CATASTROPHE!!!
「ハァハァ・・・」
ウェンの荒い呼吸音が辺りに響いた。
肩で息をするウェンは満身創痍、左顔面は人相が変わるほど腫れ上がり、黒シャツはあちこち裂けて血が滲んでいる。
ウェンの攻撃で吹き飛ばされた劉姫倪は倒れたまま動かないが、外見上とくに出血はない。
再戦はウェンの勝利なんだろうが、見た目でいえばウェンのやられっぷりの方が凄まじい・・・。
俺はザックからタオルを出して、ウェンに駆け寄った。
「あはは。男前上がったなぁ!大丈夫か?」
「痛てぇよ。アイツ、素手で男の顔を整形するのが趣味のドSなんだ。アチチ」
「街に帰ったらとりあえず歯医者だな。いい医者紹介してやるよ」
俺が揶揄いながら渡したタオルで、ウェンは顔面の血を拭った。
乾いて頬に張り付いていた血のカケラが、パラパラと地面に散った。
「一族抜けるってあの啖呵カッコ良かったぞ?けど思い切ったなぁ」
「まぁもともとオレは一族じゃ浮いてたからな。ぜんぜん未練ねぇな。むしろ清々するね」
「殺し屋から転職かぁ。何がいいかね?まぁ、今のルックスなら遊園地のホラーハウスから熱烈にスカウトされそうだけどな」
「とにかくイテェんだけど。そんなに今俺の顔ヤバい?」
俺がニヤニヤ笑いながらうなずくと、ウェンはタオルで左顔面を押さえたまま深くため息をついた。
ウェンが腰を下ろしたので、俺も隣で足を投げ出して座った。
後ろ手に手をついて空を見上げると、光の明暗さまざまな星々が俺たちを見下ろしていた。
「俺たち、軍事衛星から監視られてるってホントかね?」
ぼんやり空を見上げながら俺は呟いた。
マジならガチで引くね。
金持ちの考えはホント計り知れん。
「ホントだろ。あのジイサン相当偏執的だったしな」
「まぁ、監視られるだけなら、別に構わないけどな。むしろざまぁみろ?悔しかったら今すぐここで俺たちヤってみろってん・・・」
俺のセリフは尻切れのまま、途中で途切れた。
それは、俺の挑発がまるで聞こえていたかのようなタイミングだった。
突然地上に太陽が降りてきたかのように、周囲が明るくなった。
命に関わる異常事態を本能で感じとって、俺たちは同時に振り返った。
あまりに眩しくすぎて直視することができない。
かざした指の隙間からようやく確認することができたそれは。
―――――巨大な光の柱だった。
「なんだ、あれ?」
俺のつぶやきは、続けて襲ってきた振動と轟音で掻き消された。
火傷しそうなほど熱い突風で俺たち二人は吹き飛ばされて、屋上の端までゴロゴロ転がった。
転落防止の低いブロックにぶつかって、二人の体は幸運にもなんとか止まった。
しかし、突然の猛威に為すすべはない。
俺たち二人はその場に伏せて、砂交じりの熱風が収まるまでしばらく待った。
「ゴホッゲホッ!」
風が運んできた砂と埃で、俺たちはあっという間に全身真っ白になっていた。
俺たちは髪や服に付いた砂や埃を払いながら立ち上がった。
そして眼前に広がる光景に言葉を失った。
―――――ない。
いままで林立していた摩天楼群が。
タイムズスクエアがあった辺りは黒煙につつまれて靄がかかっているが、あるべき超高層建築物の影が一つもない。
所々で火災が発生し、ゆらめく炎が信じがたい惨状を照らし出している。
ズズズズッ!
続けて地の底から不気味な振動が響いて、ソーホー地区辺りの歴史深い中層建築物がゆっくり倒れて隣の建築物にぶつかっていった。
俺は茫然自失して、マンハッタン島が崩壊していく様子をぼんやりと眺めた。
「あの第一射の直撃を受けてたらアタシたち蒸発してたわね。ハッキングで射線を逸らせてくれた優秀な幼馴染に感謝することね、文智」
さっきまで気絶して倒れていたはずの劉姫倪だった。
彼女はいつの間にか屋上の端に移動していた。
しかも俺たちと違って全く身体が汚れていない上に、傷ついている筈の左足で低いブロックに足をかけていた。
「―――――秀か」
「そうよ。アレは御老自慢の太陽光を動力源にした高出力指向性エネルギー兵器。私有軍事衛星に趣味で『飾ってる』の知ってたから、一応 秀明に動向を把握するよう頼んでおいたんだけど、やっぱり正解だったわね★」
指向性エネルギー兵器って、つまり超巨大レーザー砲ってわけか?
そんなもんの個人所有が許されるなんて、ほんと世の中狂ってる!
「無人の廃墟とはいえ地上に向けて撃つなんて。御老も相当イカれてるわね。昔は20年先まで未来視せるやり手の実業家だったらしいけど、彼も今や155歳。認知能力の低下は避けられないのね」
地球に住む人間の平均寿命は55歳。
それに対して月面都市に住む富裕層の平均寿命は140歳。
医療技術の進歩は人間の寿命を飛躍的に延長させたが、それを享受できるのはごく限られた人間だけだ。
それにしても155歳とは。
ありとあらゆる技術進歩の恩恵を受けているんだろう。
ゴオオオッ!
再びの轟音に俺たちは反射的に身構えた。
今度のは地鳴りとは違う・・・機械音まじりの風鳴りだ。
劉姫倪の下方、俺たちのいるビルの死角から、一人乗りの黒いジェットヘリが浮上してきた。
人工知能搭載で自動操作されている機体らしく運転席は無人だ。
彼女はドアの無い座席のステップに足を載せた。
「じゃ、アタシは退散するわ。第二射が来る前にあなたたちもさっさと逃げた方がいいわよ」
そうしたいのは山々だが、俺たちには足がない。
定員オーバーで墜落しそうだけど、ソイツに乗せてくれるのか?
俺たち二人が浮かべた情けない表情に、彼女は白い歯をみせて笑った。
「ショーンくんには生き残ってほしいから、助かるヒントを特別に教えてあげる★ 下に秀明の迎えが来てるわよ。じゃあね」
『迎え』って?
意味不明のアドバイス一つ残して、彼女を乗せた小型の高速ヘリはあっという間に空の彼方に消えていった。




