々にとってもこの問題は見過ごせない。然るべき措置をしたまでだ。作戦決行日などの詳細は後日になる。その時に備えて万全に整えろ」
「無論そのつもりです。グリッドマン大佐、今回の件について確認したいことがあります」
「言ってみたまえ」
「初めてお会いしたとき、大佐はアルダード軍内部で情報が漏れていたことについて言及されていませんでした。今回の件は間違いなくアルダード側の情報漏洩が原因であるはずなのですが、秘匿されたままではこちらとしても納得がいかない部分もあります。軍としての見解を聞かせてもらえませんか」
ずっと疑問に思っていたことだ。俺たちの情報は大使館を通じて軍の上層部へと伝えられた。そして、亡命が認められ護送が決定するという流れが生まれた。
その状況でテロ組織が介入する余地などあるはずがないのだ。情報を知り得るにはどこかで誰かが意図的に情報を流す必要がある。すなわち、俺たちの情報を知り得た軍の誰かがこの展開を作ったということになる。
軍の誰かが俺たちを誘拐するという作戦を立案し実行に移したことを、軍はどう考えているのだろうか。
俺は軍の情報を得ることができない立場にある。そのため、グリッドマン大佐を利用して情報を聞き出すほかない。簡単に教えてくれるなど微塵にも思っていないが、せめて一端くらいは知っておきたい。
アルダード軍からすれば頭痛の種なのは理解できる。身内からこんなことをする奴が出るなど考えもしなかったはずだ。しかし、野放しにもできない。仮に救出作戦が上手くいっても俺やヘレナが軍に対して不信感を募らせてしまうのは避けるはず。譲歩を引き出すにはこのタイミングが最も効果的だ。
さぁ、どんな情報を吐き出すつもりだ。
それを聞いた彼は眉を顰めた。そして、小さくため息をついてこう言った。
「なるほど。痛いところを突かれたな。確かに君の言う通り我が軍に責任があるのは事実だ。誰かが意図的に情報をテロ組織に売ったことは明白であり、我々としても原因究明をしたいのはやまやまだ。だが、そうは問屋が卸さない。それは我が国の情勢にある」
「アルダードの情勢ですか。その、入国して間もないので、まだ、詳しくは……」
「それは構わない。我が国の北の国境には山脈が横たわっており、外国勢力の南下を防ぐ自然の要害となっている。そして、山脈を超えた先にはノルディラムだ。ノルディラムの体制くらいは知っているだろう」
「世界初の社会主義国家。成立直後は人類史上かつてない熱狂が国内を包んだと聞いています」
「近年になり、ノルディラムは南下政策を強めてきて小競り合いが頻発している。天然の要害があるとはいえ、大国の戦力を跳ね返すので我が軍は精一杯だ。本来であれば半島国家から各々軍備を出してもらい、連合軍としてとして対処に当たるつもりだったのだが、ルダティアとトリトンの戦争は長引いている。これでは増長したノルディラムがいつ攻めてくるとも限らない。非常に緊迫した状態だ」
グリッドマン大佐は水を軽く口に含んだ後、こう続ける。
「我が軍の統率を取らなければノルディラムを追い払えない。しかし、裏切り者がいるこの状況も看過できない。前門の虎後門の狼とは良く言ったものだ。板挟みの状況で動くには時間が掛かる。慎重にならざるを得ないのだ」
「なるほど」
「裏切り者は潰す。そして、ノルディラムにも睨みを利かせ続ける。それが我が国における最善の策であり軍の見解でもある」
彼は強い眼差しと語気でそう言った。
「軍は既に裏切り者を見つけるために動いていると?」
「あぁ、細心の注意を払い捜査している段階だ。裏切り者の真意は分からない。しかし、君たちに何かしらの目的を持っていることは確かだ。君たちの情報と軍が集めた情報を合わせれば、必ず真相にたどり着けると私は考えている。君も裏切り者がいる中で我々と行動を共にしたいなど考えてはいないだろう?」
「それは、そうですが」
「そこでだ、ここは一つ協力しようではないか。裏切り者は君たちに興味を示している。君たちが関わる事柄であれば首を突っ込んでくるはずだ。そこを我々軍が見張り、確固たる証拠をつかむ。君たちの安全は確保され、我々も組織としての安定を得られる」
彼が言ったアルダードの情勢というのを鑑みれば、アルダードがなぜ俺たちの亡命を認めたのか合点がいく。しかし、それだけが目的など到底あり得ない。きっと何かしらの思惑があることだろう。
だが、今の俺にはそれを判断できない。トリトンから無事脱出することしか考えていなかったツケが今ここで響いてきている。
どうするべきか。冷や汗なのか知恵熱による汗なのか分からないが、じんわりと全身が汗ばんでいく。
「決めきれないようだな。まぁ、今すぐ答えを聞こうなどとは思っていない。この件は人質を救出してからでも十分話し合える。ヘレナ嬢とも話をして慎重に決めてくれ」
沈黙が漂う状況を振り払うように彼はそう言った。
「了解しました。とりあえずは人質救出に向けて全力を尽くした後に考えたいと思います」
「あぁ、そうしてくれ。良い返事が聞けることを期待している」




