CATASTROPHE!!! その2
俺たちは言葉もなく、劉姫倪の乗った黒い機体を見送った。
グラァッ・・!!
混乱に追い打ちをかけるように、取り残された俺たちがいる古い雑居ビルが大きく揺れた。
高出力のエネルギーの塊はマンハッタン島の固い岩盤すら貫いたようだ。
もともと液状化が進んで土壌表面が緩んでいたところに、空から光の鉄槌をくらって本格的に崩壊が始まったらしい。
このままでは第2射を待つまでもなくこのビルも倒壊するかもしれない。
俺たちは姫倪のアドバイスに一縷の望みを託して、下を覗き込んだ。
――――迎えってどこだよ!!!
温かいお迎えどころか、ビルのすぐ下は濁流の渦だった。
そういえば今夜は新月だった。
月と地球の引力が働いて、一か月でもっとも潮の干満差が激しくなる時期だ。
満潮で水位が上昇していたところに地盤が大きく砕けて、マンハッタン島は激しい洪水に襲われていた。
ポタッ!
頬に冷たい水滴が当たった。
大粒の水滴に上を見上げると、晴れた星空はいつの間にか厚い雲に覆われていた。
ポタ、ポタ・・・ザッザザァ――――――!!!!
大粒の雨が肌に突き刺さるように激しく降ってきた。
巨大レーザー砲の高エネルギーで、水分を含んだ大量の空気が急激に熱されて雨雲が発生したらしい。
俺たちは砂埃を含んだ黒い雨に全身をさらされた。
――――まさしく『天変地異』のド真ん中。
荒れ狂う大地の前じゃ、人間なんて激流にのまれた木端同然に無力だ。
まぁしかし、パニックに陥らない程度には図太い。
巨大なハリケーンでぶっ飛ばされたり、突然の増水で流されたり。
この時代、地球に根差して生きてるヤツは誰でもソコソコこういう経験があるもんだ。
「おい、そん中。ロープ入ってる?」
下を覗き込みながらウェンが話しかけてきた。
ロープ?ロープならザックん中に軽量の登山用ザイルを入れてるけど、どうすんだ?そんなモン。
不思議に思いつつザイルを渡すと、ウェンはあっという間にザイルの端を自分の腰に回して結びつけ、もう一方の端を俺に渡した。
「このまんまここにいても助からない。オレ下に下りて様子見てくるわ」
「下りてって・・・。もしかしてここからこのザイルで下りるつもりか?」
「建物内を下りる方が、障害物が多くてオレには怖いね。外壁からのが視界もきくし。ほら、さっさと頼むよ。このボロビルもう保たないぞ」
ウェンの言葉を裏付けるかの如く、雑居ビルがまた大きく揺れた。
確かに倒壊するかもしれない。
けど下は濁流の渦だぞ。
「オレはこれぐらいの流れなら泳ぎ切れるから。万一落ちても死なないよ」
さすがウェン。余裕だなぁ。
俺は感心しつつ、ザイルを引っ掛けられる場所がないかあらためて屋上を見渡した。
よく見ると屋上の端におよそ1mほどの高さの曲がった鉄材が、コンクリートからにょっきり生えていた。
おそらく給水塔があったんだろう。
錆びた支柱だけがポツンと残っていた。
強度は少し不安だが、ザイルをかけられそうな場所はここしかない。
俺が錘代わりに支えれば、多分なんとかなるだろう。
俺は支柱に数周ザイルを巻きつけた後、自分の腰に結びつけた。
「オーライ。合図くれたら引き揚げるから」
「いいよ、自力で上がれるから。じゃ、よろしく」
言うが早いか、ウェンの姿が屋上から消えた。
シュルシュルとザイルがひっぱられていく。
俺は慌てて、きたるべき衝撃に備えてグッと構えた。
「おわ!」
予想以上の重さで腰を引かれて、足がヨタついた。
ズザザザ――――――!
雨のせいで荒いコンクリート面でもよく滑って、派手に水音たてて体が引きずられた。
斜めに傾く支柱が急速に迫ってくる。
やばい!激突する!
俺は反射的に支柱に踵を引っ掛けて踏ん張った。
ガッ!!
・・・なんとか止まれた。よかった・・けど重い!上に痛い!
予想はしていたけど、人間一人分の重さってのはきつい!
体勢を整えるべくザイルを握りなおすと、安心する間もなくザイルに新たな力が加わる。
ザリザリザリ!!
ブロックの上を走る、耳障りなザイルの擦過音。
ウェン、下で何やってるんだよ?
なるべく大人しく頼むぜ!!
踏ん張る足がブルリと震え、細いザイルが指に食い込み血が滲んだ。
黒い雨は容赦なく降り注ぎ、大粒の水滴が目に染みてジクジク痛んだ。
上空は厚い雨雲に覆われて、雨は全く止みそうもない。
でもこれはいわば『恵みの雨』かもなぁ。
これだけ分厚い雲に遮られれば、いくら最新の光学機器といえど軍事衛星から地上を監視することは不可能だろう。
御老に覗き見されてないと思えば、ずぶぬれでも大歓迎だ。
ザイルの重みにひたすら耐えて雨に打たれていると、階下からかすかに音が聞こえてきた。
コツ・・・・・コツ・・・・・。
遠くのビルの倒壊する音、逆巻く濁流音、コンクリートを叩く雨音。
音の洪水の中にあって、聞き逃してしまいそうなごく微かな音だ。
けれど、一定の間隔を刻んで徐々にはっきりしてくる音は、まわりとは異質で不気味な意思を感じさせられた。
コツ・・・コツ・・コツ、コツ。
残念ながら空耳じゃあない。
誰かの足音がどんどんこっちに近づいてくる。
コッチは指一本動かせないってのに!
ザイルを支えてブルブル手を震わせながら、不吉な足音の主が屋上の鉄扉を開けるのを俺はただ見ていることしかできなかった。




