5.襲撃
「……魔物、だって?」
和やかだった入学式の雰囲気が一転、ホール内には混乱が広まっていった。
まさか、こんなタイミングで魔物の襲撃? しかも、人が……イマジネーターが大勢集うこのアトモス学園に?
新入生は当然として、職員たちにも動揺が走っているようだ。恐らく、学園内に魔物が出現するなんてことは滅多にないのだろう。もしかしたら初めての事態なのか。
少なくとも、他人事のように構えていていい場面ではないな。
「ど、どうしようダインくん……!?」
「まあ、少し落ち着け。非戦闘員は演習場へって言われたし、新入生のオレたちはそこへ逃げることになるだろうさ。まだ施設案内はされてないが、誰かが誘導してくれると思う」
「う、うん。そうだよね、とりあえず指示に従うしかないか」
ホール内はどよめいているが、取り乱しているような子は流石にいない。とにかく上の人の指示を待とうというスタンスで、皆座席に腰掛けたままだった。
『新入生の皆さん、お待たせして申し訳ありません! 先ほどの放送にありましたように、現在学園内に魔物が出現しています。非常事態ですので、皆さんはこちらのメルシオネ教官の指示に従って演習場まで退避してください』
壇上に、一人の男性が現れた。アッシュブロンドのさらりとした長髪に、切れ長の目。年は二十代くらいか。ファッションモデルだと言われれば信じてしまうくらい容姿端麗な人だ。
彼はオレたち新入生に向けて軽く一礼すると、
『教官のメルシオネです。こういう形でのご挨拶となるのは残念ですが、急を要する事態ですので。さて皆さん、今から私が演習場まで誘導しますので、落ち着いて後に付いてきてくださいね』
オレたちにそう知らせると、マイクを他の職員へ渡してこちら側に向かってきた。
新入生は不安を口に上らせながらも、席を立って大人しくメルシオネ教官に付き従う。オレとルカくんも、この行列の最後尾あたりに付いていった。
「こんなこと、やっぱり普通ないよねえ……」
「だろうなあ……まさか学園内に魔物が出るとは。人がいるところには基本出ないって聞くし、実際首都に直接出現したこともないはずだしな。どうなってるやら」
オレが言うのに、ルカくんは重々しい溜息を吐く。良き思い出になるはずだった式がこんなことになって、気持ちが沈んでいるといった感じか。
しかし、なってしまったものは仕方がない。多分、こういう経験もいずれは笑い話になるもんだ。
「演習場はこちらです。はぐれないように注意してください」
前方からメルシオネ教官の声が聞こえてくる。新入生は五十人ほどだが、まだ統率がとれるような間柄でもなし、列は間延びしてしまっている。最後尾のここだと結構聞き取り難いな。
ちょっと早歩きして、前に出た方がいいだろうか……そんなことを思っていると。
「ん……?」
「どうしたの?」
「あ、いや……」
気のせい……ではない。
今、ひっそりと列から抜け出した新入生がいた。方角的には、西側にある建物へ向かうルートだろうか。
それに、あの髪は見覚えがある。式の前にみかけた、珍しい桃色の髪をした女の子だ。
どうしてあの子は、言いつけを守らず危険な行動を……?
「ごめん、ルカくん。先に行っててくれ」
「え? あ、ちょっと!」
今ならまだ、引き返そうと注意できる段階だ。オレは呆然としているルカくんを置いて、あの女の子の後を追った。
角を曲がり、建物の死角に消えてしまっていたものの、そんなに距離は開いてないだろう。そう考えたのだが。
「……って、どこ行ったんだ」
道を折れた先に、少女の姿はない。キョロキョロと辺りを伺ってみたが、やはりあの桃色の髪は視界に入ってこなかった。
だとすれば、可能性があるのは建物内か。すぐ近くに入口扉があり、そのそばにはA棟と刻まれた石碑が立っていた。見た感じ一番大きいし、メインになる棟なんだろう。
ここで教職員とか上級生に出くわすと、オレも命令違反で怒られてしまいそうだけど……一度追いかけ始めてしまったのだ、今更引き返すのも格好悪い。
誰にも見つかりませんようにと念じながら、オレは建物の中へ入っていった。
「うお……」
入ってすぐの部分は玄関ホールで、最上階まで吹き抜けになっている。天井はガラス張りで、陽射しがそのまま下まで注いでいた。
左右に廊下が伸びているが、そちらに人気はない。入学式であるこの日は、講義や訓練などはやっていないのだろう。戦える人がいたら、すぐにここで戦闘態勢に入れるだろうし。
そう……現時点でここが手薄だったから、あの子はここに来たわけだ。今、オレに背を向けるように立っている、桃色の髪の少女は。
『グォオオ……!』
彼女は、魔物と対峙していた。蝙蝠のような翼を広げ、太く長い角を頭から生やした青白い体の悪魔――恐らくはガーゴイルと呼ばれる魔物と。
「おい君! 危ないぞ……!」
ガーゴイルに注目されるのは怖かったが、とにかくオレは少女に声をかける。
ブースターも持たない新入生がどうにか出来る相手じゃない。放送では脅威度を『中級』だとか言っていたが、目の前のガーゴイルはどう考えてもそれ以上に危険そうだ。
「あれ? あなたの方こそ、どうして――」
オレの声に気付いて、少女は振り返る。
しかし、その隙にガーゴイルは恐るべき速さで攻撃態勢に入った。
まずい――!
「う、後ろ!」
「っと……!」
間一髪、少女は飛び退いて魔物の攻撃を躱す。
振り下ろされたガーゴイルの手には鋭い鉤爪があり、もし喰らっていたら大怪我を負っていたのは間違いなかった。……危険過ぎる。
「急に声かけてごめん。でも――」
「ううん、大丈夫。ちゃちゃっと終わらせて戻るつもりだったけど、仕方ないね」
そう言って小さく息を吐くと、その子は左腕を胸元あたりまで持ってくる。
「え――?」
オレは思わず目を丸くした。その腕には、コーネリア校長がしていたのと同じデバイスがあったからだ。
どうして新入生であるはずの彼女が、という当然の疑問が沸いたけれど、それを訊ねているような場合ではなく。
「まあ任せておいて」
彼女がデバイスを操作すると、ついさっき見た光景が再演される。
つまり、本とペン――ブースターが出現するのだった。
「――照らし出す光」
彼女が力を発動させる。刹那、眩い光がブースターから溢れ出した。
ともすれば辺り一帯を覆い尽くしそうなほど強いその光を、彼女は両の手で圧縮していく。
そうして模られたのは、杖の形。
純粋なる光で出来た、魔法の杖だった。
――綺麗だ。
自然と、オレはそんな言葉を頭に浮かべていた。
光を操る力……それが、彼女の持つイマジネーターとしての能力。
どうしてか、オレはまたこんなことも思っていた。
彼女の姿はまるで――女神様のようだ、と。




