90.事情聴取
イレギュラー対策計画への参加意思を伝えたオレたちは、現在起きている問題に対応すべく、コーネリア校長に連れられてとある場所へ向かっていた。
A棟の四階……イマジネーターは訪れる機会のないオペレーター室である。
まずはここでバランチームが消息を絶つまでの詳しい状況を聞く、ということなのだが。
聞く相手が誰なのかは、会わずとも分かるというものだった。
「失礼するぞ」
コーネリア校長はオペレーター室の扉を開けて中へ入る。
室内を見ること自体初めてだが、素人にはさっぱり用途の分からない機械装置でいっぱいだ。
別にそこまで機械音痴じゃないので、しっかり叩き込まれたらオレも操作くらいは出来るのかもしれないが……使いこなすとなると、至難の業だろうな。オペレーターって凄いなと再認識させられる。
「ああ、コーネリア校長か。やっと来てくれたってモンだぜ」
「少し遅れた、すまんな」
オレたちを出迎えてくれたのは、こう言っては何だが如何にも不健康そうな出で立ちの男性だった。
歳は恐らく二十代後半あたり、体つきも平均的ではあるのだが、深い赤色の髪はボサボサで、眼鏡越しに見える目の下にはクッキリと隈が出来ている。服も長年着ているのだろう草臥れた黒のスーツで、全体として疲れ切ったエンジニアといった感のある人だった。
「以前説明したイレギュラーに関する計画が動き始めてな。第一号のこいつらに調査へ向かってもらうことになった」
「発足早々出番ってワケか……大丈夫か? 人員がいねェのは分かるが」
「やってみなきゃ分からんさ。何にせよ、実戦経験を積むにこしたことはないわけだしな」
「そりゃそうだ。ま、余計な口出しはしねェでおくか」
喋り方に圧があるというか、校長に対しても遠慮のない喋り方をする人だ。
逆に言えば、それは裏表のない印象でもある。良い悪いは別として、ストレートな性格なんだろう。
「紹介が遅れたが、こいつは学園のオペレーターを統括しているアーロンだ。マルは良く知ってるだろうが、他は機会もないし、初対面だろう」
「アーロン=エリシオっつーモンだ、まーよろしく。……そういやマルが担当したチームだったな。やりやすいとは聞いてるぜ」
「は、はあ。それなら良かったです」
「オペレーターを下に見る奴はマジで多いからな。お前らも、マルを泣かせるようなことがあったら承知しねェぜ?」
「あはは……そりゃもう任せてください」
苦笑しながらイオナが答える。……冗談なのかもしれないが、この人が言うと本気の脅しに聞こえてしまうな。
まあ、実際にマルが悲しむようなことがあれば、めちゃくちゃ怒られそうではあるけれど。
「……で、本題に入らせてもらうが。一番事情に詳しいアイツは?」
「おう、席で待ってもらってるぜ。あっちだ」
アーロンさんは、事情をよく知る人物――つまりバランチームのオペレーターのところへオレたちを案内してくれる。
オペレーターの業務も保留になっていて、仕事をしている人が少ない中、ぽつねんと席に座り込んでいる少年の姿。
あいつの姿は、久しぶりに見た気がするな。
「待たせたな。調査チームが来たぞ、レメディオ」
「……あ――」
俯いていた顔が、アーロンさんの言葉で勢い良く上がり、そしてオレたちの姿が目に入った途端、その表情は凍り付いた。
期待から失望へ……そんな変遷が手に取るように分かる。
「どうして、お前たちが……」
「こいつらが調査チームだ。同期だからって驚くんじゃねえ、校長が決めた人選なんだからな」
「ああ、俺が責任を持って推し進める計画だ。レメディオ、頼りねえと思う気持ちも分かるが納得してくれ。事態は一刻を争う、だろ」
「それは、そうっすけど……」
レメディオとしては、それこそジャンヌさんのようなエキスパートが助けに来てくれるものと信じていただろう。
それが同期のオレたちで調査すると言われたのだから、あまりの落差で納得いかないのも分かる。
実際、プロとなんて比べるのもおこがましいほどレベルは低い。
それでも、やれる限りは全力でやる。その気持ちは負けないつもりだ。
「アニキを助けたいんだろ、レメディオ。……信頼は置けないかもしれねえが、それでも一度オレたちに任せてくれ。全力は尽くす」
「……ダイン……」
レメディオはしばらく逡巡したあと、溜め息を吐きながら顔を手で覆い、
「……どうせ僕には何も出来ない。たとえお前たちにでも、頼るしかないんだよな」
諦めるように、力なくそう呟くのだった。
「よし。早速で悪いがレメディオ、当時の状況をなるべく詳しく説明してくれ。少しでも事前情報がほしいからな」
「はい……。えっと、アニキたちは昨日の午後、討伐依頼をこなすために異世界エイヴスへ向かったんす……」
時折オレたちが質問を挟みながら、経緯の説明は進んでいく。
レメディオの話をまとめてみると、流れはざっと以下のようなものだった。
昨日、バランチームは午後一時ごろに異世界エイヴスへ渡った。昼食を早くに済ませての遠征だったという。
急いで遠征に向かった理由は、討伐依頼を三つも同時に受諾していたからだ。どうもオレたちのチームへの対抗心から、評点を稼ぐべく沢山依頼を請けたらしい。
当然時間はかなりギリギリになることが予想され、チームは焦燥感と戦いながらの探索となった。
三つのうち二つは目標の討伐に成功したものの、その時点で既に午後四時。一つは諦めて帰還すべきというのがチームメンバーの意見だったが、バランは聞き入れなかった。
明日に回すと、複数をこなすためにはまたエイヴスの依頼を追加で請けるしかなくなってしまう。バランはそれが気に入らなかったのだ。
結局、バランたちは引き返すことなくクレイス原生林の奥地へと進んでいった。ちょうどその辺りから、オペレーターのレメディオとの通信環境が悪くなってきたようだ。
レメディオ自身も、そこでもう一度撤退を提案してみたものの、方針は翻らなかった。少なくとも五時までは粘るんだ、というようなことをバランは口にしていたらしい。
そして……五時ごろ。ついに通信は完全に途絶えてしまった。しかも、レメディオが言うには通信が切れる直前、誰かが驚くような声が聞こえたという。
もしかしたらそれは、凶暴な魔物に襲われたゆえの声だったのではないか。レメディオは恐ろしくなり、そこでオペレーター長のアーロンさんに助けを求めた……という次第だ。
「バランのとこはよく揉めてるからな、俺もちょくちょく様子は気にしてた。だから、レメディオが慌ててるのを見て声を掛けてみると……ってワケだ。当然俺はすぐ校長に連絡を入れて、エイヴスとの通信が回復しねえかと原因を調べてみたりもてた。生憎、通信がダメになった理由は分からなかったが」
「アーロンから連絡を受けた俺も、レメディオからの説明は一度聞かせてもらった上で、エイヴスに向かえる人員を探した。ただ、案外動ける奴は少なくてな。今のとこは一人だけ、先んじて現地調査をしてもらってる」
むしろ、一人は実力のある人が調査に向かってくれているのか。それはオレたちにとってありがたいことだ。
「オレたちは、その人と合流して調査にあたればいいってことですね?」
「ああ、そうなる。あいつがいてくれりゃあ、やりやすいだろう」
コーネリア校長が太鼓判を押すような人なら尚のこと安心だ。
とりあえず、初めての任務である今回は勉強の意味合いも兼ねることになるだろう。
全力で取り組みながら、実力あるイマジネーターの仕事ぶりを見て学ぶとしよう。
「準備が出来次第、お前たちはアルカード星書院からエイヴスへ出発してくれ。あいつに連絡は入れておくから、エイヴスの転移門で落ち合えるだろう」
「了解しました。……じゃあ、行ってきます。マル、今日もサポートよろしく」
「ええ、任せてください」
マルはここに残り、今からオレたちをサポートする体制に入る。
今日はオペレーターの数が少ないし、アーロンさんもいつも以上にマルを気に掛けることが出来るだろう。
それがひいてはオレたちの安心にも繋がる。
「頼んだぞ、お前たち」
コーネリア校長の言葉にオレたちは頷き、オペレーター室から出て行こうとした。
……と、そこで、
「――あ」
声を上げたのはレメディオだった。
何か言いたげだが、次が出てこない。
「……その」
拳を握り、眉間に皺を寄せながら……彼は何とか、言葉を絞り出した。
「アニキたちを、助けてあげて……」
「……ああ、必ず連れて帰るさ」
その返事でレメディオの目にようやく希望が戻るのを見て。
オレたちは今度こそ、オペレーター室を去るのだった。




