第6話:余裕の小学校生活と、帰り道のずる
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小学校が始まって、一ヶ月が経った。
勉強は、当然ほぼ何も考えなくていいレベルだ。漢字の練習、足し算、引き算。前世で二十年間使ってきた頭で、小学生の授業を受けているのだから当然と言えば当然だ。テストは毎回満点。計算ドリルは一番に終わる。国語の音読も、美声すぎてクラスメイトたちが静かに聞き入ってしまう。
「愛鈴さん、また満点ですね。素晴らしい!」
担任の香川先生がにこにこしながら答案を返してくれた。クラスの子たちがちらちらとこちらを見る。
(この視線、嫌いじゃないわ)
羨望でも嫉妬でもなく、ただ純粋に「すごい」という目線だ。幼稚園の時と同じ。人に見られることに、私は昔から抵抗がない。前世でも、女の子を眺めていた側だったから。
今は見られる側になれた。
それだけで、少しうれしかった。
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運動も、想定以上に手応えがあった。
毎朝、起きたら必ずストレッチをしている。前世でジムに通っていた頃に教わったトレーニング方法を、子どもの体に合わせて組み替えたものだ。前屈、股関節の開き、肩回し、体幹トレーニング、六歳の体は柔らかく、可塑性が高い。毎日続けることで、同い年の子よりずっと動きやすい体が出来上がりつつあった。
その成果は、体育の授業ではっきり出た。
五十メートル走。私はクラスで一番早いタイムを出した。
「愛鈴!!」
二番だったイツキくんが悔しそうに叫んでくる。でも顔はどこかうれしそうだ。
「去年のバスケに続いて、また私の勝ちね」
「くそ〜! なんで女の子にこんなに負けるんだ!」
「失礼ね。じゃあ次は何で勝負する?」
イツキくんの顔がぱっと変わった。
「バスケ! 放課後、公園来いよ! 絶対今度は勝つ!」
「あなたって本当バスケバカね...いいわよ。またコテンパンにしてあげる」
私がにっこり笑うと、イツキくんは「うぉー!」と叫んで拳を握った。周りの男の子たちが笑っている。
(こんなに素直に感情が出るの、ある意味才能ね)
クラスの空気を明るくする力は本物だ。私とは全然違う方向で人を引きつける。そこは素直に認めていた。
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気づけば、クラスの中での立ち位置も固まってきた。
男子からは「一緒に遊ぼう」と声をかけられ、女子からはなぜか「愛鈴ちゃんに相談したい」と言われる。困っている子がいれば自然と間に入り、揉めている子がいれば気づいたら場を収めている。
先生からは信頼され、クラスメイトからは慕われる。
前世の経験でできあがった「理想の女の子像」を演じているだけなのに、みんなそれを本物だと思ってくれる。
(我ながらずるいわよね、本当に)
でも、ずるくて何が悪いの? そう思うことにしていた。
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ある日の放課後、昇降口で靴を履き替えていると、シンくんが一人で校門の方に歩いていくのが見えた。
ランドセルを背負って、文庫本を抱えて、うつむき加減に歩いている。
私はそっと近づき彼に声をかけた。
「シンくん」
シンくんが振り返った。
「……愛鈴ちゃん」
「一緒に帰りましょ」
並んで歩き始める。桜はとっくに散って、並木道には新緑が広がっていた。
「学校、慣れた?」
「……まあ」
「お友達は?」
少し間があった。
「……あんまり」
想定通りの答えだった。シンくんはクラスに馴染んでいない。休み時間も一人で本を読んでいる。誰かに話しかけられれば答えるけれど、自分から輪に入ることはほとんどない。
(このままでいい、と思ってるのかしら)
内心で少し考えた。
シンくんには、そっとしておく選択肢もある。一人が好きな子もいる。でもシンくんの場合は、幼稚園の時と同じだ。一人でいたいわけじゃない。ただ、最初の一歩が踏み出せない。
「そう」
私はそれだけ言って、少し間を置いた。
「でも私がいるじゃない」
シンくんが顔を上げた。
「……え」
「友達が少なくたって、いい友達が一人いればいいって言うじゃない。私がいるでしょ」
シンくんはしばらく黙っていた。それから、耳を真っ赤にしながら前を向いた。
「……うん」
小さい声だったけれど、ちゃんと聞こえた。
(ふふ。これでいい)
友達ができないことへの不安を、私の存在で埋める。シンくんが私に依存する理由を、少しずつ積み上げていく。
(計算通りだわ)
でも、と。
ほんの少しだけ、ほんの少しだけ、さっきの言葉は、計算だけじゃなかったかもしれないと思った。
思っただけで、すぐに打ち消した。
新緑の並木道を、二人で並んで歩いた。シンくんはもう本を開いていた。歩きながら読む癖は、小学校に入っても直っていないらしい。
「もう、そんなことしてるとぶつかるわよ」
「……だいじょうぶ」
「ぶつかってからじゃ遅いのよ」
「……愛鈴ちゃんが見ててくれるから、だいじょうぶ」
私は少し黙った。
(……この子、本当に)
言い返す言葉を探して、見つからなくて、私はシンくんと一緒に帰り道を歩いて行った。




