83.其れは、正体不明の②
「闇属性の攻撃が来たら必ずオレが防ぐ! 他もなるべくカバーするから、焦らず動いてくれ!」
オレがそう号令をかけ、メンバーは各々の得意とする位置で魔物にターゲッティングする。
エスカーは左に、ルカは右に。フェイ二人を支援するため、少しだけ前に出てくれた。
オレは詠唱を続けるイオナの前にぴったりとつく。
あの魔物は魔法も操るし黒い光線も放ってくる。距離が開いていようが全く油断は出来ない。
「――パワーゲイン」
フェイが前衛二人に補助魔法をかけ、エスカーとルカは同時に敵を攻め立てる。
無数の氷刃が注ぎ、それを回避したところに拳が飛ぶ。
だが、そんな連携を魔物は紙一重で躱しきった。……ともすればそれは軟体動物かのような動きで、ヒトガタの魔物が身を捩らせて攻撃を避けるさまは実に奇怪だ。
「――フラッド!」
フェイが水魔法を放つ。以前攻撃魔法を使ったときも同じものだったので、彼女の適性はきっと水属性なのだろう。
遠方からの攻撃には反応しきれず、魔物は圧縮された重たい水流をモロに喰らう。
その肉体の強度ゆえ、あまりダメージにはなっていないようだったが、体は水浸しになり、地面に水が滴った。
「いいね……!」
エスカーがそれを見てニヤリと笑う。
「――氷蝕」
技を発動させた瞬間から、水がどんどん凍っていく。
地面から魔物の足、そして体へと上っていき……上半身まで氷の膜が張ったようになった。
昨日エスカーが話してくれた、水を氷に変質させる力。ここでその使い時がやってくるとは。
『***……!』
体を凍り付かされた魔物は呻き声を上げ、力任せに氷を砕こうと試みる。
氷は大した厚みがあるわけでもなかったので、魔物の剛力によってものの数秒で剥がれ、バラバラと地面へ落ちていった。
けれど、その数秒を稼げただけでも大きい。
「そこだあっ!」
動きの止まった魔物目掛けて、ルカの飛び蹴りが炸裂した。
逃げようのなかった魔物にそれはクリーンヒットし、大きく仰け反って倒れ込む。
ズシン……という轟音とともに、辺りの落ち葉がばさりと舞った。
……そして。
「――アウレオール!」
イオナの光魔法がようやく発動する。
眩い光の輪が魔物を拘束し、その体を浮かび上がらせ――瞬時に収縮した。
『****ッ!!』
耳を塞ぎたくなるような悍ましい叫び。
だが、叫びを上げるのは効いているということだ。
魔物の体からは黒煙が立ち上り、焼け付くような音も聞こえてきた。
『*****……!!』
光輪は魔物を切断してしまいそうなほどに小さく集束していく。
このまま行けば倒せるかと一瞬思ったが、それは油断だとすぐに頭から追いやった。
まさにその直後、魔物は最期の抵抗とばかりに口を大きく開く。
やはり、使ってくるならその技か――!
「うおお……ッ!」
オレは正面切って魔物に迫っていく。
撃ち出される黒の光線。それを軽々盾で防ぎつつ、そのままひたすら前進を続ける。
Sランクの耐性があれば、こんなものは障害になどならない。
この一撃で、終幕だ――。
「はああぁあッ!!」
光線を防ぎ切ってから高く跳び上がったオレは、武器を瞬時に大剣へ切り替えると、魔物を頭から斬り裂いた。
スッパリと両断された魔物は、声にならない音を発し――そして、黒々とした霧のようなものを噴き出すと、ドサリと崩れ落ちて動かなくなった。
……倒した、のだ。
謎めいた凶悪な魔物を、オレたちは……。
「やったー! 私たちの勝利だ!」
「おっと――」
イオナが満面の笑みとともに駆け寄ってくる。
前にもあった展開だ――と身構えたところで、
「さっすがダイン! やったねっ!」
「おわっ!?」
まさかの横からルカが突撃してきた。
想定外の衝撃だったので、オレは押し倒されるような恰好になったし、イオナの両腕は空を切る。
「ルカさん?」
「何ですか、イオナさん?」
……何やってるんだ、一体。
「アハハ、リーダーって辛い役職だねえ」
「そういうことでもない気がするけれど……」
エスカーとフェイは高みの見物といった状態だ。
どっちかを押さえてくれても良かったんじゃないか?
「はあ……とにかく、無事に魔物は倒せたんだな」
「だね。ひょっとしたらダメかもとは思ってたけど……」
ルカは言いながら、両断された魔物の死骸を見つめる。
死したその肉体は、黒と紫の斑模様のまま固まっていた。もう気味の悪い変色をすることもない。
「……異様な魔物だったね」
「ああ。そもそも魔物なのか? こいつ」
「マル、倒したところで何か情報が出たりはしないもんなの?」
エスカーが訊ねるのに、
『……残念ながら。既知の魔物ならデータバンクから参照されるものですが、これは情報のないものです。死骸を持ち帰って専門家が調査すれば、新たに追加はされるかもしれませんが……』
マルの言葉は妙に歯切れが悪い。
この魔物に対して、そういう情報の追加があまり意味を成さないと確信しているかのような……。
「ふうん……? まあ、無いなら仕方ないか。しかし、そんなものが特殊個体として依頼に出てくるのもねえ」
「裏はあると思ってるけどさ。校長あたりがオレたちの力量を測ろうとしてるとか」
「俺もそんなことじゃないかとはね。ちょっと回りくどいけど」
肩を竦めながら、エスカーは苦笑する。
オレたちの予想していることが事実だとしたら、その真意はどこにあるのだろうか。
「……戦利品の回収は出来るのか、と」
オレはテスタマイザーの戦利品回収を起動させる。
すると、システムは特に問題なく作動し、魔物から一つのアイテムを収集した。
『変質したマナ結晶:1個』
……これもまた異様なアイテムだ。
「売れるようなシロモノなのかね、これ」
「ま、サンズさんに聞いてみるしかないでしょ」
ルカの言葉は尤もだ。買い取るかどうかはカインズ商工会が決めることなのだし。
もしかしたら、貴重な素材だったりするのかもしれない。
「ところで、怪我は大丈夫か? ルカ」
「うん、フェイの治癒魔法で全快。そこまでじゃないよ」
「そっか、良かった」
魔物から手痛い一撃を喰らったのは、入学式のアレを除いてはこれが初めてだったが……大したダメージじゃなかったのは幸いだ。
未知の魔物相手に、それも中々の強敵相手に善戦したとは思う。
「とりあえず、討伐依頼はこれで完了だ。気になることは多いけど、やることは終えたし学園へ帰るとしよう」
「そうだね。何だったら校長を問い詰めてみてもいいし」
流石にそれは無謀だろ、エスカー。
「……黒の魔物、か」
戦利品の回収とともに塵と化した魔物……そいつが倒れていた場所をちらと見やる。
対峙したときに感じた拒絶感。あってはならないと思える存在。
あの魔物を倒すことには、何か意味があるのだと。
根拠はなくともオレは、そんな風に直観していたのだった。




