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第一章 首都ベルカ5

 翌朝、俺はいつも通り出かける支度をした。今日は例の清掃会社ではなく昨晩ヘレナと話していた新聞社に赴くつもりだ。毎朝できる限りの新聞を買い漁りそれを読んでいればどの新聞社がどのような思想を持って記事を書いているかは把握できる。トリトンの現体制に不満を呈している新聞はすぐに見つかった。その中でも特に論調が激しい新聞社に目星をつけ実際に行ってみるのが今日の目的だ。発行部数や世間への影響力なども知っておけば情報を明らかにしたときトリトン軍をより正確に釣り上げられるだろう。


 ヘレナには今日も待機を命じることになるがヘレナ自身は多少なりとも慣れてきたようで特に何か言われるということはなかった。


 日中、俺は目星をつけた新聞社を探しにあちこち飛び回った。無論、目立つ行動などはできないがそれでもある程度の情報が集まり、利用する新聞社を決めることができた。交渉の際に直接対応されても変なことを言わない限り奪った身分証で信用を得られるため問題はないだろう。


 そうこうしている間にアルベルトとの約束の時間が近づいてきた。俺は駅を乗り継いで昨日彼と別れた公園に到着する。昨日話した街灯下に着いたと思ったら彼がやってきた。タイミングを見計らってきたのかそれとも偶然か。少し気になるが考え過ぎも良くない。


「こんばんは。実を言うとあなたが来てくれないかと思って少しびくびくしていました。ですが、どうやら杞憂だったようです」


「冗談はよしてください。慣れ合うつもりなんてあなたにはないのでしょう?」


 感謝こそすれど警戒は怠らないという雰囲気がビシビシ伝わってくる。だが、それはそれで対処しやすい。相手に対して先入観を持ち一定の行動をしてくる方が捌きやすいものだ。こういう相手には事務的に対応していればなんてことはない。


「さぁ、どうでしょうかね。それはさておき、例のものは持ってきていますか」


「えぇ、言われた通りのものを持ってきました。これが予備の制服で、こっちがシフト表です」


 彼はそう言うと折り畳まれた制服が入った紙袋とシフト表が入った封筒を渡してきた。俺はその中身を確かめると着実に歩みを進めている実感に包まれる。後は彼と大使館にはいる手はずを整えるだけだ。


「確かに受け取りました。ご苦労様です。では、これからの作戦をあなたにお話ししましょう。簡単に言えばあなたのシフトの時に私を同伴させてほしいのです。大使館の警備員は確かに厄介ですが見知った役職の人間には対処が甘くなります。あなたの同伴さえあればそれを掻い潜ることができる」


「本当にそうなのですか? 警備が手薄だという話は聞いたことが無いのですが。上手くいかなかったら私の信用が失墜するばかりでは済まないのですよ?」


 流石に懐疑的なようだ。しかし、調査した段階でそれは確認できている。警備と言っても軍ではなく民間事業である以上徹底できていない点がある。特に首都で治安が安定しており日々何気なく過ごしていればどうしても抜けてしまう点ができてしまうのだ。軍で培った観察力がこんなところで活きるとは思いもしなかったが俺からすれば十分な綻びである。


「問題ありません。あなたの同伴さえあれば必ず突破できます。それに、後金の支払いは私が潜入した後になるので協力できなければ治療費を肩代わりできませんよ。万が一バレたとしてもあなたは知らぬ存ぜぬで問題ありません。あなたには決定的な証拠が何一つないのですから捕まったとしても証拠不十分で釈放されます。その場合でも支払いは行われますので安心してください」


「用意周到なのはありがたいですが……分かりました。そこまで言うのなら」


「では、詳細を説明しますのでしっかりと聞いてください。一回しか説明しません。それとメモを取ることも厳禁です。全て頭の中に叩きこんでください」


「分かりました」


 そうして俺は彼に必要な説明をし、彼のシフトに合わせて作戦決行の日時を決めた。彼は俺の説明に多少の質問をぶつけたが全て丁寧に返したことで納得してくれたようだった。


 そして、四日後の早朝に大使館前の工具店で落ち合うことを約束しその日は解散した。


***


 翌日、昨日決めておいた新聞社に赴いた。軍のやり方にしびれを切らした軍人という装いで接触し奪った本物の身分証を使って信じ込ませ、すっぱ抜いた記事として大々的に宣伝してもらうことが目的だ。


 俺は変装を入念に済ませると意を決し新聞社の建物へと足を踏み入れた。そして、受付にしっかりとした足取りで向かうとこう言った。


「アーメルドーズで起きた脱獄事件についての情報提供がしたいので担当者を呼んでくれませんか」


「面会予約はありますか」


「いえ、ありません」


「申し訳ありませんが面会予約がない場合はすぐに担当者と会うことができません。予約を入れるので都合の良い日時を指定してください」


 当たり前の対応をされるが俺はそんなことお構いなしとばかりに奪った軍の身分証を見せつけこう言う。


「時間がないんです。担当者と会わせてください」


 受付は俺が提示した身分証を見ると困惑の表情を浮かべた。突然軍人がやってきて担当の人間と会わせろというのだ。どう対処すれば良いのかすぐには判断できまい。しかし、そうなることは想定内である。俺は困惑する受付にこう言い放つ。


「とにかく、すぐに対応できるか聞いてきてくれませんか。それでも無理だと言うのなら面会予約をしましょう」


 すると、俺の一押しを受けてか受付は分かりましたと言って後ろに引っ込んでいった。


 俺の装いはあくまで軍の意向に真っ向から歯向かう者という図式だ。こちらが多少の焦りを出していると分かれば多少の信憑性が付く。こちらの言い分を完全に信じ切ってもらうには小細工でも何でもやるべきだろう。


 しばらく待っていると受付から呼び出された。担当が今こちらに向かっているとのことだった。しっかりとおびき出せたようで何よりだ。仮にダメだったとしても予約を入れてアルベルトに直接に日時の変更を伝えるだけなので大した手間にはならない。


 担当は小太りの男だった。見た目だけで判断するのもあれだが急遽持ち込まれたタレコミ情報にいち早く飛びついたと言わんばかりのぎらついた目をしている。こういう出世欲がある人間を捕まえられたのは大きい。


 俺は個室に案内されると彼がどぎつい笑みを浮かべながら挨拶をしてきた。


「マルク・ストレリアさんですね。私が担当のクリス・モルトンと申します。いやはや、最初に話を聞いたときは耳を疑いましたよ。まさか、現役の軍人さんが直接我が社に来るだなんて考えもしませんでしたから。それも、何やら事情がおありの様子。我が社を選んだということは並々ならぬ決意あってのことかと思います」


「そうですね、詳しい事情は話せませんがそういうものだと思ってくださるとありがたいです。ここまで来るのにもかなり覚悟を要しましたから」


「なるほど、現在の軍部もかなりきな臭いのですね。ですが、それでも情報を提供しようと言うあなたの意志には敬意を表しましょう。早速ですが、アーメルドーズで起きた脱獄事件についての情報提供とのことでしたね。詳しくお話を聞かせてもらえますでしょうか」


 釣り針が大きいと引っかかる魚も大きくなるようだ。これはこれで話し甲斐があるというもの。しっかりと俺の掌の上で踊ってくれ。


「分かりました。結論から先に申しますとあの事件は軍の失態を隠すための表向きの公表です。脱走した二人がいることは事実ですがその素性は何もかもが違う重要人物で明るみになってしまえば軍の権威そのものを失墜させる非常に高度な案件となっています」


「軍の権威を失墜させる……。確かあの発表をしたのは軍ではなく警察ですがそれにも関係があると言うことでしょうか」


「その通りです。軍は本来であればこの内容を公にしたくないのですが、その脱走した二人は何としても捕まえなければならないためこのような手段を取っているのです」


「なるほど。それで、その脱走した二人というのはどのような人間なのでしょうか」


「脱走した二人というのはルダティアの捕虜です。それも以前からルダティアが心血を注いでいるという新兵器の情報を持った二人ということになります。私も未だに信じられませんがこの新兵器は今後の戦況に一石を投じられるほどのものであるとのことは間違いないでしょう。軍はそれをルダティアに知られたくないという考えからこのような方法を取っているのです」


「ほうほう、確かに軍にとってはかなり慎重にならざるを得ない案件ですね。あの事件は大々的に取り上げられはしたものの不可解な点も多く、我々記者の間でも不思議に思っている者は少なくありません。あなたはそれについて詳しい情報を持っていると捉えて良いのですね?」


「えぇ、それをお話するために今日ここへ来ました。さて、話した内容の大筋はこんなところですが何か質問はありますか」


「そうですね……。では一つ質問を。我が社が軍に対して批判的であるからこそ、あなたが我が社を選んだというのは理解できます。しかし、この話が表に出ればあなたを軍が放っておきはしないでしょう。どのような制裁があなたに降りかかるのか想像に難くありません。しかし、あなたはここへ来た。何があなたをそこまで動かすのか伺ってもよろしいですか」


 やはり記者としてはそこがどうしても気になるのだろう。軍に所属しているのは一種の名誉的な側面もある。俺が提示した身分証の役職は良いものであった。このような人物がなぜこのような行動に走るのか気になるのは仕方のないことだ。


「そうですね、あまり詳しく話したくはありませんがかいつまんで話すならば、私にはもう失うものが何もない。最後にせめて一矢報いたい。ただそれだけです」


 軍によって全てを失い復讐に燃える男。どこぞの演劇のようで分かりやすく説得力もある……かどうかは微妙だが理由としては決して悪くないと思う。軍との対立構図としては簡単かつこの新聞社にとって小気味良い。


 その話を聞いた彼の表情は同情するかのような神妙なものだったがその一方で体は小刻みに揺れていた。


「なるほど、あなたの覚悟は伝わりました。それが本当なら確かに特ダネになることは間違いないでしょう。しかし、証拠を提示してもらわないとこちらとしても記事に出来かねます。飛ばし記事は好まれるものではありませんからね」


「残念ながら物的証拠を持ち出すことはできませんでした。しかし、私が知っている情報はどこにも発表されていないばかりか、今までの疑問を払拭するだけの状況証拠となり得るはずです。アーメルドーズ刑務所で二人が脱走したという発表について多くの疑問が様々な場所で取り上げられていることはご存じかと思います。特に囚人番号とそのリストの公開がもたついている、刑務所内の取材をさせてもらえないなどで歯痒い思いをしているのではないでしょうか」


「えぇ、我が社の新聞でもその内容の記事を取り扱いました。あなたによれば捕虜とのことですから刑務所というのは確かにおかしいことになりますね」


「その通りです。刑務所側は言わばとばっちりを受けたにすぎません。軍が濡れ衣を刑務所側に吹っ掛けたことによりそれに伴う必要な証拠を作る時間が足りなかったのです。軍が本当に隠したい場所、それはアーメルドーズ大学校に他なりません」


「確かに地理的には近いですね。そこで何を行っていたというのですか」


「実験です。先ほど申した通り二人はルダティアの新兵器の情報を持っています。その確認を行うために設備があるアーメルドーズ大学校に二人を連れて行った。そして、そこで何かが起きて二人に脱走されたのです。現状大学側は何もなかったかのような振る舞いをしていますが軍に口封じをされているに過ぎません。取材をすれば裏取りをすることができます。当日に軍の車両が構内に入ってきたという証言程度はすぐに取れるでしょう」


 俺がそう助言をすると彼は顎に手を持っていくと顎先を撫でた。情報を精査しているのだろうか。記者として真偽を確かめるという自覚はあるようだ。


「なるほど、現地の者に確認させるとして他に証拠となるものはありますか」


「アーメルドーズ大学校の件に付随してですが事件発生後に周辺で検閲が張られたと思います。それを調べればその範囲が大学校を中心として貼られているということに気づくはずです」


「それも確認させましょう。しかし、軍もかなりの大物を逃がしてしまったという訳なのですね。このご時世にこのようなことが明るみになってしまえば求心力は確かに落ちるでしょう」


「そうでしょうね。私にとってはそうなってもらわなければ困るわけですが」


 俺はそう言うと彼の顔を力強くにらみつける。ここまで話したのだから分かっているんだろうなというような脅す目線を向けると彼も察したのかこう言った。


「えぇ、記事にできると判断したならお伝えしましょう。それと、記事にするのならばもう少し驚くような内容も欲しいものです。それがあればほぼ確実に記事にすることができると思いますがいかがでしょうか?」


 俺の目の前には彼の先ほど見せたどぎつい笑みが浮かんでいた。


 もらった。これは俺のことを確実に信じている目だ。俺は嘘をつくのが特別うまい方ではないと思っているが今回は別だ。俺は決して嘘は言っていない。伝え方を少し変えただけだからぼろも出ない。正直に言えばアルベルトと話している時の方が何倍も怖かった。


それにしても、まさかゴマをするかのように催促してくるとは思いもしなかったが食いつきが良いことは悪い事ではない。その強欲さは今の俺にとって追い風なのだ。


「えぇ、お話ししましょう。とっておきの内容を」


 そう言って俺は脱走した二人がこの首都に潜伏しているという事実を意気揚々と伝えたのだった。


 その後に話を重ね、翌日裏取りをした後、つまり明後日の朝刊で記事を載せると言うことが決まった。一仕事を終えた俺は久しぶりにゆっくり過ごせることを少しだけ嬉しく思った。


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