75.イオナという存在②
女神イオナの生まれ変わり。
彼女が女神と――セラフィス教会と何らかの関わりがあることは、何となく予想していた。
イオナという名前、見たことの無い桃色の髪……それだけでも普通の人とは異質なことは明らかで。
多分、これまでずっと苦し紛れの言い訳で、他者から詮索されるのを避けていたのだろうとオレは割と早い段階から察していたのだ。
しかし、女神サマの生まれ変わりだというのはストレート過ぎて、流石に面喰ってしまった。
「あはは。いきなりそんなこと言っても訳分かんないよね。私だって最初に聞かされたときは混乱したし、当然か」
オレの呆けた顔を見てイオナは苦笑する。
「……セラフィス教会では、百年以上前から秘密裡に伝えられてきたとあるお話があってね。それによると、この世界――ロウディシアでは必ず一人、女神イオナに選ばれた代行者的な存在が生まれるんだってさ」
「代行者……」
「そう。伝承にある女神と同じ、桃色の髪を持つ女の子。最初の代行者が産まれたときから、もしやこの子はという噂があったらしいんだけど、その子が代行者と呼ばれるに相応しい《《あること》》を行ったために、間違いなく彼女は女神イオナの生まれ変わりだと教会が定義するようになったんだ」
「……それは?」
「預言、だよ」
預言。
言葉の意味は理解出来る。
神――この場合は女神イオナのことだろう――からの言葉を預かり、人々に伝えるのが預言だ。
人に対する戒めだったり、或いはこれから先起こり得る事象への注意を喚起するものだったり。後者のイメージゆえ、預言と予言が同一視される風潮もあるが。
……つまり、その預言をイオナの代行者とされる女性たちは皆行ってきたということなのか。
「預言の内容は、セラフィス教会によって公開するか非公開にするか管理されててね。一般に周知されているのはごく一部なんだ。ダインは知ってる? 『始めに筐があった』……という文言から始まる預言を」
「ううん……何度か聞いたことはあるような。契約の筐の話か」
「そう」
イオナは頷いて、
「この世界は女神様が作った大きな箱庭である。私たちはそこで生かされている命であり、神の加護のもと降りかかる困難を乗り越え、夜明けに向かって進み続けなければならない……意訳するとそんな感じの預言だね」
中等学校の授業で、女神の預言というものは出てきていたはずだ。
曰く、それは人が正しく存続していくため神よりもたらされた指針なのだと。
ただ、それはあくまで教会が広めているという表現に留まり、明確な出自は曖昧だったのだが……まさか、代行者なんて存在が生み出したものだとは。
「その預言って、どんな風にもたらされるんだ? 代行者の女性が教会でお祈りを捧げたら……とか、そういう感じなのか?」
「ううん、そんな儀式めいたものじゃないんだ。代行者の女の子はあるとき突然、女神様からの啓示が下りてくる。その瞬間は自分に意識は無くて、預言を読み上げるだけの機械みたいになっちゃうんだよ。しかも、啓示は代行者がまだほんの二、三歳くらいのときに下りてきちゃうものでね。幼い子どもが難しい言葉を流暢に話すものだから、神秘的というよりもはや恐ろしい光景だったっていう人もいたくらいだとか」
まだ、ようやく一言二言の単語を発せられるようになったかというくらいの子が突然そんなことになれば、恐ろしいという感情を抱くのも無理はないだろう。
想像するだけでも奇怪な光景だ。ただ、それなら確かに女神の代行者というのにも真実味が帯びる……。
「じゃあ……イオナも?」
「うん。私は三歳のときだったかな……親代わりになった教会の人から聞いた話ではあるけれど、玩具遊びをしてる途中で急に固まって、そのまま預言を口にしたんだって。静止してから少しだけは猶予があるらしくて、その間に偉い人を呼んだとか言ってたかな」
「ちょっと待て。親代わりってのは……」
「女神の代行者がセラフィス教会で定義されてから、教会は代行者として生まれた女の子を保護し、教会内で育てていくことも決定したの。だから、ロウディシアで桃色の髪の女の子が生まれたときには、すぐさま教会の人がやって来て連れて行く……ってわけ」
それは、つまり。
イオナもまた同じように、産みの親から引き離され、教会で育てられてきたということにほかならず。
「あはは……教会の調査力が凄いのか、物心つくより前に連れて来られたから、両親のことは全く知らないんだけどね」
「知らないって……教えてくれないのか?」
「知ったら恋しくなっちゃうかもしれないし……あえて自分からは聞かないようにしてきたんだ。どっちにせよ、教えてくれはしなさそうだけどさ」
実の親を知らず、情が湧くのが怖いからと聞くことも出来ない。
女神の代行者としての存在。ただそうあるために、普通の生き方をして来られなくなった――。
「お前……」
「いやあ、代行者なら仕方ないよねって自分の中で折り合いはもう付けてるから。私が知ろうとしたせいで、その人たちに迷惑かかるのも不本意だし」
……それって、逆に言えば迷惑が掛からないのなら知りたいということじゃないのか。
しがらみさえ無ければ生みの親に会ってみたい、話してみたい……なんて、思っているんじゃないのか。
「もちろん、親なんてどうでもいい! ってわけじゃあないよ? 人並みに思うところはあるけれど……私が代行者である以上は、ね」
「代行者って、そんなに縛られないといけないもんなのかよ? 聞く限り、子どもの頃に女神から預言を託されるってだけじゃねえのか……?」
「まあ、地上に降り立った女神の化身という意味では、それだけで教会にとって大事にしないといけない象徴だからさ。預言だけ聞いて後は好きにしなってのも違うでしょう」
「それは、そうかもしれねえけど……」
だからと言って、自由が制限されてしまうのはもどかしい話だ。
彼女はまだ十五歳で……やりたいことだらけの時期なはずなんだから。
「……いや、待て。じゃあなんでイオナはアトモス学園に入れたんだ? 教会がイオナを保護し続けたいなら、ここは一番ヤバい組織だろ」
魔物と戦って、傷ついて。常に命の危険が付きまとう。
さらに言えば休みの日はこうして自由に行動出来てしまっているわけで……何かこう、重要人物の命を狙う輩とかもいたりするんじゃないのか? 今更怖くなってきた。
オレが急に周囲を警戒し始めたので察したのか、イオナは笑いながら、
「代行者のことは一応教会の機密事項だし、私を狙う人もいないと思うから安心してよ。……私がアトモス学園に入学したのは、ううん……何と言えばいいのか。それが教会の指示であり、預言への対応だったから、かな」
「預言への、対応……?」
「端的に言えば『預言者よ戦え』って感じの文言があったってこと。私自身、預言については理解出来ていないところが多いから、上の人たちの解釈に任せてるけど……その預言を基に教会の偉い人たちが話し合って、私を学園へ入学させることにしたの」
当代の預言者……つまりここにいるイオナは女神の啓示に自らも組み込まれていた、ということか。
それゆえ保護されたままではなく、イマジネーターとして魔物と戦う道へ進むのが、教会の方針として決定されたと……。
「だから正直、始めは怖いなって気持ちだけだった。自分が望んだわけじゃないのに、戦いの道に進まないといけないなんてさ。……でもね、今は良かったって感じてる。何でだと思う?」
「好きに買い物出来てるから、か?」
「それもあるけど! もう、分かってないなあ」
イオナは頬を膨らませ、けれどもそれはすぐ照れ笑いに変わった。
「ダインたちに出会えて楽しく過ごせてるから、だよ」
――反則、だろ。
そんな風に頬を赤らませながら。
可愛らしくはにかむ彼女に、見惚れないはずもなく。
オレは――。
「……オレだって、良かったと思ってるさ。イオナたちと仲良くやれて」
殺伐としたものかもしれないと思いながら飛び込んだイマジネーターの世界で、イオナたちと出会ってチームになって。
まだたった一週間しか経っていないけれど、とても楽しくて、充実した日々だと思えているのだから。
「えへへ。なので代行者としてヤダなーって感じるところはあっても、今は学園生活を楽しめてるからいいのです」
「そっか。まあ、他ならぬお前が言うんだったら、オレがとやかく口出す話じゃないだろうな」
結局、全てはイオナの気持ち次第だ。
それに合わせてオレが意見を言うくらいはあっても、己の決定権というのは常に己にあるべきもので。
「……にしても、どうして突然オレに打ち明けたんだよ。機密事項とか言ってなかったか?」
「一応だよ、一応。私が当人なんだから構わんのです」
その理屈はおかしいだろと思うのだが、口を挟むのはぐっと堪える。
「……一昨日、ダインが家のことを話してくれたよね。あのとき、信頼出来る人になら自分の抱えたものを少し吐き出すくらい、してもいいのかなって思えてさ。あはは、さっきは折り合い付けてるって偉そうに言ったけど、ホントは完全には無理。ヤダな、辛いなって気持ちはずっと心のどこかにある」
胸に手を当てながら、イオナは自身の素直な思いを吐露する。
オレは、ただ黙ってそれを受け止める。
「そういうわけで、家族エピソードを語ったダインへお返しとばかりに、私も自分のエピソードをぶつけたの。ちょっとだけこの荷物を、一緒に持ってもらおってね」
「ヤなお返しなこった」
「嫌そうには見えないけどー?」
そこで突っ込んでこられると困る。
……だって、信頼出来る人だと面と向かって言われてしまったら。
嫌な気持ちになんて、なりはしないだろう。
「……だから、私は」
一つ息を吐き、また空の方へと視線を上向けて。
イオナは零す。
「生きていきたいんだ、皆と」
「……イオナ?」
当たり前の言葉。
当たり前の願い。
しかし、生きていきたいというその言葉には、どこか切実なものが感じられて。
オレは思わず、彼女の名を呼んでいた。
「女神の代行者は、皆若くして亡くなってるんだって。その呪われた運命みたいなものを……私はどうにか、乗り越えたいんだよ」
……ああ。
それはとても痛切な。
そしてとても純粋な願いに違いなかった。




