殺人人形の瞳は青い
突然響いた第三者の声に、緊張が走った。
俺はおそるおそる部屋の様子を覗き込んだ。
薄暗い室内には、個性のない四足テーブルが中央に一つ。
そしてテーブルの上には――――――ロリータワンピースを着た幼女が座っていた。
プラチナの巻き毛の髪をヘッドドレスで包んでいる。
白い肌は美しいが生気はなく、薄いブルーの瞳はガラス玉のようである。
「待ってたよ。ネオロイターの記者君」
幼女の口から流れ出たのは、老齢の男性の声だった。
下手なアフレコのアニメを見ているような違和感だ。
「キモ!口の動きと発声のタイミングがぴったり合ってるところがまたキモイ!なんだ、あれ!」
「気をつけろ。ただの人形じゃないぞ」
ウェンは警戒しつつ、小さな声でつぶやいた。
俺と話しつつ、目線は人形から決して離さない。
「あれは『ビスクドール』だ。月面都市の特権階級が使役してるアンドロイドだよ」
「アンドロイドって。なんでそんなモノがこんなとこに?」
「そんなことはわからない。けど『ビスクドール』は外見こそ金持ち好みの悪趣味な人形にしかみえないが、連中がよく護衛代わりに使ってるシロモノだ。下手に近づいたらミンチになるぞ」
ウェンの警告に、俺は生唾をのみこんだ。
どうやら恐ろしい殺人人形のようだ。
ますますわからない。なんでそんなおっかない人形がこんなとこに?
俺の困惑をよそに、『ビスクドール』は俺に話しかけてきた。
「君と取引がしたくてね。とても有益な話だ。ここまで来た労苦が帳消しになるくらいにはね」
「取引って。俺はシカゴのボロアパートに住むただの地方記者ですが?」
「ネオロイターという月面都市でもっともメジャーな報道機関の、だ。そう卑下することはない」
俺は完全歩合制で働いてるんです!
つまり取材がないときは給料もないんです!!
ほかにもいくつか副業をこなしてようやく生活してるんです!!!
俺は雇用環境の劣悪さを訴えたかったが、『ビスクドール』にミンチにされたくなかったので発言をひかえた。
老人も俺個人に対して関心は全くないだろう。
俺の反応をまるっきり無視して、会話は先に進んでいく。
「ネオロイターがデイビスの特集を組むという情報を耳にしてね。ぜひデイビスに関する面白い情報を極秘にネオロイターに提供したいと考えて、ここで君が来るのを待っていたんだよ」
「ならそのまま編集部に持ち込めばよかったでしょう?ずいぶんまわりくどい方法ですね」
「月面都市内は天災や疫病のない桃源郷であると同時に、管理統制された監視空間でもある。痕跡を残さず情報交換することはまず不可能だ。情報源の秘匿という点でこのマンハッタンほど最適な場所はない」
この老人はシカゴにある俺の自宅の通信端末にすらアクセスするのを避けたんだろうか?
だとしたら、とんでもなく用心深い人物だ。
「ところで君はマイケル=デイビスという男のことをどこまで知っているかね?」
老人の問いに、俺はMデイビスの一般的なプロフィールを思い浮かべた。
Mデイビスはここ数年で急激に台頭してきた政治家だ。
月面最大のドーム都市コペルニクスにある最高学府でMBAを取得、在籍中に書いた論文『C1宙域における食糧自給率を引き上げる適正税率と補助金制度』がコロニー経済学分野で認められたのが20歳の時だ。
アイデア豊かな経済アドバイザーとしていくつかの研究機関の顧問となり、有力な経済団体を味方に付け実力で地盤を築いた。
コメンテイターとしてメディアにも露出し、知名度も鰻登りに上がっていった。
そして2年前の下院議員の選挙で『ガイア』を含む産業コロニー群の得票を得て、初出馬で初当選を果たした。
財閥を後ろ盾とする世襲政治家が大半を占める月面都市の政界においては、異色の経歴である。
「あの男は、30年前ニューヨーク大洪水で被災した孤児だ」
「えぇ!?」
このマンハッタンは、30年前巨大ハリケーンと海底を震源とする地震に同時に襲われ、壊滅的な被害を被った。
死者の数は2000万にのぼり、富裕層の宇宙移民が加速的に増える契機となった大災害だ。
しかしデイビスが地球生まれの孤児とは初耳だ。
どうやって月面都市の市民権を得たのだろう?
月面都市で生活するためには市民権を購入しなければならない。
その額は1000万ルナクレジット、地球の標準貨幣である北米ドルに換算すると1億 Nドル。
身寄りのない地球の一般市民にとうてい支払える金額ではない。
地球と宇宙と、その住み分けを決定づけているのはカネだ。
宇宙世紀は、財力が身分を保証する時代。
地球には戸籍すらない人間が犇めいている。
この絶望的な格差社会、無形の壁をどうやってデイビスは破ったのか?
俺は『ビスクドール』がミンチ人形であることも忘れ、もっとよく老人の話を聞くため一歩足を踏み出した。




