第一章 次の街へ3
お昼過ぎにイーデンバルツにたどり着いた俺たちは駅員がくれたメモを確認しながらヘクトラルドへ向かうことになった。イーデンバルツ内には路面電車が運行しておりそれを乗り継いで北部にある駅ヘクトラルドへ向かう手筈となっている。アーメルドーズほど大きな都市ではないがトリトン国内でもかなり道が入り組んでいる都市で有名らしく観光客が迷う都市で常に上位にあるとのこと。幸い時間も資金も余裕があるため迷うことはないと思うが土地勘がないならばあまり訪れたくない都市だ。
路面電車の停留所はすぐに見つかった。しかし、思わぬ出来事もあった。電車内がかなり混雑していてとても乗り込めそうになかったのだ。流石にこの電車だけであって後続は大丈夫だろうと思いしばらく停留所で待っていたがいずれも同様に混雑していて乗る気が失せる。お尋ね者である以上このような場所に乗り合わせるわけにはいかない。
交代でたまたま近くを通りかかった電車の運転手に話を聞けたのだが、どうやら今日は休日でこの先にある中心地で人が集まる催しがあるとか何とか。そのため、人込みを避けたいのであれば中心地を過ぎた電車に乗るようにと勧められた。
「仕方ない。ここで電車に乗るのは諦めて線路に沿って歩き、その先の停留所で電車に乗ろう」
「私は特に構わないけど、ハロルドは足大丈夫なの? 傷が開いたってさっき言ってたし長く歩けないなら電車に乗るべきだと思うけど」
「大した距離じゃないから大丈夫だ。簡単な処置もしているし全力で走らなければ問題ない」
「それならいいけど」
彼女の口調からは心配している雰囲気が伝わってくる。心配を掛けさせまいと思っていたがそれは難しいようだ。逃亡している手前、暗い雰囲気に陥ることは避けたかったと言っても本人に気づかれてしまってはどうしようもない。こういう時は話題を変えてしまうのが一番良い。
「それよりも、もう昼過ぎだ。昼食を取ろうと思っているんだが、何か食べたいものはあるか?」
「確かにお腹は減ってるかな。でも、私外食をした記憶なんて小さいころ以外ほとんどないからどんな店が良いとか分からないよ」
「それなら気になった店に入ろう。俺もあまり詳しくないが大通りで店を構えるくらいだ。外れを引く方が難しいだろう」
「いいけど、外れを引いたらその時はごめんね」
昼食の約束を取り付けつつ、俺たちは中心地へ向かう線路沿いを歩いて行った。
彼女がアルダードで見せた好奇心はどうやら衰えを見せないようで、歩いている間も相変わらず周囲を見渡しては思い思いの感想や表情を覗かせた。俺と一緒にいることが苦痛になっていないか心配だったが見たところそれは感じられない。無邪気が彼女の本質の一端とでも言えるそれはどこか懐かしさすら感じる。軍に入ってから無くしたと思っていた感情が彼女を通して思い出されるのだ。幼年期の頃の記憶は決して良いものではなかったから彼女がこうしている様子はどこか微笑ましい。
しばらく歩いていると彼女は気になる店を発見したらしく、この店はどうかと俺に提案してきた。見たところ店構えは悪くなく普通の飲食店のようだが辺りに漂う香ばしく良い匂いは確かに足を向かわせるものだ。意外と良い店なのではないかと期待を持ちつつ俺たちは暖簾をくぐった。
「好きなものを頼んで良いと言ったが、本当に食べきれるのか?」
俺は彼女が注文した料理、大の男ですら食べきれるか分からないほど肉厚のステーキを見てそう漏らす。
「今まで食べる機会がなかったから一度でいいから食べてみたかったの。それよりもハロルドものすごく量が少ないじゃん。意外と小食なの?」
「ヘレナが食べきれなかったときのために少な目にしたんだ。その量を食べきれるのなら追加で注文するから安心しろ。それよりも自分の心配をしたらどうなんだ」
「食える時に食っとかないといけないんじゃないの?」
「それは戦場で飯を食う時に使う言葉だ。今は戦場でも何でもないだろう」
やはり彼女が持っている知識は妙に偏っている。今でこそお笑いの種で済んでいるがこのままいけば碌な展開にならないかもしれないというのが本音だ。矯正できる時間が作れれば良いのだが、それに関してはアルダードに渡れた後に考えるべきだろう。
「まぁ、それはそれとして、それじゃ、いただきまーす!」
彼女はそういって口を大きく開けてステーキにかぶりついた。
***
結論から言えば彼女は食べきれなかった。いや、それでも健闘はした。序盤の食いつきは男性顔負けだったし半分を超えても余裕があったからもしかしていけるのではないかと思ったほどだ。最終的には失速し今に至るわけだが八割強も食べきれれば上出来だろう。あと少しだから頑張ってみないかと一応問いかけるが、彼女は青ざめた表情と冬なのに額に出ている汗を浮かべながら顔を横に振る。無言であるのがより一層これ以上は無理であることを示している。
「残りは俺が片付けるから少し休んでおけ」
「あとちょっとだったんだけどな……」
しかし、一応は悔しいらしい。まぁ、本当にあと少しだったのでその気持ちも分からなくはない。しかし、予想ではもっと余ると思っていたので今度は俺が少し物足りない。結局追加の注文をすることになった。
しばらく店内で休んだ後、会計を済ませて店を出た。相も変わらず電車はすし詰め状態のため歩いて中心地に向かう。彼女は若干歩き辛そうだがある程度休んだためか苦ではない様子だ。そんな中で彼女が突然俺にこう語りかけてきた。
「ハロルドはさ、不幸体質って信じる人?」
「確か、生まれつき不幸を呼び寄せやすい人間のことだったかな。うーん、それが確実に存在していると思ったことはないが、それがどうかしたのか?」
「こういうのもあれだけど、私ってその不幸体質だと思ってるの」
何を言っているのかさっぱり意味が分からない。こういうのもなんだが、彼女は思春期に付きまとう幻想と現実が入り混じった考えから脱却できていないのだろうか。俺もそういう時期があったから分からなくはないが……何というべきだろうか。
「不幸は誰にだって訪れる。そういった出来事がたまたま偏ったとか記憶に強く残ってしまったからそう感じるだけじゃないのか」
「不幸体質と言っても私が不幸になるわけじゃない。私の周りが不幸になっていくの」
「随分と物騒な体質だな。なら俺にも不幸が訪れているというのか」
「私と出会ってからもう散々経験してきたでしょ?」
彼女の言う通り不幸な経験はしてきた。しかし、それが必ずしも彼女の言う不幸体質のものとは限らない。そう考えるのは早すぎではないだろうか。あまり追及するようであれば戯言として片付けなくてはならない。
「確かにヘレナと出会ってからいろいろあったが、さっきも言った通りたまたま偏っただけだろう。この作戦を実行する以上それ相応の出来事が起きるのは承知してる。あまり、気にしない方が良い。まぁ、どうしてそんな考えに至ったのか興味はあるかな」
「興味があるの?」
「歩きながら話すにはちょうど良さそうだからな」
「昨日列車に乗ってるときに私が研究施設で生活してたって話をしたよね。その時の話なんだけど、当時というか初期のころから研究施設で上層部から研究員に下された命令は私と好意的な関係を築くなというものだったの。ほとんどの人はそれを忠実に実行していたけど、それでも私に好意的に接してきた人は本当にごく少数だけどいたの。だけど、彼らの末路は例外なく誰もが悲惨だった」
「軍人なら上層部の指示を守れない時点で碌なことにならない。それは仕方ないことだ」
「違うの。彼らは上層部から処分が下ったから不幸になったんじゃなくて、事故や天災に見舞われて命を落としたの。私が戦場に運ばれるときも私に優しく接してくれた兵士がいた。けれど、彼も砲撃に巻き込まれて死んだ。これが本当に単なる偏りだと言える?」
彼女は熱弁する。しかし、俺の頭の中は否定的な意見でいっぱいだった。そんなことが起きるはずがない。あまりにも短絡的ではないのかという思考が渦を巻いて離れない。けれど、頭ごなしに否定するのも気が引ける。信じるにしても情報をかき集めなければ本当であると断じることはできないのだ。
「それなら、どれくらいの人数が犠牲になった?」
「……覚えてる範囲で十五人くらい。でも、一応伝えておきたかったの。ハロルドには色々助けてもらったしそんな人にこれ以上不幸な目にあってほしくないの。昨晩の件は一応それも絡んでたんじゃないかって考えてたくらいだから」
なるほど。彼女なりに俺の身を案じてくれていたという訳か。ありがたいし嬉しくもある。昨晩の件から信頼関係を構築できていないのかと思っていたが杞憂だったと分かっただけで儲けものだろう。しかし、十五人という数字は妙に生々しい。最前線にいる軍人でもない限り身の回りの親しい人物が次々と不幸な死を遂げていけばそう考えてもおかしくはないだろう。
「分かった。一応は忠告として受け取っておこう。もしそれについて何か共通点とかがあるならば遠慮なく言ってくれ。内容次第では考えよう」
「本当に? 信じてくれるの?」
「まだ半信半疑だが考慮しておくに越したことはないだろう。何か不満でもあるのか?」
「不満があるわけじゃないけど、この話をしても今まで信じてくれた人がいなかったから少し驚いてると言うか」
「まぁ、普通に聞いていれば荒唐無稽も甚だしいからな。そうなる方が自然だ」
半信半疑とはいったものの実際は九割くらい信じていないのだが、今打ち明けてもどうしようもないのだ。現状は適当に相槌をして話を聞く素振りをするだけで十分だろう。仮に本当にそんなことがあると分かったとしてもトリトンを脱出するまでは彼女と一緒に居なければならないのなら気にしたところで意味がない。
「それは分かってるんだけど、どう考えても不自然だったからそういう考え方に行きついちゃったというか……。とにかく、ハロルドが話を聞いてくれてよかったよ」
「どういたしまして」
そうやって、俺たちは会話を楽しみながら中心地へと向かいそこから電車に乗ってヘクトラルドへと向かった。時折周りを見渡して軍や警察がいないか確かめていたが職務質問や交通規制に引っかかるようなことはなく、必要な物資や変装用の服を整えながらそのままヘクトラルドにたどり着いた。逃亡している手前、何も起きないということはとても良いことだ。警戒を解きはしなかったものの疲労感はそれほどのものではない。彼女も疲れている様子を見せていないことから今日一日の行動は楽だったと言えよう。
午後十時になり寝台列車がヘクトラルド駅に到着した。前もって準備した旅行用の――女性一人が入れそうなほど大きい――トランクを運びながら俺たちは寝台列車へと乗り込んだ。
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