イケメン議員のスキャンダル
「デイビスは本来、名もなく地球で朽ち果てるべき下郎だっだのだ」
無表情の『ビスクドール』の桜色の唇から、老人の言葉が憎々しげに吐き捨てられた。
老人のゆがんだ階級意識が機械人形からにじみ出た。
「奴は8歳で被災して孤児になった。被災後2年ほどの消息は結局私の力をもってしても調べがつかなかったが、ラスベガスに流れ着いたのは10歳になるかならぬかの年頃だったようだ」
『ビスクドール』がなにかを捧げるように右手を差し出した。
その青白い手のひらの上に、20センチほどの立体映像が映し出された。
浅黒い肌をした美しい顔立ちの少年だ。
幼いが目付きは鋭くそのアンバランスさが人目を引く、不思議な魅力に溢れている男の子だ。
「これが当時のデイビスだよ。奴は少年男娼だったのだ」
「!」
肌や髪の色が現在のデイビスとは違う。
だか印象的な瞳や意志の強そうな口もとは、間違いなくデイビスのものだった。
「奴は街頭で客引きをしていたところを、ベガスの女怪レディ・バグジーに拾われた」
あのレディ・バグジーに!
この話、でっちあげじゃないだろうな?
思わず耳を疑うほどセンセーショナルな話だ。
バグジー(害虫)という通り名は、ラスベガスの祖・ベンジャミン・シーゲルの渾名が由来となっている。
宇宙世紀に入って、一時期ラスベガスは衰退し、世界一の歓楽街といわれた華やかさは失われた。
資本が宇宙にシフトした宇宙世紀で地の利を失くし、凋落したラスベガスを立て直したのが彼女だ。
いわばラスベガスの中興の祖である彼女を、誰がともなくいつしか『レディ・バグジー』と呼び始めたらしい。
尊敬と畏敬の念とほんの少しの洒落を込めて。
彼女の一生は、シーゲルに負けず劣らず暴力と愛憎に満ちている。
彼女は、元売春婦だった。
最初の転機は、ラスベガスの中堅カジノのオーナーとの不倫から始まった略奪愛だ。
他人から奪った愛の結末は元妻がオーナーを毒殺するという悲劇で終わった。
レディ・バグジーが飲むはずだった毒入りワインをオーナーが誤飲し、夫の死を知った元妻も自殺して、彼女のもとに廃れかけたカジノの経営権と幾許かの資産が残された。
彼女は自由奔放で大胆不敵、勝気で無鉄砲、そして度胸の据わった懐の深い女だった。
夫の死後古いカジノを経営しつつ、街で飢えかけている娼婦や男娼に食事と住居を与え自立を支援し始めた。
善意で深めた信頼が、図らずも巨大な情報収集組織となっていくとは思いもせずに。
彼女は売春帰りの元仲間たちと酒盛りしつつ盛り上がるのが好きだった。
憂さ晴らしの猥談の中、彼や彼女らが閨でつかんだ情報がレディ・バグジーの耳に自然と入ってきた。
顧客の中には、地元の有力者や、酔狂にも遊興目的で地上に舞い戻った月面市民もいた。
寝物語に得た政財界のスキャンダルや、客の持っていた携帯端末から盗んだ情報。
集めた情報を知りたい人間に高く売って得た利益で、ラスベガスを安全に住める街にできないか?
レディ・バグジーの悪乗りじみた思いつきは、落魄したラスベガスを大きく変えることになった。
本業のカジノと情報の売買で得た利益を、彼女はラスベガス市に寄付した。
そしてラスベガス市長と市議会に、市の基盤整備を働きかけた。
彼女らしくタフに、カネと快楽と謀略と情熱を自由自在に使い分けて。
当時ラスベガスが凋落した原因は、自然災害時の安全対策が遅れていたことだった。
彼女は、史上初となる直径20キロの防護壁をラスベガス市全体に張り巡らせる計画を立ち上げた。
コロニー開発技術を導入し、防護壁の上部からバリア障壁を発生させて突然のハリケーンや津波から街を守る。
レディ・バグジーの手腕でラスベガスは地上でもっとも安全で艶やかなパラダイスとなり、ラスベガスの興隆とともに彼女の個性も存在感を増していった。
現在、彼女は地球圏において最も巨大な私的権力の持ち主の一人である。
あのレディ・バグジーとM・デイビスに関わりがあるなんて!
しかも、デイビスが少年男娼って!
特大スクープだよ、これ!!
「奴はバグジーの援助で高等教育を受け、倍率2万倍といわれるコペルニクス大学の奨学生となって月面都市の市民権を得た。美容形成手術で肌の色や髪の色も変えた。おそらく男娼であった後ろ暗い過去を隠すため。それに月面都市の社交界では金髪碧眼のサクソン人が好まれるからな。月に上がる前に有利な容姿を選んだのだろう」
男娼から奨学金を得て、月面都市の政治家に・・・。
いくら誰かの援助があったとしても、容易にできることじゃない。
デイビスは、並外れた精神力と才能の持ち主のようだ。
「しかしなぜか、月面都市の市民登録には自身の出自を示す住所を使った。おかげで私はデイビスのスキャンダルをつかむことができたわけだ。恐ろしく金はかかったがね。デイビスは全くおかしな男だよ。理解しがたい、イカれた男だ」
無表情なビスクドールの唇から吐き出された老人の声は、抑えた怒りにみちて震えた。
老人は相当デイビスを疎んでいるようだ。
一体なぜなんだろう?
「奴の気違いじみた行動は目に余る。奴は月の秩序を乱す無法者だ。奴は青臭いはみ出し者を集めて秘密裏に政治活動を行っている。明らかに我々の権益を脅かす思想であるのに、ヤツの口車に乗せられて賛同者が増えている。今のうちに失脚させておかねば、取り返しのつかないことになる」
ビスクドールは、最新型の記録媒体を青白い手のひらに載せて俺たちに差し出してきた。
「それに証拠データを収めてある。そのデータでネオロイターからデイビスの暴露記事を出してもらいたい。そうすればデイビスの政治家生命はおしまいだ。私に協力してくれれば君にも相応の報酬を支払おう。君も月面で豊かで安全な暮らしができるぞ」
ベガスの女怪レディ・バグジーは、扱えば必ずweb新聞の閲覧回数を伸ばす、ジャーナリストにとっては垂涎ものの取材対象だ。
Mデイビスの話はとんでもなく刺激的だった。(嘘か本当か、あの記録媒体を見てみなければまだわからないが)
相応の報酬ってのがいくらなのか、それもとても気にはなる。
でも俺はそれ以上に―――――。
「・・・どうしてあなたはそんなにデイビスを目の敵にしているんですか?」
この老人の怒りの理由。
「青臭いはみ出し者たちの政治活動」とは?
崩壊寸前の廃墟で、いつ来るともしれない記者を待っていた老人の本音を俺は知りたいと思った。




