7.悪夢の目醒め
「だ、大丈夫か!?」
俺は急いでイオナちゃんの元へ駆け寄る。
勢いよく吹き飛ばされた彼女は壁に叩きつけられており、外傷はないものの打撲が酷いようだった。
見た目には分からないが、骨が折れているかもしれない。彼女の表情には苦悶が浮かんでいる。
「に、逃げて……」
「んなこと出来るか!」
幸い、ガーゴイルは自己回復のようなことをしたわけではなさそうだ。傷口は変わらず開いているし、未だ立ち上がれずにいる。
ヤツが動けずにいる間に、何とかイオナちゃんを連れて逃げるか、或いは誰かが応援に来てくれればいいのだけれど……。
「くそっ、一人か二人くらい、戦えるヤツが来てくれたりしねえのかよ……!」
ここは天下のアトモス学園だというのに。
イマジネーターが大勢いるはずのこの場所に、けれどもまだ助けが来ない。
……いや、考えが甘いか。勝手な行動をしているのはこちらなのだ。
その上で助けてなんて願うのは、都合が良すぎるのかもしれない――。
「……ダインくん」
「何だ……?」
「きみに、これを……」
イオナちゃんはそっと、手に持っていたものをオレに差し出してくる。
それは……さっきまで光の杖と化していたブースター。
今は力を失って、元の本とペンに戻っている。
「おい、それってもしかして……」
「物は試しって、ヤツだよ……」
イオナちゃんはそう言ってにこりと笑うが、すぐ苦しげに顔を歪める。
……畜生、こうなった以上選択肢なんて他に無し、か……!
「ああ、こうなりゃヤケだッ!」
もうどうにでもなれと、オレはイオナちゃんからブースターを受け取った。
そして必死に念じる。どうか俺の心を形ある力に変えてくれ、と――。
「……って、何にもならん!」
「使い方! えっとね……ただ念じるんじゃなくて、ブースターに魔力を込めて自分とのパスを作るの。そうすれば、ダインくんの心象世界を読み取って変化してくれる、はず……!」
「魔力だって……!?」
要するに、魔法を使うときのようにしなければいけないのか。自分とブースターの間に魔力の道を作る、というのは理解しやすい説明だ。
ただ、魔法か……昨日まで一般人だった人間には、それとてほとんど経験がない。学校の授業で軽く風を起こしてみるとか、その程度のことしかやらないのだし。
集中……魔力をこの手から、ブースターへ。
道を開いて、オレのこの心を読み取らせる。
どうか、頼む。
ぶっつけ本番でも、上手くいってくれ――!
――何だ?
ふいに、世界が白く包まれた。
さっきまであった何もかもが消え去り、ただどこまでも白い空間だけがあった。
音もなければ、誰かの気配もない。目の前にいたイオナちゃんも、背後で敵意を剥き出しにしていたガーゴイルも、ここには存在し得なかった。
ここは……。
心象世界。その言葉がすぐに浮かんできたが、それにしては殺風景に過ぎる。
だって、オレにそういう世界があるなら、きっとあの悪夢のような光景だと思ってきたから。
悪夢を形と成し、そこにどんな意味があるのかを見定めたい……オレがイマジネーターを目指したのには、そんな理由もあるのだ。
だから、何もないという最低なオチだけはあってほしくない。それって多分、才能が無いということに違いないのだから……。
「……あれは」
見つめる先、前方の遠いところに何かがあった。
オレは恐る恐る、そちらへ近づいていく。
歩を進めるごとに、それは大きさを増していき。
眼前にやって来る頃には、自分の身長の三倍ほどの大きさになっていた。
それは、門だった。
上部がアーチ状になった外枠は重厚な装飾が施されているけれど、扉自体は粗末な木製で。
もしも蹴破ろうとすれば、いとも簡単に壊せてしまいそうな、両開きの門。
木板同士には隙間がなく、先にあるものは見通せない。
後ろ側を覗き込むことは可能で、そちらも全く同じ形状はしていたけれど……だからといって、この門が見た目通りの意味しかないとは思えなかった。
ここが心象世界なら、きっとこの門は何処かへ繋がっている……そんな気がする。
「……ふう」
扉に指を触れ、息を整える。
そして、ゆっくりとそれを開こうとした。
……しかし、一見脆そうに見える扉は、ピクリとも動こうとしない。
ああ、見た目通りじゃないとつい今しがた思ったばかりじゃあないか。
「開け……っ!」
手を突き出し、今度は強く念じてみる。心の力が具現化されるなら、やはり一番大事なのは心のはずだと考えたのだ。
それでもやはり、扉は動かない。ただ虚しく、オレの言葉が白い世界に響いただけだった。
「開けってばッ!」
いよいよムカついてきたオレは、力の限りその扉を蹴り抜いた。
ドスン、という鈍い音はしたものの、成果は無し。自分の足が痛くなっただけでむしろマイナスだった。
「……はあ」
どうしてオレは、こんなことをやっているんだ。
大人しくルカくんと団体行動をとっていれば、こんなことには巻き込まれなかったのに。
何だかんだ、オレはいつもそういうところがある。
人見知りだって言っておきながら、困っているヤツにそっぽを向くことだけは、どうにも出来ないんだ。
それで結局、自分が損をする。
――でもなあ。
さっきもイオナちゃんに言ったが、やっぱり寝覚めが悪くなりそうなんだ。
いつものように見る悪夢が、更に輪をかけて酷くなっちまいそうで。
そればっかりは嫌だなあと思って、ついつい首を突っ込んでしまう。
本当に、厄介な性格なもんで……。
「――お……?」
自己嫌悪で目を瞑っていたのだが、瞼を開くと扉に変化が生じていた。
驚くほどの変化、というわけではない……ただ、明確に変わったことはあった。
扉の奥から、黒い靄が漏れ出てきているのだ。
もしかすると……。
――悪夢、か。
オレはもう一度目を閉じ、瞼の裏にあの光景を蘇らせる。
闇に満たされた世界、降り注ぐ隕石、そして裂けていく大地……。
最早見慣れた終わりの光景を思い起こしながら、ゆっくりと扉に掌を向ける。
――ああ、分かったぜ。
「――門を開く者!」
オレがその力の名を宣言すると。
白い世界は忽ち黒く塗り潰され――そして砕け散った。




