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第一章 廃病院1

 ユーファリアに到着したのは午後七時だった。人込みを避けるためにある程度人がいなくなったであろう頃合いを見計らって駅の構内に足を付ける。外観はアーメルドーズの駅と大差ないが若干古めかしい感じはする。この時間になると日も落ち切っていて遠くに街灯が見えるもののこの日は空気が澄み切っているだけでなく満月が出ていたため案外明るい。時間が経てばもっと明るくなるだろう。


「寒っ。夜になると結構冷えるね。収容施設って意外と暖房効いてたんだ」


 彼女は体を縮こませながら両肩を抱く仕草をした。買ったばかりの服に細かなしわが走る。


「風がないだけまだマシだ。動いていれば次第に体は温まってくるだろうからさっさと目的地を決めるぞ」


俺はそう言って歩き出した。


 まず尋ねたところはユーファリア駅の詰め所だった。基本的に駅員は周辺の地理に詳しいから使わない手はない。しかし、俺たちが探しているのは宿屋などではなく屋外でも一夜過ごせるような場所だ。尋ね方を誤ると余計なことになりかねない。慎重に尋ねる必要がある。俺はアーメルドーズの時と同じように駅員を呼んだ。


「すみません。お尋ねしたいことがあるのですがよろしいですか」


 すると、奥の方から駅員がやってきた。前回は快活そうな男性だったが今回は初老の男性だ。長年駅員として勤めているのか周辺に漂う風格は周りと違っている感じがする。


「どうかなさいましたか」


「この都市に来るのは初めてなのですが時間も良い頃合いなので宿を探そうと思っているんです。どこか良い場所ご存じではないかと思いましてお尋ねしました」


「ほう、それならこの駅を南に下っていくと繁華街がありますからそこの宿に泊まると良いでしょう。宿屋によってばらつきがあるのでそこは目利きが必要になるかと思いますが、どうでしょうかね」


「そうですか、助かります。あともう一つよろしいですか。最近は物騒な事件が多いと聞きますし厄介な事件に巻き込まれないよう予防策を張っておきたいとも考えているんです。連れも女性ですから怪しい場所にふとした拍子で入ってしまうのを避けたいのです。だから、ここだけは避けた方が良いという感じの場所も合わせて教えてもらえませんか」


 駅員の男性は俺の隣にいる彼女を横目で確認すると顎に手を当て少し考え始めた。しばらくすると、顎から手を離しこう言った。


「ふむ、確かに最近は物騒な事件が多いと聞きますからね。とても良い対策でしょう。それならば先ほど言った繁華街の先、おおよそ2、3キロ進んだ先に再開発地区があるのですがごたごたが続いて現在は再開発が止まっており多くが廃墟となっているそうです。そして、雨風を凌ぐため浮浪者がどこからともなくたむろしているとかなんとか。あまり良い噂も聞きませんし避けて通ることをお勧めします」


「助かります。連れも安心して観光を楽しめるでしょう。では、私どもはこれで失礼します」


「うむ、良い旅を」


 そう言うと俺たちは詰め所を後にした。すると彼女が話しかけてきた。


「ねぇ、なんでわざわざそんな場所に行こうとするの。犯罪に巻き込まれるわけにはいかないんでしょう?」


「俺だって出来るなら行きたくない。しかし、雨風凌げる場所に加えて目立たない場所となると相当限られる。それに、男女二人でそこら辺をうろつけば要らぬ誤解だって生みかねない。ヘレナの容姿なら俺が夜遅くまで連れまわすと警官に声を掛けられてもおかしくないからな。加えて、俺たちの脱走は既に露見しているはずだ。アーメルドーズを中心として警戒網が敷かれるのは明白。距離が離れているとはいえ近隣の都市でも同じようなことがされていると考えて動く方が良いだろう。人目に映らないに越したことはない。犯罪に巻き込まれる危険性は決して否定できないが俺とヘレナで力を合わせればよほどのことは起きないだろう」


「要するに、犯罪に巻き込まれるより警戒網に引っかかりたくなってわけね」


「そういうことだ。まぁ安心しろ。体術は得意だから二対一くらいなら問題なく捌ける。仮に複数人の相手が武器を出してきたとしてもヘレナの力と合わせて逃げる程度の時間は稼いでみせよう」


「ホント、ハロルドが軍人でよかったよ。なよなよした人だったら信頼なんてこれっぽっちも置けないからね」


「ありがとよ。それじゃ、必要なものを買い出ししに行くか」


 そうして俺たちは繁華街に赴き必要なものを買いに行った。そうは言っても買うべきものは大して多くない。食料品に毛布にランタンとその場凌ぎの代物ばかりだ。荷物は多くなってしまったが運べない量ではないし大きな負担とまではいかない。


 それと分かっていたことだが彼女の好奇心は初めて見るであろう繁華街に強く注がれていた。人込みに慣れず何度かはぐれそうになるくらいフラフラするのを何とか制して必要なものを買い揃えると俺たちは駅員に教えてもらった再開発地区へと足を運んだ。


 繁華街をさらに進んでいくと人並と街灯が少なくなっていく。そして、ほとんどなくなる程度に進んだ頃合いでようやくその全容がうっすらとだが見えてきた。再開発と聞いていたため少なからず整地されているのだろうと考えていたがそんな期待をことごとく裏切るような有様だった。端的に言えば打ち捨てられて前時代の繁華街、もしくはゴーストタウンと言ったところか。手が付けている場所を探せと言われる方が難しいほどほとんどの建物が老朽化しており人が住めるようなものになっていない。加えて、所々に弱々しい光がぽつぽつと確認できる。浮浪者がたむろしているというのは事実のようだ。どのような理由でこのような有様になったのかは見当もつかないが確かに近づくような場所ではないと言える。


「うわぁ……ね、ねぇ、本当にあそこへ行くの?」


 彼女は月明かりに照らされた再開発地区を見ると嫌そうな表情でそうこぼす。


「俺たちが取れる手段は残っていない。行くしかないだろう。できる限り人目につかないよう移動していれば変なことは起きないだろうさ。怖いのは分かるが我慢してくれ」


「前に読んだことがあるホラー物の小説に出てきた舞台に近いんだよね。殺人鬼が廃墟にやってきた主人公たちを出られないようにすると殺すために追い掛け回していくってやつなんだけど」


「妙に生々しいな。ヘレナはそういった類の本を好んで読んでいたのか?」


「別にそういう訳じゃないけど本は好きだよ。単にジャンルを問わないだけ。研究施設にいた頃の数少ない娯楽だったからいろいろ読んだよ。会話とかも本で覚えたからハロルドとの会話が上手く言っているかはちょっとだけ疑問だけどね」


「普通に話せていると感じるがな。そこまで気にすることはないだろう。敬語は分からないが間違っていたとしてもそこはおいおい勉強していけばいい」


「良かった。そう言ってもらえると少し気が楽に……ん?」


 突如として後ろを振り返ったヘレナを俺は怪訝に見つめる。彼女は歩いてきた道を注意深く見つめていたが「気のせいかな」とだけこぼすと正面を向いた。


「何か聞こえたのか?」


「うん。何かガサッて物が動くような音がしたんだけど気のせいかな」


「そうか? 俺には何も聞こえなかったが、多分聞き間違いか小動物が動いたとかそこらへんだろう」


 そう言うものの微妙に気になって俺も来た道を振り返りランタンで照らす。しかし、彼女の言う通り何もない。誰かが隠れられそうな場所もなさそうだし音が鳴る原因を探す方が難しいと言えよう。


「よく分からないがとにかく先を急ごう。光が見えている場所には極力近づかないようにして、さっさと安全な場所を見つけてしまえば変なことにはならない」


「うん、わかった」


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