第一章 廃病院4
突然拍手が病室内に鳴り響いた。そして、礼服に身を包み、眼鏡をした男が病室の入り口でくたばっている男をまたいで病室に入ってきたのだ。そして、その後に続くように同じような格好をした四人の取り巻きもやってきた。しかも全員手に拳銃や刃物を持っている。
冗談じゃない。こんな状況でこいつらともやり合わなくてはならないというのか。犯罪に巻き込まれるという危険を承知でこの再開発地区に訪れたがこのような事態になるとは……。俺は己の見通しの甘さを呪いながら新たな闖入者たちを睨む。
戦闘に夢中になって気が付かなかったがどこかに隠れて俺たちの様子を窺っていたのだろう。彼の発した言葉からそこに転がっているエミルとかいう男の仲間ではないようだが、これから祝宴が始まるような穏やかな雰囲気と正反対に位置する緊張は着実に病室内に充満しつつあった。
俺は嫌な雰囲気に包まれる前に口を開く。そうでもしなければ状況の最悪さに引っ張られて冷静さを欠きそうだったからだ。
「あんたら一体何だ。こいつの仲間なのか?」
武装こそしているものの話し合いを仕掛けてきているため決して突破口がない訳ではない。負傷している手前余計なことになるのは避けなくてはならない。彼女の口に張り付いているガムテープを引き剥がしたい衝動に駆られるが必死に抑え込み、まずは当り障りのない発言でまずは情報を引き出す。
「仲間などと思ってほしくはない。ビジネスパートナーだった奴だが、今となってはそれすらも無かったことにしたいくらいさ。まぁ、そんなことはどうでもいいか」
「ビジネスパートナー?」
「それよりもだ。そこに隠れている嬢ちゃんも含めてあんた何者だ? ここにいる連中にしてはかなり身なりが整っているうえに女連れ。肝試しとかでもしていたのかもしれんがそれにしては状況に納得がいかない。クズとはいえエミルを無傷でぶっ倒すくらいの手練れだ。そこの嬢ちゃんを囮にエミルを仕留める算段だったとか言われた方がもっと納得できる。だから、あんたが誰から依頼を受けたかはっきりしておかないと俺たちも引くに引けないのだよ」
最初に病室へ入ってきた頭目と思しき男はそういった。
断片的でしかないが、どうやらこの男たちはエミルを仕留めるためにここへ来たが、そこに居合わせた俺がエミルを倒していたことについて何かしらの疑念を払拭できないからこうして話を付けている、らしい。相手の言葉を鵜呑みにすれば俺たちは全くの無関係なのだが如何せんこの状況で相手が俺たちの言うことを簡単に信じてくれるかどうか甚だ疑問だ。無関係であるという証拠を突きつけなければならないとは分かるがどうやってそれを証明するべきなのだろうか。相手の身なりから恐らくはここら周辺を牛耳っているマフィアあたりだろう。とりあえず、その方法を思いつくまでなんとか時間稼ぎをしなくてはならない。
「単なる宿無しだ。詳しく知らないがマフィアの抗争はよそでやってくれ。あんたらの目的はそのエミルとかいう男なんだろう? それならそいつが気絶している間に早く引き取ってどこかへ行ったらどうだ」
「いずれはそうするさ。だが、あんたの素性を知らないまま引き下がるわけにはいかないんだよ」
やはり彼は俺たちのことをどこかで雇われた暗殺者だと思い込んでいるようだ。いや、この場合は決めつけていると言った方が正しいか。
「あんたらは俺たちのことを別のマフィアが雇った暗殺者みたいに考えているようだな。だが、俺がそいつをぶっ倒したのは俺の連れに手を出そうとしたからだ。それ以外の理由はないし、本当に真相を知りたいのならそいつが起きて話すのを待てばいいじゃないか。わざわざ今こうして聞き出す必要はないと思うがな」
「ふむ、まぁ確かに真相を知りたければそうするのが手っ取り早いだろう。だが、さっきも言った通りあんたらの素性を知らないまま引き下がるといろいろと困るのだ。エミルを護送して人員が少なくなった隙を縫って逃げられたりしたら大損害になりかねん」
このマフィアはエミルとそれに関係する一連の行動そのものを知られるのが嫌な様子だ。こちらが取れる行動としてはいかに相手を逆撫ですることなく情報を引き出すことなのだが、このまま話を続けても埒が明きそうにない。一つ踏み込んだ発言をする必要もありそうだ。
「随分とその男との関係を外部に漏らしたくないようだな。トリトンのマフィアもなかなか危ない橋を渡っているようだ」
「危ないかどうかはあんたの判断するところじゃないだろう。それに、俺たちがやらかしたのではなくエミルが俺たちを裏切ったクズ野郎なだけだ。尻拭いをさせられる俺たちの立場も理解してもらえれば建設的な話し合いができると思うが?」
話を逸らそうにも相手は乗る様子を見せない。
「話し合いをすればするほど俺たちが無関係であるということだけが明るみになるだけだぞ」
「それはそれで構わない。俺たちもその判断が欲しいのだ。しかし、どうやってそれを証明するというのかね」
「……仮に俺たちがあんたらの言う通りの人物だったとして、こんな場所でこんな時間に仕事をするよりもっと良い条件があったはずだ。それこそあんたらに気が付かれることなく始末した方がよっぽど腕利きだと思うがな」
ひとまずはここで仕事をすることについての合理性を問うてみよう。あまり考えていない発言だが時間を稼ぐにはちょうど良い。
「ふむ、確かにあんたの言うことには一理ある。先ほども言ったがクズとはいえエミルはかなり腕が立つからな。だが、少女趣味のエミル相手に囮役を用意して人気のない場所へ誘導しそこを突くという今の状況は決して無視できない。仕事としては十分な働きと言えよう。それに俺たちも一応こんなことやってるくらいだ。気配を消すくらい造作もないさ」
俺は舌打ちをしそうになった。彼女を狙った手前そうなのだろうとは思っていたが、まさかこのような展開にもつれ込むなど誰か予想できようか。今すぐにでも彼女の口のガムテープを剥がし叫び声を上げろと言いたい気持ちが芽生え始めようとするが、その誘惑を断ち切りとりあえず落ち着こうと気持ち長めに瞼を閉じる。もう一度彼の要求を確認しよう。
マフィアは俺たちの素性、もとい依頼をした別のマフィアがいないか勘ぐっているため俺たちの処遇を決めかねている。無論俺たちはただの濡れ衣でありこの出来事は偶然で身の潔白を証明できればそれで話は終わる。しかし、マフィアと言う犯罪組織に俺たちの素性を明かすというのはかなり危険な行為だ。ただでさえ敵が多いというのに余計な関係を作ってしまったらこの計画そのものが頓挫しかねない。できる限り存在感を薄くするべきなのは当然だ。けれど、この状況を打開するには言葉による説得はかなり厳しいと言わざるを得ない。ならば、手の内を最小限に明かすほかないのか。
「どうやっても俺たちの言うことを信じてはくれないようだな。俺達の身が白であろうと黒であろうとそれをどうやって確認するつもりでいるんだ。まさか、俺たちをそこの男のようにして吐かせるとでも言うのか」
「それこそまさかだ。あんたらが余計な抵抗をしない限りそんな真似をするつもりはない。だが、あんたの言う通り確認する方法は持っておくべきだろう。そうだな、あんたがそれを否定できる物的根拠を示してくれれば俺たちも引き下がろう」
殺しの仕事を請け負うくらいなら準備もそれなりのものが必要となるはずだ。それが否定できる程度を見せるだけなら問題ないだろう。
「分かった。ならば俺たちのねぐらに案内してやる。そこで証拠を示せば帰ってくれるんだろうな」
「あぁ、もちろんだ。あんたらがもし白なら突っかかった詫びとエミルを倒した礼をしてやっても良いぜ」
「分かった。それとそこにいる彼女も連れていく。拘束はまだ解けてないから脅威にならないはずだが、構わないか?」
「あぁ、構わない。好きにすればいい」
妙なところで譲歩的だ。何を考えているのか分からないのが不安だが、ここは素直に誘導した方が良いだろう。
俺は彼女を連れてマフィアたちをねぐらとしている病室へと誘導した。大した距離ではないのだが俺は先頭を歩かされ彼女は後方から付いてくる構図にさせられた。マフィアの警戒具合が異様に高いのに違和感を覚えつつも数十歩歩いた先にある病室にたどり着く。
エミルとかいう男は彼女以外には興味がなかったようで病室が荒らされている形跡はなかった。証拠が無くなっていたらと若干冷や冷やしていたが流石にそこまでの不幸には見舞われていなかったようだ。
「先ほども言ったが俺たちは単なる宿無しだ。流れるままここへ辿り着いたに過ぎない。荷物の少なさと頑張って綺麗にしたこの病室を見れば分かると思うが」
そういって俺は唯一の荷物であるリュックの中身を見せた。生活用品が所狭しと入っていて一番奥に軍から奪った身分証があるけれどそれを見せる前に引き下がってくれることを祈るしかあるまい。
すると、リュックを受け取った彼は何の迷いもなくリュックをひっくり返し中身を床にぶちまけた。そして、中身を物色し一枚のカードに目を付ける。
「トリトン軍西方部第三大隊所属マダラス・カーター中尉、か。ははっ、こんなところにトリトン軍だと? どうした、脱柵でもしたか? それとも……人には言えない事情でも抱えているのか? おやおや、他にもまだあるぞ。随分と数があるな」
俺の心臓がバクバクと大きな鼓動を響かせる。冬だというのに背中にはびっしょりと冷や汗が流れ出し嫌な寒気が走り始めた。まさか、これほどあっさりと秘密が暴かれてしまうとは。しかし、まだ俺たちの秘密全てが暴かれたわけではない。被害を最小限に食い止めるためにもこちらからある程度情報を付け加え信憑性を増しておくべきか。
「……いろいろあってな。詳しく言えないが人目を避けたいんだ。だが、これで俺たちが他のマフィアからの回し者でないと分かってもらえたはずだ」
「ふふっ、あんたは俺達に危ない橋を渡っているのではないかと勘繰ったくせに、あんたこそ相当危ない橋を渡っているじゃないか。俺たちマフィアでもこんなことできるようなもんじゃない。敵に回す相手くらい選ばないとマフィアも生き残っていけないからな。いいだろう。信じてやろうじゃないか。お前たちが無関係だと」
俺は彼がようやく分かってくれたこととこの状況から解放されることに安堵した。深い息を吐いてしまいたいがこいつらがいなくなってからしても遅くはない。
「……あぁ、そうしてくれると助かる」
「正直言って、途中から俺はあんたらが部外者だろうと予想がついていた。トリトンには無い訛りで話すし、エミルのことを名前で呼ばずにそいつとかで統一していたからな。マフィアと言っても自国民主義がほとんどだからそんな奴を雇う方がおかしいってこの国のマフィアならすぐに気が付くだろう。……だがな、あんたらが何も知らない部外者でもエミルのことを知られたのはまずい。そんな奴を手放しにしておくわけにはいかねぇ」
そう言うと彼は懐に手を入れた。彼の言葉から察するに俺たちを生かして返すつもりはないらしい。やはりマフィアに交渉すること自体が間違いだったのか。ならば殺される前にやるべきことは一つだ。俺に残された道は彼女の叫びしかないと思い咄嗟に彼女の方へ移動できる準備をした。
彼は俺に睨まれても顔色を変えずにこう言った。
「だからこそ、取引をしようじゃないか」
彼はそういうと懐から札束を出した。
なぜ札束なのだ……?
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