86.対策チームへの任命
異世界の危機に際して出現する存在、イレギュラー。
通常の魔物よりも強力だというのは身を以て理解したが、ジャンヌさんの言い方だと、ただイレギュラーを討伐するのが目的ではなさそうだ。
イレギュラー案件に対応出来るスペシャリスト……それは換言すれば、イレギュラーが発生するようなワールドスクリプトの調査・保全活動を行える人材ということになるのだろう。
「あ、あのおー……聞く限り凄く名誉なことだなあとは思うんですけど、ボクたちにはちょっと力不足じゃあ?」
「俺もリスクが大きいなと思いますね。どうして新入生なんです? ある程度イマジネーター活動に慣れた上級生の方が適任でしょう」
ルカの怖気も、エスカーの指摘も両方頷けるものだ。
なぜ計画の対象チームとして、あえてオレたちに白羽の矢が立ったのだろう。
「もちろん、上級生に対しても今後イレギュラー案件への対応について指導を強化する予定としている。その上で、入学段階から養成することでより多くの経験を積み、しっかりと活躍していける人材を形成するための『カリキュラム』を確立させたいってわけだ。お前たちに期待しているのと同時に、それが一つの教育計画として未来へ繋がっていくことにもまた期待してるんだよ」
コーネリア校長は、オレたちの目を真っ直ぐに見つめながらそう説明をくれた。
人だけでなく、道筋もまた創り上げていく……か。そんな風に言われてしまうと、なるほどなとは思ってしまうけれど。
「やっぱり、私たちなんかで大丈夫かしらというのはありますねえ……」
「……だな。イレギュラー一体倒すだけで、割とハラハラしちまったし」
ジャンヌさんの言うカリキュラムに参加することになれば、イレギュラーが発生次第優先して討伐指示が下されるのは確実だ。
エスカーがさっき指摘したように、オレたちへのリスクが大きいし……今のところ、それに見合う大きなメリットは提示されていない。
「私たちに、何らかのメリットはあるんですか?」
ちょうど、その点についてイオナが聞いてくれる。
すると、ジャンヌさんは待ってましたとばかりに大きく頷いた。
「フフ、イレギュラー案件を受け持つのは他のイマジネーターよりもハイリスクなことだ。なので当然、評価や報酬について頭一つ抜けたものになるのは保証しておく……尤も、きみたちの頑張り次第なのは変わらないが。それから、今後の学費についても継続する限りは免除させてもらうつもりだ。優秀と判断されて参画するわけだからね。まあ、これは元々特待生で入ってきた者には寄与しないし、補填は考えておくつもりだ」
学費の免除、というのは率直に言って魅力的だった。
我が家の資産についてそれほど詳しいわけじゃないが、父が遺したらしい資産だけで一生過ごしていけるわけでもないだろう。
アトモス学園の学費は馬鹿にならない金額だし――確か年間で百万ペンドくらいはかかったはず――それが無償になるならメリットは非常に大きい。後付けの特待生、といったところだな。入学時の成績で既に特待生だった者……つまりイオナにとっては確かに現状無意味だが。
「また、緊急で任務が入った場合は講義を受講出来なくなることもあるだろうが、当然特別対応は取らせてもらうよ」
「具体的には?」
「講義の内容をまとめた資料は必ず配布するし、必要があれば個別での講義も行おう。遅れを取り戻すサポートは惜しまない」
無条件に成績を底上げしたり、試験をパスさせてもらうということまでは流石に無いらしい。まあ、完全免除だと他の生徒が不公平だと声を上げるのは間違いないし、支援策としてはその辺りが無難なところか。
「そして一番のメリットは、イマジネーターとしてある意味最も重要なことだと言えるだろう」
「……それは?」
イマジネーターにとって、最重要なこと。
ジャンヌさんはその答を、オレたちへ提示した。
「世界を救う英雄になれる――ということさ」
――世界を救う。
確かに、イレギュラー絡みの問題を解決するということは、それが出現する異世界を救えるということだ。
やがてロウディシアにも危機が波及する可能性があるならば、異世界の救済はロウディシアの救済にも繋がる。
全ての世界の救いとなり、命を護り抜く――それは、イマジネーターの本懐に相違なかった。
「英雄――か」
言葉の響きだけは魅力的だ。
けれど、オレにとって英雄なんてものは憧れるまでの存在であって。
いざ君が英雄になるんだと言われても、はい喜んでとは答え辛いもので……。
「あの……決めるのは早い方がいいんでしょうけど、流石に少し時間をくれませんか? いきなり重要な決断を迫られても、入学したてのオレたちには判断の難しいことですし」
皆もそうだろうと、オレは左右の面々を見やる。
イオナは黙り込んで動かないまま、ルカやエスカー、フェイは神妙な面持ちで頷いていた。
「ああ、もちろん。これはきみたちの今後を左右する大きな選択になるわけだからね。全員の意思をきちんと固めた上で決めてほしい――そう、全員の」
そこでジャンヌさんは、何故かちらりと入口扉の方に目を向けた。
……その仕草で遅れてオレも気付いたが、扉の向こうに人気がある。誰かが入ってこようとしていたようだ。
「……来るのは予想済みですか。貴方ほどの人なら当たり前なんでしょうけど」
女の子の声。
それも、オレたちが聞き馴染みのある声だった。
いつもはテスタマイザーを通して聞いている、あの子の……。
「きみにとっても重要なのは同じからね。だから、顔を出すとは思っていたよ」
ガラリと扉が開き、その姿がオレたちの前に露わとなる。
「……はあ。本当に――何でも見透かされているような、油断ならない人ですね」
彼女は気だるげな溜め息を一つ吐くと、ジャンヌさんにそんな言葉をぶつける。
オレたちを学園内からサポートし続けてくれている、陰の立役者。
オペレーターのマル=ペトラがそこにいた。




