61.料理の腕は母譲り
食材を集めたオレたちは、拠点へとUターンを始めていた。
時刻は午前十一時を回ったところ。このペースなら、十一時半には拠点に帰り着くだろう。
川に現れたワイルドボアは、当然ながらオレたち五人の敵ではなく、一分と掛からず倒せてしまった。
仕留めた後の収集品にはちゃんと『ボアの肉』もあり、サイズも間違いなく五人分以上はあったので満足だ。
他にボアの牙も手に入れ、これと肉のどちらもルカが回収していた。
「アイテムバンクもそろそろ満タンなんだよな。食材の収集は分担してくれて助かってたりするんだよ」
「そうなんだ? 確かにオリエンテーションの日からダインが回収を続けてたもんね」
キラーウルフやサイズマンティス、ポイズンアントにファットラット。数えてみるとかなりの素材を獲得してきている。
アイテムバンクの個別表記には個数しか出ないが、右下に総容量と空き容量を示す円グラフがあり、数値上で九割が埋まっていることになっていた。
多分、あと二つ三つアイテムを収納したら容量がいっぱいになりそうだ。
「沢山素材を稼いだときは、すぐ換金した方が良さそうねえ」
「だな。翌日の討伐で素材が拾えない、なんてことにならないように」
そこまで乱獲することはないかもしれないが、容量も無限じゃないというのは理解しておくべきだろうな。
「しかし……メインターゲットは見つからないか」
「ねー。さっさと倒したかったケド」
終日の目標であるブラッドベアの討伐はまだ出来ていない。ターゲットどころかただの熊すら見つけられていなかった。
昼までに討伐を達成したチーム、あるんだろうか。拠点へ戻ったら中間報告をメルシオネ教官がしてくれそうな気はする。
……それから歩くこと約二十分。草木ばかりの景色にようやく変化が見えた。
コテージと調理場のある広々とした拠点。ひとまず制限時間までに帰れて何よりだ。
「おかえりなさい。怪我もなく帰ってきましたね」
戻ってすぐ、メルシオネ教官に迎えられる。辺りを見てみると、他のチームはまだ一つとして戻ってきていないようだった。
「どうも。オレたちが一番みたいですね?」
「ええ。各チームの状況はオペレーター室からある程度入ってきますが、どのチームも正午までに帰還出来るのか、というところから怪しそうです」
他のチームはブラッドベアの捜索に注力するあまり、拠点からかなり離れてしまっているのだとか。
食料確保を午前の目標にして、近くの川を折り返し地点に決めたのは正解だったらしい。……というか、他が討伐にばかり目を向け過ぎだな。
「ただ、バランチームは先ほどブラッドベアを討伐したようですよ」
「へえ? あのチームが」
エスカーが軽く驚きの声を上げる。
さっさと終わらせて帰ると意気込んでいたが、運良くブラッドベアを発見して討伐まで果たせたようだ。
そこまではあちらのチームも上手く運んだ、という感じか。
「正午には少し遅れそうですが、任務を迅速にこなすという方面では優秀と言えるでしょう」
「ま、そうですねー。ちょっと気に食わないケド」
ルカがそう言って口元を尖らせる。
彼女も討伐が先、という認識だったもんなあ。一番手を取られたのは悔しいのかもしれない。
「オレたちはオレたちだ。早く帰ってこれたんだし、さっさと昼食を作るとしよう」
「賛成ー。お腹は空いちゃってるしね」
オレの言葉にイオナは手を挙げて賛同し、他の三人もそれはそうだと頷く。
意見がまとまったので、オレたちは調理場の方へと向かった。
調理場は雨が降っても調理に支障がないよう、木の柱の上に薄い鉄板が乗せられて屋根になっている。
コテージの数と同じく計四つそういうスペースがあり、ちょうど真ん中に連結した窯が用意されている形だ。
「端の方に物置が四つ見えるでしょう。あの中に調理器具と食器、それに料理の際使用するスパイスボックス等が入っています。お好きに使ってください」
「ありがとうございます、教官」
教えてくれたメルシオネ教官にお礼を言って、オレたちはその物置を確認してみる。
引き戸を開けると、中には沢山の器具が収納されていた。使う人のマナーがいいのだろう、ギュウギュウに詰め込まれているのではなく、整然と並べられている。オレたちも戻すときには注意しないと、と思わされるな。
「食器は皿とナイフ、フォークがあればいいとして……調理器具はどんなものやら」
簡素な包丁やまな板の他に、フライパンや鍋、玉杓子にトングと基本的なものは取り揃えられている。
それから、一番大きいものではバーベキュー用のコンロまであった。これがあれば楽が出来そうだな。
必要そうなものを調理場まで運んでいき、オレたちはいよいよ料理の段になる。
ここで論じねばならないのは、だ。
「よし、準備はこれでオッケーだが……この中で料理出来るヤツは?」
チーム内で、料理の経験があるのは誰か……この訓練でもそうだし、今後の遠征でも重要になることだ。
万が一誰も料理が出来ないのなら、チームとして地味に痛手になるだろう。
良い食事をとれなければ、気力と体力の回復に支障が出るということに他ならないのだから。
「んー、私は一応……」
自信無さげにではあるが、イオナが最初に手を挙げる。続いて、
「私も食事当番をしていたことがあるから、それなりに出来ると思うわ」
フェイも挙手する。食事当番……家族内での決め事だったのだろうか。
「俺はしたことないなあ。包丁で敵は仕留められても、料理はねえ」
「物騒だな」
まあ、エスカーが料理をしているのはちょっと想像出来ない。
どちらかと言えば作って貰った上、その料理に難癖を付けてる方がイメージし易い……流石に言い過ぎか?
そして、最後に残ったのはルカだが、
「えーっと。ボクも無理!」
潔く、そう宣言するのだった。
「了解。そんじゃ料理するのはイオナとフェイ、オレの三人だな。ルカとエスカーには適宜雑用を頼むか」
「……え。ダインも料理作るの?」
意外そうな顔でルカが聞いてきた。オレは頷き、
「まあな。簡単なものしか作ったことしかねえけど」
「そ、そうなんだ……」
ルカは悲しいのやら嬉しいのやら、複雑な表情を浮かべながらそう呟いた。
オレがたまに料理するって情報だけでそんな顔になるか?
「へえ。リーダーの腕前、楽しみだな」
「だから、簡単なモンしか出来ねえって」
ムカつきはするけど、エスカーぐらいの反応が普通じゃないかと思う。
男女関係なく、作る理由のあるヤツが料理を作る、それだけのことだ。
オレはエスカーとルカにバーベキューコンロの組立てを頼み、その間に食材の調理をしていくことにする。
テスタマイザーに収集していた物を全て出してもらい、一つ一つまな板に載せては切っていく。
イオナとフェイには作る料理を伝えたので、補助をして貰ったり、切るのを交代してもらったりしながら進める。
二人も包丁捌きは中々のものだったため、下準備は二十分と掛からずに完了した。
「食材と調味料しかないなら、こういうシンプルなのが一番だからな」
言いながら、オレは切った食材を網の上に載せて焼き始める。
木炭は窯のところに備蓄されていたので、それを下に敷いて火を熾していた。
野菜、魚、そして肉。塩胡椒くらいの味付けでも、焼けば大抵美味くなるものだ。
「うんうん、男らしい料理だね。様になってるよ」
「そうかい」
イオナが嫌味なくそう言ってくるので少し照れを感じてしまい、オレは素っ気なく返す。
笑顔でこちらを見られると、恥ずかしさがだんだん増してくるから止めてほしいんだが。
「デザートはこんな感じでいいかしらねえ」
「いいんじゃない? オシャレな盛り付けだ」
フェイが作っていたデザートは、果物の盛り合わせだ。
そのままを皿に盛ったのではなく、スライスしたりして形を整え、人数分を用意してくれていた。
エスカーの反応も上々だな。
「はあ、本当に料理してるんだなあ。魚もちゃんと内蔵とか取ってたし」
「最低限の技術はあるさ。母親をよく手伝ったりしてたもんでね」
「お母さんを?」
ルカの問いにそうだと返し、
「ウチはいわゆる母子家庭でさ。まあ、母さんも仕事で手が回ってないわけじゃなさそうだったけど、料理とか掃除とか、オレが出来そうなことはときどきやったりしてたんだよ」
「……そうだったんだ」
あえて言う必要もないと思い、これまで話すことのなかったことだ。
そういう身の上話をネガティブに捉えられてしまうと、気にされて関係がギクシャクすることもあるだろうし。
だからまあ、ある程度仲良くなった今ならさらっと打ち明けておくのも悪くはない。
自分は特に、それが不幸だと感じたこともないしな。
「――と。そんなこと言ってる間に完成しそうだ。皿だけ持ってきてくれるか?」
「あ、うん。ちょっと待ってて!」
頼むなり、ルカは全速力で皿を持ってきてくれる。そんなに急ぐと転ぶぞ、と言いたくなったが、幸いつまづくようなことはなかった。
こんがり焼き上がったステーキと魚、それに付け合わせの各種野菜。
デザートにはフルーツ盛り合わせまであるし、そこそこ良い昼食には出来たんじゃないだろうか。
時刻は正午を少し回ったところ。メルシオネ教官の予想していた通り、他チームはこの辺りから帰還してきていた。
「わあ……美味しそう」
「獲れたものをとにかく全部使いましたってレベルだけどな。ま、美味しく食べれれば何でもいいさ」
「そうそう、こういうので十分だよ。冷めないうちにいただいちゃおう」
「そうねえ。ダインくんが腕を振るってくれたご飯だし」
別に腕を振るったなんて言われるシロモノじゃあないが。せっかく食べてもらうなら、もっと設備や材料の整ったところで料理したいという気持ちもあるくらいだ。
いつかはそういう機会もくるのだろうか。……それはまだ分からないが。
「よーし、いっぱい食べるぞ!」
ルカが元気に声を上げ、食事に手を付け始める。
それに続くようにしてオレたちも食べ始め、しばし和やかなランチタイムが過ぎゆくのであった。




