第二章 単独行動3
ようやく空が明るくなり始めた頃合いに屋敷に到着した。案内された屋敷は本当に屋敷だった。俺とヘレナとメイドの三人で生活をするにしてはあまりに広い敷地面積と絶対に使いきれないであろう多くの部屋が外からでも確認できる。まさか家に入るために門をくぐることになるとは流石に予想できなかった。アルダードが一体何のためにここまでしているのか正直全く分からない。どのような思惑があるのか分からないというのは非常に不気味だ。何をするつもりなのかしっかりと見極める必要があるのは間違いないだろう。
俺はそう思いながら玄関の扉を開けた。扉の先には女性がいた。
「初めまして。今日から私がメイドとしてあなた方の家事を担うルナと申します。ある程度の情報はこちらも確認しております。これからよろしくお願いします」
彼女はそう言うと軽くお辞儀をした。
俺が彼女に最初に抱いた印象はとても美人であるという一点に尽きた。
透き通った白い肌、流れるかのような長く黒い髪、すらりと伸びた背筋と女性らしさが前面に押し出されている体つき、凛々しい声色に目元は毅然とした雰囲気をしていて真面目さが窺える。メイド服は露出がほとんどなく実用性に重きを置いたものだが彼女はそれすらも魅力の一つにしていた。
ヘレナが可愛らしさを押し出した美人であるならば、彼女は綺麗で清楚な美人と言えよう。
俺の人生でこれほど美しい人と出会ったことはないと断言できるほど彼女は美しかった。お辞儀を返すということを一瞬忘れてしまうほど俺は見とれていた。
「あっ、えぇ、こちらこそよろしくお願いします」
俺は慌てて返事をすると彼女と同じ角度でお辞儀を返した。
「朝食ができています。ここで話すのもなんですから詳しい話は落ち着いた時にでもしましょう。では、こちらです」
彼女はそう言うと俺を食堂へと案内してくれた。
食堂は案の定かなりの広さを誇っている。そんな広い空間に湯気を立てた出来立ての料理が机の上にポツンと一つだけあった。
俺は言われるがまま席に着くと向かいの席に彼女は座った。そして、どうぞお召し上がりくださいとにこやかに言った。
初めての経験だ。女性と話せないわけではないが一目見て心打たれる女性と今まで接する機会がなかったためどのような対応をすれば良いのか分からない。まさか、動揺しながら朝食を取るなど考えもしなかった。色街の一つや二つ同僚と渡り歩いていればこうはならなかったのかもしれないが、自分にここまで女性に対する免疫がないものなのかと痛感する。
これが俗にいう一目惚れという奴なのだろうか。確かに気持ちが落ち着かなくなるという点は聞き及んだ通りだ。
そんなときにふとグリッドマン大佐と話していた時に考えていた内容が頭をよぎる。俺たちが監視下に置かれるということは彼女もまた軍の意向を受けた者であることは間違いない。
ヘレナは俺がいないと口を開けないという設定があるため情報収集に向かない。ならば、俺に対して情報を求めるのは必然と言えよう。男を篭絡させて情報を集めるなど遥か昔から使い古された方法だが、今もなお使われているということは裏を返せば高い効果が見込めるということ。アルダードが俺の好みを知っているわけなどないがここまでドンピシャだと余計疑いを強くする要因になる。
危機感を持たねばあっという間に飲み込まれてしまうと考えるとやはり恐ろしいものだ。注意しなくてはならないだろう。しかし、ある意味ドンピシャすぎるがゆえに俺の警戒心は強くなった。ならば十分に警戒したうえで良好な関係を装うだけでも十分効果はあるはずだ。核心に迫る情報など絶対に渡すものかという明確な意思が俺の中に生まれた。
そんなことを考えながら朝食に手を付ける。
「お口に合うでしょうか」
「え、えぇ、美味しいです。こういう状況になって碌なものを食べる機会はなかったものですから身に染みます。料理は得意な方ではないのでこのような料理が毎日頂けるのはありがたいです」
「そうですか、それは良かったです。それと、私と話す際は敬語を使わなくて結構ですよ。あくまで私はメイドの身ですから敬語を付けて話しますとあなたの品性を疑われてしまいます」
「そうなのですか? メイドを雇う機会などない生活をしていましたから初耳ですね」
「アルダードではそうなのです。ですから、今後私と話すときは敬語にする必要はありません。少しずつですがアルダードの習慣に慣れていきましょう」
「えぇ、分かりまし……分かった。これで良いのかな?」
「えぇ、その調子で結構です。では、私は向こうで控えていますのでお呼びの際はそこにある呼び鈴を鳴らしてください。失礼します」
彼女はそう言うと食堂から姿を消した。
話してみて分かったが彼女は非常に上品な女性のようだ。育ちも家柄も良さそうという素直な感想がぱっと思いつく。
野郎ばかりの軍隊生活が長かった俺にとってあのような女性と二人屋根の下で生活するというのは刺激が強い。ヘレナの場合は亡き妹と重なる部分があったためそう言う風には見られなかったが、そんな条件が何一つない彼女はまさしく熟れた果実そのものだ。このような状況でさえなければ確実に口説き文句の一つくらい言っていたと思う。
おのれアルダード。その采配は今の俺に良く効くぞ。
恨み節を募らせながら俺は朝食を食べた。
一日も経たぬ間にいろいろなことが立て続けに起きすぎている。朝食を食べ終えた俺は屋敷内の散策をする前にルナから寝室の場所を聞き出すと着替えをするより先にベッドに身を投げた。疲れているのもそうだが無理やり平静を保とうとするのは良くない。そう思うと何とも言えない喪失感が溢れ出してきた。
ヘレナと行動を共にして数日しか経っていない。しかし、その数日は俺にとって過去を呼び起こすものに他ならなかった。良い意味も悪い意味もひっくるめてヘレナが俺に与えた影響は計り知れない。この喪失感を埋めるためにも何としてでもヘレナを連れ戻す。その手立てをつらつらと考えているうちに俺は眠りに就いていた。




