CATASTROPHE!!! その3
ギギギィ・・・
きしんだ音を立てて重い鉄扉が押し開けられ、いびつな人影が屋上に現れた。
黒いエナメルのワンストラップシューズ。
踵を鳴らして現れたのは、先刻ウェンが倒したはずの殺人人形だった。
――――うわぁ万事休す。
可憐なワンピースをまとった小柄な肢体が、黒い雨に打たれてみるみる色を変えていく。
全身を黒く染めながら、彼女は屋上の入り口でぴたりと立ち止まった。
そのままこっちへ襲いかかってくるかと思ったが、彼女は物言わぬ黒い彫像となってその場でじっと立ち尽くしている。
・・・ラッキー?もしかしてビスクドールは俺の位置を完全にロストしてる?
それもそのはず、完璧なバランスで整えられていた頭部は天井に蹴り上げられた衝撃で醜く潰れ、スクラップの塊となって右肩の上にのっかっている。
視覚はウェンが潰してるし、あれだけ頭部が損傷していれば他のセンサーにも大きな影響が出てるに違いない。
それに、この雨もきっと功を奏してる。
音、振動や温度でこっちの場所を感知してるなら、この激しい雨音や冷たく地面を叩く水滴が俺を守るバリアの働きをしてくれているはずだ。
おそらくウェンと姫倪の戦闘の気配や高速ヘリのジェット音をたよりにここまで追ってきたんだろう。
裏をかえせば、ここにまだ俺たちがいると判っているわけじゃない。
なら・・・このままやり過ごせるかもしれない!
俺は息を潜めて、できる限り気配を殺した。
ザアアアア・・・!!!
ロープの擦過音が立つたび、ひやりとする。
自分の心臓の音がやけに耳につく。
唾液を嚥下することすらためらってしまう。
このままウェンが下からあがってくるまでやり過ごせれば・・・。
他力本願な淡い期待を抱きつつ、俺はなんとか右手をザイルから離した。
ウェンはウェンにできることをやってくれている。
なら俺は俺にできることをしなければ。
しびれる右手をポケットに突っ込み、手探りで短銃の銃把を握った。
姫倪相手にはカスリ傷一つつけられる気がしなかったが、ダメージを負った機械人形相手なら一発ぐらい当てられるかもしれない。
俺はポケットから短銃をひっぱり出した。
俺の短銃の腕はソコソコだ。
確実に当てるためには安全装置を外して、最初から標的に照準を合わせておきたい。
けどしびれて感覚が全くない親指では、なかなか安全装置が外せない。
安全装置のレバーをこんなに固いと感じたことは今まで一度もなかった。
血の気を無くして真っ白に色を変えた爪は、カリカリと空しくレバーを引っ掻くばかりでなかなかレバーが下がらない・・・。
くそ、落ち着け。
俺は静かに深呼吸した。
たとえ俺がやられてザイルが切れても、ウェンなら泳いで窮地を凌ぐことができる。
つとめて気楽にレバーを引くと、ようやくに上手く爪がレバーに引っかかって安全装置を外すことができた。
俺は震える銃口をなんとかビスクドールに向けた。
―――――でも無理な姿勢で銃を構えたことは、結局裏目に出てしまった。
それはやけにゆっくりで、でも一瞬の出来事だった。
・・・カッ!――――――ドッガガガガァ―――!!!
超特大の雷が隣の中層建築物に落ちた。
―――ズッ・・・ドドドドドォォォ・・!!!
濁流の水圧、落雷の衝撃に、古いコンクリの塊はひとたまりもなかった。
俺たちのいる雑居ビルより背の高い古ビルが真っ二つに割れ、こちら側にもゆっくり崩れてくる。
砕けたコンクリの破片が降り注いできて俺の右腕に当たった。
そのはずみで、俺の人差し指がトリガーを引いてしまった・・・。
ズガァ―ン!
銃の発射音に、殺人人形がこっちを振り向いた。
人形に感情があったとしたら、きっとニヤリと笑っていただろう。
獲物を見つけた野生の猛獣のように、こっちに向かって突進してきた。
俺はとにかく夢中で撃った。
当たれ!!!一発だけでも!!
けどぜんぜん当たらない。
あっという間に黒い人影が目の前に迫って、人形の手のひらが俺の視野いっぱいに拡がった。
この手のひらに掴まれたら、俺の頭は腐ったりんごみたいに簡単にペチャンコになるだろう。
やばい、避けられない・・・。
グィッ!!
間一髪、俺の体が強い力で引っ張られた。
俺の頭を握りつぶそうとした鋼鉄の手のひらが、俺の頬をかすって目の前を通り過ぎていった。
ウェンのザイルだ。
ひょっとして屋上に上がってこようとしているのかもしれない。
強い力を支えきれずに体がヨロケて、おかげで人形の攻撃を避けられた。
けど!
その勢いのまま、人形の固い体がザイルを引っ掛けてた鉄柱にぶつかって・・・
ボキッ!!
錆びた支柱が根元から折れた。
支柱を失って、ザイルの重さを俺が支えられるわけもない。
俺の体は猛烈な勢いで空中に吹っ飛ばされた。
叫び声をあげる余裕もない。
不気味な殺人人形を雑居ビルの屋上に残して。
俺は逆巻く濁流の中に叩きつけられるように落っこちた。




