第一章 大使館4
これにて第一章終了です。
同時に書き溜めの分も尽きてしまったので毎日更新は一旦終わります。
一か月後辺りから再開いたします。
翌日。時刻は午前五時の早朝。
亡命用の車は二台用意されており片方に俺が、もう片方にヘレナが乗ることになった。流石に指名手配されている二人が並びで同じ車に乗り込めば危険が伴う。それを回避するための分断とのことだった。話によると一向に姿を現さない俺たちにトリトン軍は相当苛立っている様子で包囲網を首都近辺の交通網にまで広げているらしい。心配事を減らすための対処だと考え、俺は国境を超えるまでの辛抱だと思うことにした。
しかし、結局はそれすらも杞憂に終わることになる。アルダードの官僚を乗せた車をトリトン軍が怪しむようなことはなく本当にあっさりと切り抜けてしまった。
その様子を見て俺はやはり大使館に逃げ込んだのは正解だったと思った。アルダードとトリトンの関係を考慮して行動できたのは大きかったようだ。確かな達成感を胸に俺は前を行く車両から見えるヘレナに時折目をやり、会話のない車内でひたすらに今後のことについての思考を張り巡らせるのだった。
トリトンの首都はトリトンの領土内でも北に位置し国境との直接的な距離も多少ながら短い。それゆえに半日もあれば国境を超えることができる。国境は大きな河川なのだがトリトン側の国境警備が亡命の障害になるようなことはなく難なく国境を超えることができた。
流石にここまでくればアルダード側とトリトン側の結託という線は完全に消えることになる。そんな一抹の不安も消え去った頃合いはもう夕方だった。
しかし、国境を越えたと言っても目的地までは相当な距離がある。そのため、一旦予約していた宿で一泊し、翌日になって目的地に向かうということになっていた。
そんな折だった。前を行く車が突然速度を緩め最終的に止まった。ようやくまともな道路に差し掛かろうという頃合いだったので何事かと思うのは当然だった。よくよく観察してみると道路には作業員らしき人影がいて交通整備をしている様子だ。ここからは確認できないがこの先で何かあったらしい。そして、何が起きたのかを知るために助手席に座っていた人物が車を降り、前の車の人間と話し始めた。
何があったのか気にはなるが流石に何かできるわけでもなくしばらく待っていると先ほどの人物が戻ってきて運転手にこう告げた。
「この先で重篤な交通事故が起きたらしい。道路が塞がって進めないからわき道を使って迂回するそうだ。先を行く運転手が道を知ってるからそれについていってくれ」
「分かりました」
国境沿いの田舎道での交通事故。車を持っているのが地主のような金持ちに限られる田舎において舗装されている道路というのは決して多くない。主要道路が塞がれれば立往生もあり得たため迂回できるというのはありがたいことだ。
その後、俺たちの車は畑の間にあるあぜ道を走行することになった。周りは見渡す限り広い畑が続き、夕日に照らされた作物が若干の寂寥感を醸し出している。小さい頃にこういう風景で遊んだ記憶が思い出されるがまさかこれほど遠くの土地に来てこういった場所を目にするとは考えもしなかった。視界には十字路のあぜ道がすぐそこまで迫っていた。
そんなことどうでもいいようなことを考えている時だった。聞き覚えのある音がこだました。
銃声だ。それも結構大きな口径だと思われる。
そう思った瞬間、前を行く車が突然ハンドルを左に切ったのだ。そして、畑に突っ込んだかと思うとその勢いのまま横転した。俺が乗っている車の運転手はそれを見て咄嗟に急ブレーキを踏む。
急激な慣性が掛かり俺はつんのめった。シートベルトがあるから外には飛び出さなかったがそれでも良い気分などしない。それよりも、一体何が起きたのかという思考が俺の頭の中を埋め尽くす。
うめき声をあげている同乗者をしり目に俺は窓の外の景色を見渡した。すると、武器を持った十数人の集団が続々と姿を現し始めた。どうやら畑の作物に身を潜めて待ち伏せしていたらしい。そして、横転した車と俺たちの車を取り囲むと一斉に銃口を向けた。
意味が分からない。何故俺たちの車は標的にされているのだ。まさか俺たちの考えが漏れていたというのか。
あまりにも狡猾。周りの同乗者もそれに気が付くと困惑の色を隠しきれていない。ヘレナと隣り合っていれば解決できたかもしれないがヘレナは横転した車の中にいる。あまりに惨い運命の歯車に俺は唇を噛み締める。
俺達は何もできないまま両手を頭の上にあげた。
顔を隠した一人が車の中を覗き込んだ。それからほんの少し中を確認したと思ったら首を横に振った。そして、横転した車の方に合図を送った。
すると、横転した車の扉がこじ開けられ中からぐったりとしたヘレナと官僚の一人が外へと出された。どうやら気絶しているようで抵抗がない。
それを指揮官と思しき人物が確認すると銃声が響く。その後、今度は銃口を上に向け銃弾を放った。何かの合図だったらしく、どこかに隠れていたのか三台のトラックが現れヘレナと官僚を荷台に乗せるとエンジンを思いっきりふかして発進していった。それに追従するように残りの人間も荷台に乗り込み、全員が乗り込むと同じ方向に発進していった。
まさに嵐が一瞬で過ぎ去ったような有様を俺はただ茫然と見ることしかできなかった。




