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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
第一の巡礼 悠久原生世界_エイヴス
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88.過去の傷痕②

 夜の食堂。

 夕食の席に、今日は一人新たな顔ぶれがある。

 これまでオペレーターの仕事が終わった後で食べるからと同席を断っていたマル。

 そんな彼女も、この日ばかりは一緒に夕食をとることを了承したのだった。

 マルの要望で、集まる時間だけは少し遅めの夜七時となった。

 実際、仕事を全部片づけるとそれくらいにはなるというのともう一つ……あまり同期に顔を見せたくないという気持ちが彼女にはあったそうだ。

 マルがオペレーターへ転向したのを知っているのは一部の生徒だけらしく、ほとんどは彼女が辞めてしまったものと思っているのだとか。

 なので彼女が食堂に来ることで驚かれてしまい、そのままオレたちに事情がバレてしまう流れになりそうなのが嫌だったそうだ。


「あんな事件があった後なら仕方ないと、勝手に私が辞めたことになっていましてね。別段、事情を隠したいわけではなかったんですが、隠さないと面倒だったので仕方なくというわけです」

「……大変だったんだな」


 その一言では到底済ませられる過去じゃない。

 目の前で仲間が殺されるなんて……自身も死を覚悟するほどだったなんて、想像もつかない最悪の状況だ。

 かけられる言葉の薄っぺらさに、オレは胸が痛くなる。

 けれど、マルは緩々と首を振った。


「私はこうして生きている。いつまでも塞ぎ込んでいては仲間に申し訳ない、と思うようになったんです。……そうしてくれた人たちがいました」

「それは……」

「ジャンヌさんであり、コーネリア校長であり……そうですね、一番大きかったのは私をオペレーターに誘ってくれた――」

「……あくまで僕は、誘っただけだよ」


 そこで、入口の方から声が飛んできた。

 少し驚いてそちらを見ると、二人の上級生の姿が。

 一人はユベールさん、そして今喋っていたもう一人は……トーマスさんだ。


「……トーマスさん」

「やあ。ここに集まっているのがマルの所属チームの子たちというわけだね。部活の勧誘会で見た顔もあるな。……で、きみがリーダーのダイン君か」

「あ、ええ……そうです」


 落ち着いた――ともすれば冷めたとも感じられるようなトーンで、彼は話しかけてくる。

 オレが答えると、


「まあ、癖は強そうだけど良いチームのようだね。マルと上手くやってくれていて、こちらとしても嬉しい」

「いや、オレたちも本当に助けてもらってるんで。ありがたい限りですけど……」


 何というか、マルの保護者みたいな口振りだ。

 不愛想ながら、彼女を大事に思っていることはとりあえず伝わってくる。


「あの……トーマスさんはどうしてこちらに? 普段は一人で食べていると思うんですが」

「うん。こっちのユベールが、ジャンヌさんを見たと言ってくれてね。少し気にかけていたところに、キャンパス内を歩いているマルとチームの子らを見つけたものだから、おおよその事態を理解したというわけ」

「ジャンヌさんを見かけるのは珍しいからね……思わず誰かに話したくなったのさ……」


 それは構わないが、だとするとユベールさんがここにいる意味までは特にないな。

 大方また、インスピレーションがどうとかで付いてきたんじゃなかろうか……。


「流石にジャンヌさんとした話の中身までは知らないけれど、イレギュラーとかいうヤツが絡んだ一件については、皆に話したんだね」

「ええ。必要と判断したので」

「きみがそう言うなら、そうなんだろう」


 表情を変えることなく、トーマスさんは話す。

 部活勧誘会のときも同じような雰囲気だったし、これが彼のデフォルトなんだろうな。


「ええと、トーマスさんがマルをオペレーターに誘ったんですか?」

「そうだ。元々僕はイマジネーターとしての適性が無く、入学早々オペレーターに転向していたからね。マルとは少なからず交流もあったから、きみさえ良ければやってみないかと誘ったんだ」

「なるほど……もしかして、マルが所属するチームのオペレーターを務めていたとか?」


 そのエスカーの問いには首を振り、


「いいや、僕は別のチームのオペレーターになった……彼女がいるチームには入れなかったんだ。仲の良くない、双子の兄がいたから」

「……お、お兄さんが……?」


 イオナが驚愕の表情を浮かべる。

 何故ならそれは、一つの悲劇的な答えを指し示すものだから。

 マルが所属していたチームに、トーマスさんの兄がいたのなら、その人は。


「フォルカ=ディディ。僕とは違ってイマジネーターとしての才能に恵まれた人でね。どんどん強くなって、どんどん活躍してやるんだと息巻いていた。悲劇がその慢心ゆえのことだったかは何とも言えないけれど……結果として兄は死んだ。多くの仲間の命をも巻き込んで」


 そして、マルだけが生き残った。

 トーマスさんが、お兄さんの活動方針ゆえ悲劇が起きたと思っているならば……マルのことを気にかけるのも無理はない。

 恐怖を植え付けてしまったことへの、何か償いをしたいとこの人は考えたのだ……きっと。


「……まあ、そういう経緯で私はオペレーターになりました。正直なところ、本当に辞めてしまおうか一時は悩みましたが、それは逃げてしまうようなもの。私の中にはまだ、戦いたいという気持ちが残っていました。一つでも多くのものを護る、そのために学園へ入ったのだという気持ちが。だから……トーマスさんの手を取ったんです」

「強い子だなと思ったよ。そして手を取らせたからには、オペレーターとして前を向けるようにしなきゃという責任も感じた」

「若干過保護気味ですけどね。無理やり部活にも入らされましたし」

「って、そんなこと思ってたのか」

「読書は好きなので、いいんですけどね」


 ああ、それじゃやっぱり部活勧誘会で文芸部のブースにいたのはマルだったわけだ。

 見知った顔が見えたと思ったのは気のせいじゃなかったらしい。

 しかし、マルの話を聞く限りトーマスさんは、クールな印象の割に義理堅いというか、とても責任感の強い人だと感じた。


「……それで。きみが過去を明かすことになったのは、やはりジャンヌさんが関係しているのかな」

「はい。実は――」


 マルはトーマスさんへ、今日あったことを簡潔に説明する。あれだけ色々あったのをものの数分にまとめられるところに、やはり彼女の聡明さを感じられるな。

 トーマスさんも、特に口を挟むことなく最後まで聞き終え、その一度だけで全てを把握したようだ。やはりオペレーターたるもの、頭脳明晰でなければやっていけないのだろう。


「……イレギュラー案件の対策チーム、か。僕らも講義や訓練の中で教わったことじゃないし、学園内でもイレギュラーという存在は積極的に周知されては来なかったようなんだけど。上の人間だけじゃ対応しきれなくなってきたということの現れかな」

「僕たち、イレギュラーに遭遇したことはないからね……一度はまみえてみたいという気持ちもあるけれど……」


 二人とも、イレギュラーの対応経験はないらしい。ジャンヌさんも人手が足りなくなってきたと話していたし、これまでベテランだけで内密に対処してきたのが間に合わなくなってきた、という可能性は高そうだ。

 

「僕たちが口を挟むわけにもいかないだろうけど、それは実際リスキーな提案に違いない。……マル、きみにとって最善の選択になることを僕は祈っている」

「……ありがとうございます、トーマスさん」


 マルはトーマスさんにペコリと頭を下げた。


「さて、話し合い中のところお邪魔したことだろうし、僕たちはそろそろ退散させてもらうとするよ。皆、どうかこれからもマルと仲良く活動を続けてほしい」

「そりゃもちろん。……それじゃ」


 別れの挨拶をして、トーマスさんとユベールさんは帰っていった。

 野次馬気味だったユベールさんは最後に、君たちこそ英雄の器だとか何とか口ずさみながら。……相変わらず自由な人だ。

 再び六人に戻ったオレたちは、改めて向き合う。

 イレギュラーと戦っていくことの是非について。


「……ボクは正直、怖いなってところはある。戦ったイレギュラーは強かったし、マルのチームを襲った奴はもっともっと強いんだろうし」


 でも、とルカは続ける。


「自分がイマジネーターを目指したきっかけが、過去の思い出の中にあるわけでさ。ジャンヌさんが同じようにイレギュラーと戦って、世界を護ってるっていうなら……ボクもその道を追いかけたいって気持ちもあるんだ」


 彼女が吐露する思い。

 それは、奇しくもオレと同じ思いだった。


「オレも、ジャンヌさんに憧れたのがきっかけの一つだしな。あの人に素質を見出されたなら、応えたいと思ってはいる。ただ、その思いだけで皆を巻き込むのはもちろん本望じゃないが」


 皆はどうなんだ、という風にオレはそれぞれの顔を窺う。

 オレとルカは前向きだが、後の四人はどんな考えを持っているか。


「……俺は構わないよ? 成績の面でも能力の面でも、他の同期に差を付けるチャンスだしね」


 エスカーは特に迷うことなく賛成の意を示し、


「私は、そうねえ……ここでイレギュラーと戦わない道を選んだとしても、いずれは大きな問題になる気がしてるわ。人手不足に陥るほどなら、有事の際に結局駆り出されることになりそうよね。それを踏まえると……という感じ」


 フェイは明確な答えを避けたが、参加しないよりは参加した方が先々のことを考えるといいのでは、という見解だった。


「……私も、参加したい。異世界の危機とは言っても、いずれはこの世界の危機にもなり得るわけだし、だったら私が戦わなきゃって思いがあるんだ」


 イオナの言葉は力強い。

 その裏にある事情をこの場で知っているのは、本人以外にはオレだけのはずだ。

 預言者として生まれた彼女の、過酷な運命。

 定められた死から逃れるために必要な『夜明け』……。

 戦い続けてやるんだという、彼女の言葉が蘇る。

 その宣言通りに、彼女は進もうとしているわけだ。


「……はあ」


 溜め息を吐いたのは、マル。

 意思を表明していないのは、あと彼女だけになった。


「勇敢というか、命知らずな方々ばかりですね。もっと嫌がるものかと思っていました」


 イレギュラーの恐怖を、この中で最も知っているのはマルに違いない。

 だから、オレたちが命知らずと評されても反論は出来なかった。

 彼女が死の間際に立たされた道を、あえてオレたちは歩もうとしている。

 それは確かな事実だ。


「……でも」


 彼女は俯き加減になって、呟く。


「立ち止まりたくないのは、私も同じですから。オペレーターになったのも、志を貫くため。世界が平穏であるよう、護り続けるため……それなら、イレギュラーという問題から逃げる理由はありません」

「……マル」


 彼女の過去を知り、彼女の心を知って。

 オレは彼女を……とても強い子だなと、尊敬した。

 全く、このチームは出来た奴ばかりが集まったものだ……オレの立場が無い。


「フフ、どうやら割と早く答えが出ちゃったみたいだねえ。いいんじゃない? 俺たちならやれると思うよ」

「……そうだな。フェイの言っていたように、イレギュラーはいずれイマジネーターが向き合わなきゃならない問題な気がする。なら、先送りするよりは真正面から突き進む道を選ぼうじゃねえか」


 それが、オレたちの結論。

 さあ行こうと差し伸べられた手を取る選択。

 進む先がたとえ茨の道であれ。

 その茨は、オレたちを強き人間にしてくれると信じて。


「……じゃあ、明日にでも答えをコーネリア校長へ伝えに行くとしよう。長い会議になっちまったし、今夜はこれでお開きだな」

「結論が早くて、校長もビックリするかもね」


 ルカが笑い、それに釣られるように皆も笑う。

 ……とりあえずは良かった。この選択が、チーム全員の意思に沿うものであって。

 そしてオレたちは解散し、各々の部屋へと帰っていった。

 胸の内に、きっとそれぞれの思いを秘めながら……。

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