第7話:なりゆきの、三人
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気がつけば、シンくんとイツキくんが仲良くなっていた。
きっかけは昼休みだった。ある日、イツキくんが校庭でドッジボールをしていた男の子グループに、シンくんを誘ったらしい。「来いよ」一言言っただけで、シンくんはためらいながらもついていったと、後から聞いた。
私はその日、女の子たちと教室にいた。前世の経験から知っている、女子グループのコミュニケーションは、少し疎かにするだけですぐに関係が変わる。
シンくんの動向を横目で追いたいのはやまやまだが、ここを欠かすのは賢くない。それに、クラスの人間関係を把握するなら、この輪の中ほど効率のいい場所もなかった。
(……それに、女の子になったからにはガールズトークしてみたかったのよね♡)
誰がかっこいいとか、誰が誰のことを好きだとか、前世では混ざれなかった会話に、今の私はちゃんと参加できている。そのことに、私は少し浮かれていた。
気がつくと窓から見える校庭に、なんとなく目がいった。輪の中にシンくんがいた。端の方で様子をうかがうように立っていたが、イツキくんがボールを回してきた瞬間、シンくんはじっとそれを見て、タイミングを計ってから投げた。
外れたけれど、男の子たちは「惜しい!」と言いながら笑った。シンくんが、つられたように笑った。
(……あら)
それは私が一度も見たことのない顔だった。
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それからというもの、シンくんは昼休みに男の子グループにいることが増えた。イツキくんが毎回声をかけているらしい。慣れてくると、シンくんの方から輪の端に加わるようになった。
(シンくんとイツキくんが勝手に仲良くなってくれるなら、手間が省けてちょうどいいわ)
そう思いながら、なぜか私はその様子をついつい目で追っていた。
放課後、シンくんが「今日ドッジボールで一回当てたんだ」と嬉しそうに話してきた。
「そう。見てたわよ」
「え、みてたの?」
「ちらっとね」
シンくんが少し目を丸くして、それから耳が赤くなった。
「……じゃあ、あたったとこも、みてた?」
「見てたわ。痛くなかった?」
「……はずかしい」
(女の子に自分の情けない姿は見られたくないものね)
おかしくて、少し笑ってしまった。
それから私は翌日の昼休みも、気づけば窓の方を見ていた。
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九月。運動会の朝、準備体操もまだのうちから、背後で名前を呼ばれた。
「愛鈴! 勝負だ!」
振り返る前からわかった。この声量で私の名前を呼ぶ人間は、この学校に一人しかいない。
案の定、イツキくんが校庭を全力で駆けてくるところだった。競技はまだ始まっていない。「走らないでください!」と先生に怒鳴られながら。
「あら、イツキくん」
「五十メートル走、クラス対抗リレー、全部だ! 今日こそ全部俺が勝つ!」
「あなた、ずっとそれ言ってるわね」
「今日は違う! 絶対勝つ!」
イツキくんはびしっと私に指を差して、また全力で走り去っていった。「危ないから走り回るな!」と、行きと同じ先生にまた怒鳴られながら。
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徒競走の本番、スタートラインに並ぶと、隣のイツキくんが低い姿勢を作っていた。前よりずっと形になっている。
「この必勝フォームでお前を倒す!」
「へぇ、綺麗なフォーね。練習したの?」
「あぁ。特訓してきたんだ。だから今日は勝てる」
(自分なりにちゃんと考えてるのね)
悪くない目だった。本気の目だった。でも...
「よーい……」
ピストルが鳴った瞬間、私は地面を蹴った。六歳の体は軽い。腕の振りや脚の動かし方さえ知っていれば、ただ本能で走るより速くなれる。
ゴールテープを切った時、後ろの足音はまだ遠かった。
「……また負けた」
イツキくんが息を整えながら歩いてきた。悔しさで顔が歪んでいる。
「……スタートは、今まででいちばん良かった気がするのに」
「ええ。そこは認めてあげる」
「一生懸命練習したのに...」
イツキくんの目に涙が浮かび出した。
(あらあら、少しやりすぎちゃったかしら。好感度調整のためには負けてあげた方が良かったかも?)
私は内心慌てつつイツキくんの頭に手を置いた。
「一生懸命やったんだから、そんな顔しないの」
イツキくんは何も言わなかった。涙が目の端に光っている。私はそのまま、ゆっくりと頭を撫でた。
イツキくんはびくっと肩を揺らした。
「っ……な、なにしてんだよ?」
「撫でてるのよ」
「み、みんなに見られる……!」
「誰も見てないわよ。みんな次の種目で忙しいわ」
イツキくんは「うぐ」と唸って、やがてそろそろとこちらを向いた。至近距離で目が合った瞬間、赤かった顔がさらに赤くなった。
(あら。照れてるじゃない)
泣き顔と赤面が混ざって、ひどい顔のはずなのに——おかしくて、私は少し笑ってしまった。
「……なんで笑うんだよ」
「かわいいと思って」
「っ……!」
イツキくんがぷいっと顔を背けた。でも、もう泣き止んでいた。
(これで私への意識は十分かしら)
私が手を離しかけた時、イツキくんがぼそっと言った。
「……来年こそ、絶対勝つ」
振り向いた目の奥に、涙の代わりに別の光が戻っていた。
「ええ、受けて立ってあげる」
イツキくんは一度だけこちらを振り返って、それからきびすを返した。その背中は、もういつものイツキくんだった。
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その後のクラス対抗リレーでは、私がアンカーだった。
バトンを受け取って走り出す。コーナーを曲がる手前で、チラッと観客席が見えた。
シンくんが立ち上がっていた。両手を口に当てて、ただまっすぐこちらを見ていた。隣にはイツキくんもいて、二人並んで同じ方向を向いていた。イツキくんの耳は、まだ少し赤かった。
(あら……)
ゴールはもちろん一着だった。
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「すごかったよ、愛鈴ちゃん!」シンくんが言う。「最後のリレー、僕見てたよ!」
「ええ、知ってるわよ」
「え」
「私のこと応援してくれてたでしょ」
シンくんが「あ」という顔をして赤面した。「……きづいてた?」
「ちゃんとね。嬉しかったわ。おかげで一着になれたもん」
イツキくんが「俺も応援してたぞ!」と割り込んできた。「ありがとう。でもあなたは途中まで対戦相手だったじゃない」「うぐ……それはそうだけど!」
しばらく歩いてから、シンくんがぽつりと言った。
「……愛鈴ちゃんが走ってる時さ」
「うん?」
「……なんか、すごくきれいだった」
イツキくんが「お、シン?」とにやにやした。シンくんはそこで自分が何を言ったか気づいたのか、みるみる耳まで赤くなった。
「ち、ちがくて、はしりかたが、きれいって、そういう、いみで」
「ふふ。ありがとう、シンくん♡」
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運動会から数週間が経った。
シンくんとイツキくんが男の子グループの中にいる時間は、以前より少し長くなっていた。私はそれを見て、自分の中を点検した。計算が崩れていないかどうか。不満があるかどうか。
どちらでもなかった。ただ、なんとなく、視線が別の場所に向くようになっていた。
ふと女の子たちの輪に目を向ける。賑やかな子、おとなしい子、いつも誰かと一緒の子。
それとは別に窓際に、前髪の長い女の子がいた。
いつも静かで、誰ともあまり話していない。名前もすぐに出てこない。でもその子は、ときどきこちらを見ていた気がする。
(あの子...)




