第一章 次の街へ2
朝食を済ませると俺たちは足早にここを発った。駅員でも知っているような危険な場所から人が現れるのを誰かに見られるのを避けるためと、浮浪者たちと出くわす危険性を下げるためだ。彼女と俺の距離は昨日ここへ来た時より離れているが目の届く範囲であれば特に気にしないで良いだろう。
それが功を奏したのか誰とも出くわすことなく駅にたどり着いた俺たちは仕事に向かう人たちの中に紛れながら駅の売店に向かった。
「売店で何か買いたいものでもあるの?」
「あぁ、新聞を買っておきたいんだ。昨日の件がどのように報じられているか気になるからな」
軍がどのように動くか知るための大事な情報源だ。初動で俺たちを捕らえられていない以上軍や警察だけの包囲網は機能していない可能性がある。ならば、ある程度民間に情報を流しているのではないかと思ったからだ。
俺は売店で新聞社別の新聞をそれぞれ一部ずつ、合計で六誌買った。大手の新聞かどうかは分からないが情報が多いに越したことはないし読み比べることで見えてくることだってある。
次の目的地であるイーデンバルツ行きの列車が来るまでまだ時間がある。今のうちに情報を集めるなどしておくべきだろう。そう思いながら俺たちは構内のベンチに座ると彼女と一緒に新聞に手を付けた。
最初に手を付けた新聞の一面の下半分に大きな見出しで「アーメルドーズ刑務所で囚人が脱獄」と書いてあった。俺たち以外で何かやらかした人物がいるのだろうかと少し興味がわくけれど内容が違うためサラッと流し読みする。他のページをめくると一面の記事についての詳細が書いてあったがあまりぱっとしない内容だった。それ以外は特に何かあるわけではない。
別の新聞も一面ではないが最初の新聞と同様の見出しがあり同じように内容を語っている。対処の遅さについて批判しているようで最初の新聞より否定的だがそれ以外は何か変わったものがあると言えない。そして、この新聞も俺たちのことを詳しく取り上げる内容について何も書いていなかった。まだ事件が明るみになって時間が経ってないから記事にできなかったのだろうか。
しかし、三社目の新聞も俺たちのことを取り上げる記事はなかった。あれだけのことをしておいて捜査の手が及ばないとは考えにくい。そして、何か別の思惑が働いているのではないかと目に付くアーメルドーズでの囚人脱獄の見出しに俺は疑問を持ち始める。
浮かび上がった奇妙な点を確かめるため次の新聞に手を出すが、残りの新聞もやはり前例に倣うように俺たちのやった出来事と違うアーメルドーズ刑務所での囚人脱獄が取りざたされていた。
何かがおかしい。そう思っていると彼女がこうこぼした。
「私たちのことを取り上げてる新聞が一社もないね。似てる事件があるとは言っても公表された内容以外は新聞社によって様々な憶測が飛び交って統一感がまるでない。トリトンって案外ザルなのかな?」
「俺もそれが気になっていた。いくら俺たちの存在を詳細にできないとしても報道そのものを全くしなくても問題ないほど軍や警察は余裕があるようには感じられない。それに、その似てる事件に労力を割くという行為も理解できない」
「確かに私たちのことを本気で捕まえたいと思うなら報道しないという行動はあり得ないよね。力の入れ方が間違っていると言うべきか何を目指しているのかイマイチわからない。そういえば、ハロルドは似てる記事は全文読んだの?」
「いや、サラッと流し読みする程度しか見ていない。何か気になる点でもあったのか」
「警察発表だと脱獄した囚人は二人で男女らしいんだよね。私の考えすぎかもしれないけど何か引っかかるような気がしてならないというか、妙な点で似すぎている部分があるというかあえてぼかしているようにも見えるの。この似顔絵も私たちに似てるような似てないようなギリギリの線を攻めているように感じてさ」
「あえてぼかしているか……。確かに俺たちの存在が民間にばらしてしまっては碌なことにならないと理解できるがそれをわざわざ事実を捻じ曲げて一体何になると……いや、待てよ。新聞という媒体は確か誰にでも手に入れられる利点があるけれどそれが逆に作用してしまっているならば、どうだろうか?」
「逆に作用してしまう? どういうこと?」
「現時点でこの記事が俺たちを暗喩しているものかどうかは分からない。しかし、もし俺たちの内容が捻じ曲げられることなくそのまま記事になっていたらその新聞はどうなると思う?」
「つまり敵側の新兵器と思しき捕虜が脱走したと記事にされるわけだよね。詳しい情報が広がれば捕まりやすくなると思うけど」
「あぁ、捕まりやすくなるだろう。しかし、捕まえたいと思う奴は何もトリトンだけじゃない。あの戦場で俺たちのことを殺そうとしたルダティアだって黙っていないだろう。何せ新聞という誰でも手に入れられるようなものにそんなことが書かれていれば上層部は間違いなく行動を起こす。それがどのような形になるかは分からないがトリトン側も対策を練らなくてはならない」
「確かにトリトン側は私たちを秘密裏に確保したわけだからそれをわざわざ教えるような行動はあってはならないはずだもんね」
「あぁ、トリトンはルダティアに俺たちが捕虜となっていることを何としても知らせたくないのだろう。あの撤退戦でルダティアは俺たちを殺せと命令した。つまり、ルダティアにとって俺たちは死んでいないと困る存在なわけだ。そんな中トリトンは俺たちを捕虜として確保してしまった。俺たちを殺せという情報を知ったうえでだ。その状況で俺達が脱走して何とか捕まえなければならないとなるとどうしてもルダティアが下した命令がちらつくことになる。死んでいるはずの人間が敵国で生きていると知られたらルダティアがどんな手を使ってくるか分からない。加えてルダティアは兵器の開発元であるから当然兵器の対処法を知っている。そう考えるならば、情報の上で兵器である俺たちを新聞という簡単に入手できるものなんかに載せたくないというのが強くなる。伏せられるところは伏せたうえで隠し通す方が合理的だ。ルダティアもトリトンにあの通信が傍受されているということは自覚しているはずだ。仮に俺達が死んでいないと疑っているならば情報に対する食いつきは尋常ならざるものだろう。それらを踏まえたうえでトリトンは俺たちを脱獄犯に差し替えたのならば辻褄が合う」
「つまり、トリトン側はルダティアの動きが気になってまともに動けないって訳なんだね。ならこの似たような記事ばかりが取り上げられているのもそれが理由になるのかな」
「俺の推測が正しければそうなるだろう。囚人が脱獄したとなれば民間人も黙ってないだろうからな。少なくとも俺たちを捕らえられさえすればどのような報道をしようが軍の自由だ。ザルという評価は少なくとも今はやめた方が良いだろう」
「軍は軍なりに行動を起こしているって訳なのね。警戒は怠ってはならないと」
「あくまでも状況証拠に基づいた憶測にすぎないがな。少なくともトリトンが情報を出し渋っているならそれを利用するに越したことはないだろう」
「何か作戦があるの?」
「情報が詳細でない以上変装が大いに役立つ。都市ごとに服装を変えれば発見される危険性も少なくなるだろうからな。手に入れた資金をうまく使って逃走を続けよう。新聞の情報だと前の都市近辺に潜伏している可能性が高いということになっているが、いつどこで誰が気付くとも限らないんだ。それに軍や警察の動きは新聞だけでは把握できない。次の都市に着いたら駅をいったん離れて軍や警察の動きを認識しておくのも必要になる。大胆かつ慎重に行動をしていこう。それよりも心残りなのが昨日のマフィアの件だ」
彼女は一瞬だけ体を震わせた。
「顔を見られたのはまずかったかな」
「あぁ、あの時は寝る前だったし変装もすべて解除していた。それに加えて今日の報道は流石に懸念せざるを得ない。一応、俺たちが昨日の件を誰にも漏らさなければ報復をしないとは言っていたが、裏社会の連中にそんな期待をするのは好ましくない。だからと言ってこちら側から何か対処できるわけでもない。これに関しては祈るしかないな」
「なんだかもやもやするなぁ」
「この街から離れられればマフィアが仮に情報を漏らしてもすぐに捕まる心配はない。ほら、もうそろそろ列車が到着する時刻だ。荷物を持って早く乗り込むとしよう」
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