第一章 次の街へ4
「なんか今日一日の行動って観光してたみたいですごく楽しかったな。普通の人は休日とかにこんなことをやってるって認識でいいんだよね」
ベッドに腰かけながら彼女は今日一日の感想を漏らす。
「あぁ、多分そうじゃないか。旅行したことが無いから何とも言えないが」
「ハロルドって口ぶりから結構色々と経験してそうな感じがするけど旅行したことないんだね。なんでなの?」
「まぁ、あんまりお金と時間が無かったからかな。興味があまりなかったってのもある」
「確かに徽章持ちなら暇じゃないだろうけどお金は持ってたんじゃないの?」
「給料は決して高くなかったな。徽章持ちとはいえ全員が高給取りになるわけじゃない。最年少というのも多分影響があると思うが」
「ふーん。そういえばハロルドっていくつか聞いてなかったね。見たところ二十代後半に差し掛かったって感じかな?」
「多少老けて見えるのか? これでもまだ21歳なんだけどな」
「え? 嘘でしょ?」
「本当だ。と言ってもそれを証明する方法はどこにもないんだけどな。尋問を受けた時も難色を示された」
「いやいや、21歳で徽章持ちっておかしいでしょ! その年齢じゃ参加資格を満たせないんじゃないの?」
「あぁ、それは武術、射撃の軍大会で優勝したのとお偉いさんからの強引な推薦で無理やり参加できた、いや、半ば参加させられたからだな。訓練中の相方にも同じようなこと言われたよ。年齢を明かすと今のヘレナみたいなことになるからあまり喋らないでくれると助かる」
「いいけど、それにしたって特例中の特例だろうに……。運が良かったってのもあると思うけどよくそこまで自分を鍛え上げられたね。普通にすごいと思うよ」
「ヘレナもこんな荒唐無稽な話を信じてくれるんだな。大抵は言っても信じてもらえないんだが」
「ハロルドがここで嘘ついても仕方ないでしょ。それに見合う行動はハロルド自身が証明してるし、どうやったら信じない方向に考えがいくのか分からないよ」
こんな評価を貰ったのはいつ振りぐらいだろうか。徽章を取る訓練時の相方やクレイトン殿は例外として、かつての同期の仲間たちや上司たちは俺が出世していく様に嫉妬を重ねたというのに。俺の周りは決して良い環境でなかったから彼女の感想が素直に心の深くまで飛び込んでくる。
「なんというか、照れくさいな。そんな風に言われたことが無かったからどう答えれば良いか分からない」
「素直にありがとうでいいんじゃないの?」
「じゃあ、ありがとう」
「ふふっ、なんかハロルドらしくないね」
「良いだろ別に。それより、ヘレナも年はいくつなんだ? 俺は答えたのにヘレナは答えないなんて不公平だろ?」
彼女はそう言われると腕を組み、首をかしげながら思案した。そして、こう言い放った。
「うーん、私は……多分16歳」
「多分ってなんだよ」
「誕生日、分からないの。それに、研究施設にいた期間が長くてどれくらいの年月が経ったのかも把握してないし。だから、多分16歳だと思う」
地雷を踏みぬいてしまったのだろうかと危惧をする。彼女はどれだけ歪んだ人生を歩んできたというのだろうか。踏み込むのすら躊躇われてしまう。
「そうか、小柄だからもっと若いと思っていたんだが……それにしては頭が回るし案外妥当な年齢かもしれないな」
「なんか褒められてる気がしないな。背が低くて役に立ったこと経験した記憶ないし」
「体を作りたいなら飯を食うしかないな。そして運動だ。軍隊式の訓練をすれば半年で理想の体型になれるぞ」
「ガッツリ筋肉を付けたいわけじゃないの。大人な女性の雰囲気を味わえるような体格になれればそれでいいから。そんなムキムキを目指したくはないよ」
「それでも飯を食うことと適度な運動は大事だ。よく食べよく眠りよく訓練すればヘレナの望む体格も手に入ると思うぞ」
「そういうときだけ軍人スイッチ入れるの禁止! というかこの話終わり!」
彼女は顔の前で両手をぶんぶんと振り、話を終わらせようとしている。面倒くさくなると確信したのだろう。まぁ、軍人にそんな質問をした時点でそうなるということは分かっているからこの判断はある意味では正しいか。
そんな話をしながら俺たちは寝台列車の揺れの中で次第にまどろみに落ちていくのだった。
***
首都ベルカに到着したのは早朝の六時だった。俺はベルカに着く三十分前に起きたのだが昨日も動く機会が多かったのでまだ眠たさはあるものの特に不調ではない。彼女はやはり俺より少し早く起きているようで目を覚ますとおはようと声を掛けてくれた。
「本当に首都まで来ちゃったんだ。ここまでハロルドの予定通りに進んでるけど、もしかしてここまで織り込み済みだったの?」
「まさか。一種の賭けと言っただろう。運が良かったんだよ。予定では来るのはもう少し後になると思っていたんだがな。いずれにせよ、早く来られるに越したことはない。話は変わるが、今日の予定はしっかり頭に入っているんだろうな?」
「うん。アルダード大使館の場所を特定してその近くで宿をとるんだよね」
「あぁ。俺も首都に大使館があると知ってはいても首都のどこにあるかまでは知らないからな。首都という広大な土地から場所がどこにあるか尋ねて回って移動、確認をしなければ次の段階に移行できない。今日も移動が主な行動となるが体調はどうだ?」
「私は特に大事ないよ。ハロルドこそ足の怪我は大丈夫?」
「あぁ、昨日より多少マシになった。化膿はしてないようだから無理をしなければ大丈夫だろう。さて、もう降りる時間だ。そろそろ降りよう」
駅の構内は照明があるため明るいが外はようやく明るくなり始めたばかりで薄暗さが色濃く残っている。それでも、仕事に向かう人たちは少なからず存在していた。駅の構内にある売店は既に開店していてちらほらと客が入っているのが見える。情報集めも兼ねて数誌の新聞を購入した後に駅の詰め所へと向かう。首都であるとは言っても知らない土地である以上何も知らずに歩き回るなどしたくはない。そういった意味では周辺の地理に詳しい駅員の情報はありがたいものだ。
「すみません。お尋ねしたいことがあるのですがよろしいでしょうか」
「はいはい、何か御用ですか?」
俺と同年代と思しき若い男性が反応した。若い職員だと赴任してきたばかりという可能性があり周辺の地理に詳しくないということもあり得る。顔を知られたくない立場ゆえに好ましい展開ではないが詳しいことを祈るしかないだろう。
「古い友人に会いにベルカへ来たのですが道に詳しくなくて、行き方を教えてもらえないでしょうか」
「構いませんが、どちらに向かうご予定ですか」
「手紙によるとアルダード大使館の先にある住宅街に住んでいるとのことなのですが旅に不慣れな上に方向音痴なので難儀しているのです」
「なるほど、わかりました。私の友人が大使館に勤めているのでその周辺の地理には詳しいですよ。準備に少々お時間が掛かりますがよろしいでしょうか」
「えぇ、是非ともお願いします」
俺がそういうと駅員は奥へと姿を消していった。きっと詳しくないだろうと思っていたが案外見かけによらないものだ。もっと苦労するだろうと思っていた探索があっという間に終わってしまいなんだか拍子抜けである。思い返せばトリトンに来てからというもの良い駅員とのめぐり逢いが著しい。トリトンの駅員は優秀な人材が多いのかもしれない。ルダティアでこれほどの待遇を受けたことがあっただろうかと思っている間に先ほどの駅員が地図を持って戻ってきた。
「目印だと言っていたアルダード大使館はここマルドレイル市中央区のカレル通りにあります。住宅街はカレル通りを北に進んだ先にあるのでおそらくはそこでしょう。マルドレイル市にはここからだとバスを乗り継いで行くことになりますが駅を出てすぐの停留所からバスが出ていますのでそこを利用していただければ問題ないはずです。詳しい内容はここにメモしてありますのでご覧ください」
「ありがとうございます。助かりました。これで安心して友人宅へ訪れることができます」
「いえいえ、これも駅員の仕事ですからお気になさらず。良い旅を」
軽く会釈をして詰め所を離れると遠くで待っていた彼女が声を掛けてきた。
「どう? 何か情報は手に入った?」
「何かというか、知りたい情報を全て教えてもらった。アルダード大使館がどこにあるかとか交通の便はどうだとか詳しく教えてくれたから考えていた不安はもはやなくなったな」
「やったじゃん。なんだかとんとん拍子だね」
「まぁ、早く作戦をこなせるに越したことはないんだが、いまいち呆気ないというか深く考えていたのが裏目に出たというか腑に落ちないな。とりあえず、教えてもらった通りに移動するか」
もちろん嬉しい事なのだが微妙に思い通りではないためもやもやとした感情が胸の奥底に残る。しかし、気にしていても仕方がないため気持ちを切り替えてバスの停留所に向かった。
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