第二章 無防備1
俺が配属された部隊は要人救出を専門としている部隊と言うより、要人救出もできる部隊だった。それは言い換えれば、様々な分野の高い技術を持つ人が集まるということ。アルダードの優秀な軍人が集まる部隊で、果たして俺は活躍の場を与えられるのだろうか。そして、アルダード軍部の思惑がひしめき合っている中で俺がうまく立ち回れるか、疑問が拭い切れない。
そんな風に考えていると、部隊長のアーゴンから部屋に入ってくるよう手招きされる。
今日は部隊の人員との顔合わせの日。ヘレナを救うため一時的に協力する仲間たちとなる。あまり不自然な行動は取りたくないものだが、ルナからある程度この国の常識は教えてもらった。その成果をこの場面で活かしたい。
ルダティア軍での交友関係が良くなかった身として、同じ轍を踏みたくないのだ。
俺は扉をノックした後に部屋に入るとアーゴンの横に並んだ。目の前には二十人前後の部隊員が規則正しく並んでおり、こちらに視線を向けている。
「今日は新しく配属となった仲間を紹介する。今回の作戦のみの参加となるため短期間の配属だが、協力し合って作戦に挑むように。ハロルド、簡単な自己紹介をしてくれ」
アーゴンはそう言うと俺に話すよう促す。
「ご紹介にあずかりました、ハロルド・アルテラドと申します。急な参加且つ短期間ではありますが、これからよろしくお願いします。それと、私のために集まってくれたお礼と言っては何ですが、粗品を用意しております。後程お配りしますので喜んでいただければ幸いです」
俺はそう言うと軽く会釈をした。
部隊員は俺が言い終わったと分かると拍手で迎え入れてくれた。その様子に違和感は別段ない。
アルダード人はお土産を贈り合う習慣があり、そういう場合は態度が多少柔らかくなるそうだ。ルナからの入れ知恵で、やれるならやった方が良いとのことだった。お金を持っていないため、お土産の代金を立て替えてもらうという情けないことはあったが、上手くいってほしい。
そう考えているとアーゴンが話し出した。
「ありがとうハロルド。作戦が終わるまでよろしく頼む。さて、以上を持って紹介は終わる。各自訓練に戻れ。それとエリックはここに残ってくれ」
アーゴンがそう言うと隊列の中腹辺りから威勢の良い声が飛んできた。
「はっ!」
他の隊員が訓練に戻るため下がっていく中で一人だけが残った。
どうやら薄い金髪をしてやや童顔である男がエリックらしい。身長は俺と同じくらいだがどことなく頼りなさげな雰囲気だ。
そう思っているとアーゴンがエリックを手招きしてこちらに呼んだ。
「隊員は二人一組で行動するよう規則がある。これからはエリックと組んで訓練をこなしてもらいたい。急な通達で君には連絡が遅れてしまったが何とか間に合った。エリック、簡単な自己紹介を頼む」
「エリック・ローゼスです。こうして一緒に組むことになったのも何かの縁です。分からないことがあれば遠慮なく尋ねてください! 相方として精一杯力を尽くしましょう!」
彼はそう言うとドンっと自らの胸を叩いた。
ハキハキとした口調で自己紹介をするエリックを見て、俺は抱えていた不安が少しだけ和らいだ気がした。なんとなくだが、俺が元々いた第一特工の人たちと似ている気がしたのだ。
「尋ねることばかりになると思いますが、よろしくお願いします」
俺がそう言うと彼は右手を差し出してきた。俺はそれに応じて握手を交わす。想像以上に固い握手とやや大げさな振り方に驚きつつも、俺は新しい環境が良いものではないかと考え始めたのだった。
***
訓練が開始されて数日が経った。テロ組織との交渉は難航しており、グリッドマン大佐曰く、俺たち救出部隊が駆り出されるのも時間の問題とのことだった。
軍部の情報を鵜呑みにするのであれば今回の相手は小物らしい。それゆえに強硬手段を取っても採算が取れるということ。俺としては軍を頼らざるを得ないため強硬手段そのものはあまりしたくないのだが、他に方法がないのであれば仕方がない。もし戦闘になったとしても何としてもヘレナだけは守り抜く覚悟だ。
そういう覚悟を決めたのは良いのだが、何もかもとんとん拍子にいくとは限らないものである。
俺が正式に救出部隊に入隊してからというもの、人間関係をうまく作れないでいる。どういう訳か、誰もが俺を遠慮しているというか避けている印象が見受けられる。
俺の素性が伝えられているわけではないというのは部隊長のアーゴンから確認済みである。詳しく話を聞けば、この国の風土や文化にまだ上手く適応できておらず、他の隊員もそれを無意識に感じているのだろうとのことだった。
ルダティアでも人間関係は決して良くはなかった。自らがそれを望まなかったからというのもあるだろうが、そういうのが必要な時に上手くできないのはやはりもどかしい。挨拶を返す程度では連携を必要とした作戦に影響するかもしれない。
そう思っていると隣から声を掛けられた。
「よう、ハロルド。このあと休憩時間だろう。一緒に昼食でも食べないか?」
「あぁ、エリックさん。私も一緒にと考えてました。そう言えば、隊長と話があると言ってましたけど、その様子ならそれほど長くはなかったようですね」
エリックは気さくな男だ。部隊の中で唯一俺と友好的に接してくれる人間である。訓練で相方となっているため親しくなるのも当然なのだが、そうは言っても新天地で親しくできる人物がいるのはやはり嬉しいものだ。初めのうちはお互いに敬語を使っていたが、彼は俺より年上。結果として俺だけが敬語を使うようにしている。
「隊長の話は大抵長いからな。今回は短くて助かった。それよりも早く部隊に馴染めると良いんだがな。他の隊員にも、話せば良い奴だと話してはあるのだが」
「そればかりは仕方がありませんよ。簡単に解決できるような問題ではありませんし」
彼の社交性は部隊の人間誰もが認めているようで、俺以外にも話す相手は結構いる。その時に俺のことも話してくれているようなのだが、彼を以ってしても効果は薄い様子。もしかしたら、俺の雰囲気に問題があるのだろうか。
「時間を掛ければきっと良くなるだろう。それよりも早く飯を食おう。早くしないと良い席はみんな取られるからな」
「そうですね、行きましょう」
幸い席はそれほど埋まっておらず、まともな席を確保した俺たちは昼食を取りながら雑談をしていた。そんな時にエリックがこう切り出した。
「時にハロルド、君は出し惜しみを極力避ける人間か?」
「……そうですね、軍人になってからはいつ命の危険と隣り合うか分からないので、できる限り出し惜しみはしないよう努力してます」
「なるほど、殊勝な心掛けだ。だが、常に気を張り続けていると余裕がないようにも見える。俺が思うにハロルドが他の隊員と上手くいかないのは、それが原因の一端でないかと睨んでいる」
「どういうことですか?」
エリックは本当に周りをよく見ている。彼の洞察力は俺の知らない何かを見つけたようだ。
「訓練で出し惜しみするなどとんでもないことだが、俺が思うにハロルドはそれに囚われてやり過ぎてしまうところがあるのだろう。先日あった模擬戦で相手をコテンパンに打ちのめしただろう」
「あ、確かにそれはそうですが……」
「この部隊に配属されたということなのだから、それ相応の実力があることは誰でも分かる。部隊に相応しくハロルドの戦闘技術は一級品だ。だが、無自覚とはいえ手加減もないとなると近寄りがたくなるんじゃないかな」
俺はエリックに言われた言葉を噛み締め、唸った。
「確かにそうですね……自分の技術を高めることしか考えていませんでした」
「やっぱりそうか。それだと人間関係を良くするのは難しくなるだろう。全力でやるのは良いとして、組み合った後に手を差し伸べるくらいはしてやっても良いと思うぞ。少なくとも険悪にはならない」
「分かりました。今後は気を付けようと思います」
「あぁ、そうすればきっと良くなるだろう。それはさておき、ハロルドには恋人がいるようだな。それもかなりの美人ときた。あんな上玉を一体どこで見繕ってきたのやら。意外とやるじゃないか」
「えっ? あの、何を言ってるのかよく分からないのですが……」
「とぼけるとは往生際が悪いぞ。ハロルドがこっちに移るときに荷物を持ってきただろう。その時に忘れ物があると言って一人の女性が訪ねてきたんだよ。俺がハロルドの荷物を部屋に運んだのを覚えてないのか?」
俺の荷物を管理している女性と言ったらルナしかいない。しかも、エリックが俺に忘れ物を預かったと言って荷物を渡したのも事実だ。そうか、あの時に会っていたのか。
それは良いとしても何と説明するべきだろうか。メイドを雇っているなどと本当のことを言えば、俺の素性を明かすきっかけになりかねない。エリックは良い奴だが、まだ会って数日しか経っていない人物に疑われるようなことは避けるべきだ。ここは適当な嘘でごまかそう。
「あぁ! ルナのことですか。彼女は恋人とかそういう関係ではなく単なる幼馴染ですよ。昔から付き合いがあるので忘れ物を届けてくれたんだと思います」
「幼馴染ねぇ。幼馴染だとしても下着類の入った荷物を届けるものかい? それにハロルドのことを旦那様と言っていた。どう考えても幼馴染は無理があるだろうよ」
どうやら逃げ道は最初からなかったようだ。引き攣った笑いしかこみあげて来ない。
「旦那様だからそろそろ結婚でもするのか? 良いよなぁ、あんな美人と結婚できるなんてよ。羨ましい限りだぜ。結婚するんなら早いとこ報告した方が良いぞ。流石にここの連中も嫉妬の表情は浮かべながらも祝ってはくれるだろうさ」
「あ……いや、そうではなくて……」
俺の素性について軍も隠蔽に協力している。経歴などは全て偽装してあり、下手なことで明るみになってしまっては誰にとっても喜ぶ結果にならない。
いっそのこと認めてしまって後で手を打つべきだろうか? しかし、そうなってしまえば要らぬ風呂敷を広げてしまうことになりかねない。ならば、何とかして合理性のある嘘を考え付くべきなのだろうか?
俺は言葉に詰まってしまった。
「大丈夫だ。ここの連中はそんなことで粘着はしてこない。俺もしっかり説明するから安心して良いぞ」
まずい。こんなことを広められたら収拾がつかなくなる。
……仕方がない。事情は伏せたままで大まかな内容は話そう。エリックさえ口止めしてしまえば何とかなるはずだ。
俺は声を潜めてエリックにこう答える。
「エリックさん、実はちょっと訳ありでルナはうちのメイドなんです。詳しいことは話せないんですけど……」
「メイド……? あぁなるほど、道理で荷物を持って来させたり旦那様と呼ばれたりするのか。しかし、俺たちの階級でメイドを雇うなんて珍しいな。それともハロルドの実家は意外と金持ちなのか?」
「すみません、それ以上は話せません」
「あぁ、悪い。つい気になってしまってな。話せないなら仕方がない」
「それと他の人には黙っていてくれませんか。正直に言えば大っぴらにしたくない内容なんです」
「事情があるのなら俺としても他の奴に話すつもりはないが、ハロルドの不思議さにより一層磨きがかかったな。まぁ、ハロルドにもそう言う一面があるってことを知れて良かったぜ。とりあえず、今後からそれ関係を尋ねるのは控えよう」
「ありがとうございます。そうしてもらえると助かります」
エリックはあっさりと引き下がってくれた。他の人にも話さないと言ってくれたし、それほど気にしなくて大丈夫だろう。背中の冷や汗がゆっくりと伝っていく感覚を得ながら、俺は他の話題に切り替えるのだった。




