殺し屋の矜持
「あの、監視られてるって?どういう?」
「言葉通りの意味よ。今マンハッタンの上空に、月の御老の所有してる軍事衛星が浮遊してるの。解像度1cm以下の最新鋭の光学機器を積んでるから、私たち上から丸見えよ」
げげ!
ほんと俺たち、どんだけ罠の奥深くまで誘い込まれてたんだよ?
無自覚って怖い。
「さすがに音声を拾うことはできないけど、口の動きを解析して言葉を拾うぐらいはできるんじゃないかしら?言いたいことあるなら、上向いてしゃべってみれば?」
「いや、遠慮しときます」
「フフ、というわけで、あんまりのんびりおしゃべりしてる訳にもいかないのよね」
ギクッ!
だからサッサと片づけるとか言わないでくれよ?
「ねぇショーンくん、キミとってもオモシロいお友達がいるわよね?」
!!
「・・・・アタシ、ショーンくんのことちょっと気に入ったかも★ キミに免じて見逃してあげてもいいわよ」
ああ、なんか。
命拾ったんだから、贅沢言えないけど。
新たな問題も拾っちまったかな?これは。
「ちょっと待った」
明らかに機嫌の悪い、腹の底から響く低い声。
いつの間にかウェンが立ち上がっていた。
ペッ! ボトッ!!
俯いた口から吐き出した血が、コンクリートの上で勢いよく跳ねて音を立てた。
「見逃すのはソイツだけでいい」
ゆらりと上がったウェンの左顔面は赤黒く腫れ上がっていた。
「それ、どういう意味?お前はここで死にたいってこと?」
「違う」
ウェンは緩く握った右こぶしを正面に突き出した。
「アンタを倒してオレは実力で生き残る」
ウェンの瞳は冷静な闘志にあふれていた。
よかった。
ウェンは全然折れてない。
「手加減はしないわよ?」
「当たり前だろ?したら殺す」
野生のトラが相手の力量を量るかの如く、二人は円を描くように互いに距離を置きつつ、ゆっくり歩いた。
屋上の中央に場所を移して、ウェンたちは向き合った。
「ここでわざわざ真正面からリベンジするとこが、まさにお前がリウ一族をクビされる所以だってちゃんと気づいてる?」
「うるさい。クビじゃない。アンタを倒してオレは自分の意思で一族を抜けるんだ」
「屁理屈言って。ほんとガキなんだから」
「ガキで結構。自分らしさを捨てて、ただ老けてくよりずっといい。そういやジェン、アンタ目じりに小じわができてるぜ」
「そんなものアタシにあるわけないでしょ?フかしてんじゃないわよ?」
姫倪はにっこり笑って、指を鳴らした。
ウェンは軽口を叩きつつも、姫倪から目を離さない。
さっきと違い不意打ち狙いではなく、二人とも正面から戦りあう気だ。
二度目の真剣勝負に開始の合図はなかった。
二人の拳が同時に唸りをあげ、派手にぶつかって鈍い音を立てた。
目にも止まらぬ素早い拳打が、二人の間で無数に舞った。
ガッゴッ! ゴガガガガガッ!
やはり姫倪の拳の方が速いのか、ウェンの頬や腕にしだいに傷が増えていく。
かろうじて致命的な殴打は避けているけど、このままだとジリ貧で最終的にやられそうだ。
間一髪避けた拳打がウェンの右頬をかすって、また新たな血がにじむ。
なにか手を考えないと、先刻の戦いの結果を繰り返すだけだぞ・・・。
バキッ!
とうとう大きな一発がウェンの左アゴに当たって、バランスの整った長身がヨロけた。
隙を逃さず姫倪の左膝がウェンの鳩尾を狙って振り上げられて・・・。
その左足をウェンはすかさず懐に抱え込んだ。
左足を抑えられて、姫倪の動きが瞬間封じられた。
二人はキスができそうな至近距離で睨み合う。
半瞬後、姫倪は鍛え抜かれた腹筋を使って右の肘鉄でウェンの眉間を狙った。
その時。
フッ!!
わずかな破裂音とともに、ウェンが小さな白いものを弾丸の如く口から吹き出した。
「!」
小さなソレは正確に姫倪の右目にヒットした。
カツン!カラコロコロコロ・・・。
猛烈な勢いで姫倪の瞳を傷つけた凶器は、思いの外かわいらしい音を立てて俺の足元まで転がってきた。
俺のスニーカーに当たって止まったソレは・・・ウェンの折れた歯だった。
「うぉおらぁ!」
ゴスッ!
裂帛の気合とともに、ウェンは抱えていた姫倪の左足に容赦なく激しい肘打ちを見舞った。
「!」
同時に2か所大きな傷を負っても、姫倪は表情を変えなかった。
しかし大きなダメージを負ったのは明らかで、さすがの彼女もたまらず踏鞴を踏んで数歩下がった。
彼女の右目は出血こそ無いものの、固く閉じられたままだ。
卑怯かもしれないが、格上の相手に遠慮は無用!
チャンスはここしかないぞ!
ウェン!
追い打ちをかけるが如く放たれた姫倪の左顔面を狙う右ストレートは、ただの囮で。
できた死角を利用したウェンの左アッパーが、彼女の右あごに炸裂した。
姫倪のしなやかな肢体は、宙を舞って固いコンクリートに叩きつけられた。




