85.擬骸――イレギュラー
「さて――改めて自己紹介させてもらうとしようかな」
B棟一階の会議室。誘導されるまま辿り着いたこの部屋で、オレたちは金髪の女性イマジネーターと向かい合って座っていた。
そして、何故か彼女の隣にはコーネリア校長も同席している。入学式のときに見せていた威厳ある顔つきとは打って変わり、落ち着かなさそうな様子だった。
「私の名はジャンヌ=リブラ。このアトモス学園で特別顧問を務めさせてもらっている、れっきとした現役イマジネーターだ。初めましての者もそうでない者も、まあよろしく頼むよ」
ジャンヌと名乗った彼女は、オレとルカが幼少期に出会った時と変わらぬ姿でそこにいる。
だから、間違えようはずもないのだが、あれから十年近く経った今でも容姿がまるで変わっていないというのは不思議に思えた。
ルカはと言えば、さっきから呆然としたまま何も喋れていない。
憧れのヒーローに会えたようなものだから、その気持ちは良く理解できた。
現にオレも、口数は明らかに減っている。
「ジャンヌさん、ね。その昔ダインとルカを助けたイマジネーターらしいけれど、ほぼ十年前のことなんですよねえ? 未だに現役ってのが信じられないな」
「こちらのコーネリア君も現役なんだから、有り得ない話じゃないだろう? 驚かれるのは無理もないが」
「校長を君付けで呼ぶって……貴方、いくつなんです?」
「……フフ、女性に軽々しく年を聞くもんかい?」
流石のエスカーも、そこですぐにまずいと思ったらしい。
何でもないですと言ったきり、それ以上年齢について追及することはなかった。
……上級生のメイトさんも同じようなことを言ってたし、マジで女性に軽々しく年齢を聞いちゃいけないと思う。
この人も長命種の血を引いてるとかそんな感じなんだろう……多分。
「……ふう。この方――ああいや、ジャンヌさんは正式にアトモス学園の教官ってワケじゃない。非常勤というか、必要に応じて生徒の面倒を見てくれってスタンスだ」
「じ、自由なんだね……」
「彼女は彼女で、忙しくしてるからな」
ルカがその待遇に驚くのに、コーネリア校長はそう補足をする。
忙しくしてる、か。イマジネーターとしての適齢はどう考えても過ぎているはずなのに、その活動が今も忙しいというのにはオレも驚きだ。
あのとき魔物を一瞬で倒してしまった力。今もまだ、その強さに衰えはないのだろうか。いや、流石に十年近く経っているのだし、少しは陰りもみせていそうだが……。
「いやしかし、あの時助けた少年少女がこうしてイマジネーターになっているのは感慨深いものがあるよ。オマケに、新入生の評点トップになっているとは」
「は、はあ……ありがとうございます」
幼少期は助けられた際にほんの二言、三言話しただけだったし、ジャンヌさんの人となりまでは知る由もなかったが、こうして対談してみると、快活で良く喋る人だなあと思う。緊張しているせいもあるけれど、終始圧倒されてしまっていた。
「こういう再会になったのも、何かの巡り合わせなのかもしれないね」
ジャンヌさんはそう言って、不敵に笑う。
「……ええと、ジャンヌさん。結局私たちはどうしてここに?」
「うん。イオナ君や他の皆も気になっていることだろうし、そろそろ説明に入らせてもらうとしようか」
そう言うと、ジャンヌさんはおもむろに席を立ち、会議室内をゆっくりと闊歩しながら説明を始めるのだった。
「もうお察しとは思うけれど、あの特別依頼を出したのは私だ。新入生の中で最も優秀と思われる者たちに、あの特殊な存在の討伐を試みてもらうためにね」
「あの魔物……確かジャンヌさん、イレギュラーと仰っていたかしら」
フェイがその名称を出すと、ジャンヌさんはにこやかに頷いて、
「ちゃんと覚えてくれているね。そう……あれはただの魔物ではなく、イレギュラーと呼称され区別されている、全くの別存在なんだ」
……魔物ではない、全くの別存在?
確かに普通の魔物とは違うな、という印象は持っていたけれど、違う存在というのはどういう意味なのか。
どちらもマナの歪みによって発生した悪しき生命体というのではないのか。
「魔物とは、数限りなく生まれゆくものの中に、僅かな歪み、異常が発生してしまったために発生する『不良なもの』。ゆえに魔物は本質的に暴力性を有しているし、人の営みに害を為すことになるために私たちは日々これを駆逐している」
最低ランクの魔物には有益とされる個体もありはするが、正確なところは害にならないという表現が正しい。
暴力性を発揮するだけの力が無いから、ごく一部の低ランク魔物は人々の生活に利用出来ているのだ。
「対してイレギュラーはね、発生の過程がまるで異なっている。あれらは全て――元は何らかの正常な生命体だったものなんだよ」
「……え?」
元は何らかの正常な生命体だった?
それって、つまり……。
「植物や動物など、魔物ではなく普通の命として在ったはずのものが変質し、歪で破壊的な生命体に成り果ててしまったもの……それがイレギュラーだ。そして、変質するものの中にはもちろん――ヒトも含まれている」
人間が――変質する。
耳を疑うような話に、オレはそれを素直に受け入れることが出来なかった。
冗談ですよね、と笑いたくなるような……しかし、そんなことすらも出来ず。
ただ、重くなっていく場の空気に呑まれて黙り込むしかないのだった。
「……どうして変質なんてコトになるんです? 俺たち、今日まではそんな存在に会ったことも無かったワケですけど」
「ああ、イレギュラーというのは滅多に発生することのないものだからね。その存在自体、あまり公にされていないくらいだ」
実際、イレギュラーなんて存在については一度も聞いたことがなかった。
イマジネーターやコンストラクターが倒すべきなのは魔物と、ただそれだけを教えられてきたのだから。
「公にされてないのにも理由がある。そも、この世界の一般人は知る必要のないことだからな」
コーネリア校長が物憂げな表情で言い、その後をジャンヌさんが引き継ぐ。
「イレギュラーは世界からの警告……いやむしろ、悲鳴のようなものか。奴らが生まれてしまうということは、その世界に何らかの異常が起きていて、下手をすれば世界の存亡すら左右する危機に瀕している――ということになるんだよ」
「世界の、存亡すら……?」
じゃあ、オレたちが向かった異世界エイヴスにイレギュラーが発生したのは。
あの世界に、どういうわけか滅びの兆しがあるからだ、と……?
「そう。君たちも、ワールドスクリプトに危険度のカテゴリがあるのはもう知っているだろう。その中の『終局』とは、既に星が滅びを迎えようとしていて、何の手立てもない状態のものを言う。この状態に至る可能性がある世界に、イレギュラーは発生するんだ」
これがもしも、ロウディシアで確認されようものなら阿鼻叫喚の事態になるのだろうが、幸いにしてイレギュラーはワールドスクリプト以外で確認されたことはないという。
だから、ロウディシアに生きる人たちには、イレギュラーという存在は知らされないわけだ。
あくまでそれは、ワールドスクリプト内で発生するものでしかなく。
国民に不安を与えてしまいかねない余計な情報は、伝えなくていいのだと。
「イレギュラーという存在については、一部のイマジネーターおよび国の要職に就く人物には周知されていて、ワールドスクリプト保全のために発見次第対応し、当該世界にどのような異常が起きているのかを調査せよというのが定められている。ここでようやく発表出来るんだが、私の仕事は主にそういうものでね」
要するに、ジャンヌさんは魔物討伐という一般的なイマジネーターの仕事を行っているのではなく。
イレギュラーが絡んだ異世界の危機に対処していく特殊な役割を担っている――そういうことなのか。
なるほど、忙しくしている理由も、世間に認知されていないのも納得だ。よもや異世界を救うスペシャリストだったとは。
「……ねえ、ボクたちにそのイレギュラーってヤツの討伐依頼を出したってことは」
「私たちに、それを倒す実力があるか測りたかった……ということですよねえ……」
戸惑いながらもそう呟くルカとフェイ。
……オレたちにイレギュラーを倒せるかどうか確かめたくて、ジャンヌさんは依頼を装い試すことにした。
それが示唆するのは、やはり。
「うん、理解が早くて助かるよ。実のところ、イレギュラー絡みの問題対応には人手が足りなくなってきていてね。その根底には、人材育成の意識が魔物討伐だけに向いてしまってることがあるんじゃないかと最近言われ始めているんだ」
「お前たちも戦ってみて痛感しただろうが、イレギュラーはそんじょそこらの魔物より強力だ。だから経験を積んだイマジネーターでも、イレギュラーの対処には二の足を踏むことが多い。そこから異世界に起きている危機を調査する、なんてややこしいことも頼まれかねないなら余計にな」
「しかし、イレギュラー対処を忌避する者ばかりでは、異世界が次々滅んでいってしまうだろう。……そんなことにならないため、私のようなエキスパートを今後増やしていく必要がある。ここまで言えば、その先はもう分かるね?」
挑戦的な笑みを浮かべ、ジャンヌさんはオレたちに投げかける。
ああ――そりゃもちろん、これだけ説明されてしまえばオレたちに求められているものは明白だ。
だけど……まさか、こんなにも早い段階で決められるものなんだろうか?
せめて、一年くらいは普通のイマジネーター生活を送ってみて判断するとかでもいい気がするのだが……。
「アトモス学園は本年から、イレギュラー案件に対応出来るスペシャリストの育成計画を推し進めていく。君たちには、その栄えある第一号になってほしいんだよ」
光栄なような、恐ろしいような。
それは未知なる領域へとオレたちを誘わんとする、宣言なのであった。




