60.捜索と調達
『今回の訓練で捜索可能な範囲はこちらです。コリントスという村を除いては、ほとんど全域を回っても良いみたいですね』
オペレーターのマルが早速、地図データをよこしてくれる。そのデータによれば、コリンシアは大陸全体でもロウディシアのオリーブ丘陵以南、その半分ほどしか面積が無いようだった。この他には大陸が存在しないらしく、小規模な世界だというのが分かる。
また、文明レベルが遅れているというのも納得で、拠点よりも南側にコリントスを含めた幾つかの集落がある以外は、大陸のほとんどが森や山という自然が残されていた。優れた科学技術の発明されていない、今のロウディシアでは見られないような古き良き文明といった感じなのだった。
「ハイキングに来たみたいだなあ」
木漏れ日を受けて伸びをしながら、ルカが言う。
ワールドスクリプトという本の中の異世界ではあるものの、この風景自体はシャロー森林と似たようなものだ。
ただ散策しているだけなら、ハイキングと例えるのも理解は出来る。
「……で、リーダー。方針としてはどうするの?」
エスカーが訊ねてくるのに、
「そりゃブラッドベアを探すんでしょ?」
とルカが口を挟んだ。
確かにブラッドベア討伐がメインの目標ではある……あるのだが。
「ブラッドベアの討伐は運よく見つけられたら、だな。まず優先すべきは食料確保にしておこう」
「えー? どうしてさ」
「時間だよ」
オレが答えると、ルカは小首を傾げる。
「ブラッドベア討伐は今日一日の課題だ。対して食料確保は正午までに済ませ、拠点に一度帰って昼食を作らないといけない。今の時刻を見てみろ」
「時刻……あ! もう十時過ぎてる」
テスタマイザーの時計は午前十時五分と表示されている。これは異世界の時刻に自動で合わせてくれるらしいが、コリンシアはロウディシアとほぼ誤差がないようだ。
ともあれ、今が十時過ぎなら正午までは二時間もない。五人が十分に腹を満たせるだけの食材を得るには、ギリギリの時間のように思われた。
「この世界について詳しく知ってる人なら余裕だろうけど、俺たちじゃあ短時間で沢山の食材は採れないだろうね。ダインの方針で良いと思うよ」
「私も賛成。ロウディシアと同じような食べ物があればいいけど、見たことないものだと食用かどうかも判断つけながらになって時間がかかるだろうし」
「そうねえ。食糧探しに二時間を費やした方が良さそうかしら」
他の三人はすぐに納得してくれ、理由も明確に示されたので、
「そっかあ……うん、それなら食料優先だね。頑張って探さなくっちゃ」
と、ルカも食い下がることなくオレの方針を受け入れてくれた。
『食材として採用出来そうなものについては、こちらで調べておきましょう。もちろん、先に実物を見つけてくれた方が早くて済みますが』
「サンキュ。こっちでもくまなく探し回ってみるから、並行してやろう」
現地での捜索と、オペレーター室での検索。合わせてやっていくのがセオリーだろう。
マルの調査力は相当のものだし、無責任ではあるかもしれないが大いに期待している。
「料理をするなら、野菜や果物の他に、お魚やお肉も欲しくなるわねえ」
「そうだねー。前者は森を探せばそのうち見つかりそうだけど、後者はちょっと大変かも?」
フェイとイオナがそんなやりとりを交わす。ただ昼食を作ればいいってだけなら野菜だけというのもアリだろうが、料理の出来栄えも評点に入っていそうだよなあ。材料が揃えられるイコール収集能力がある、ということになるのだし。
メインディッシュには肉や魚がつきものだ。この世界で獲れるものなら獲っておきたい。
「マル、早速だけどこの周辺で川とか池はありそうか? 魚が釣れそうならと思うんだが」
『そうですね……川はありますがそこまで大きなものでは。近いので一応見に行ってもよさそうですがね』
「了解、マーカー付けてくれると助かる。……あとは、肉を獲れそうな生物が生息してるかって分かるもんかな?』
「付近の生体反応やマナ反応くらいは探知出来るんですけど……後はちょっと、コリンシアの生物についてデータベースを調べてみるとか』
「良ければ頼む。こっちはひとまず川を目指しつつ、野菜や果物を探していくとするかな」
具体的な動きがスムーズに決まる。こちらはマルの追加情報を待ちながら、先へ進んでいくとしよう。
川があるのはここから少し北西へ向かったところ。道らしい道もないので、草木を掻き分けるようにして歩いていく。
その道中、見つかるものは結構あった。
「このキノコ、食べれると思う?」
『あ、ルカさん。それは有毒なエレキタケです。食べてはいけませんが、武器に使う毒として利用されるので回収しても良いですよ』
「へえー……じゃあ収集っと」
戦利品の回収は決まってオレがしていたので、ルカも試してみたい気持ちはあったのだろう。
テスタマイザーに収まるアイテムを見て、ニコニコしていた。
「あっちの果実は……イチゴかしら?」
『そうですね。こちらの世界と変わらないイチゴです。そうした素材も問題なく回収出来るので、どんどんアイテムバンクに入れて行くといいでしょう』
マルのアドバイスにフェイは頷き、彼女も自身のテスタマイザーにイチゴを回収した。
この他にもブルーベリーやオレンジに似た果実が見つかり、甘味は早くも十分に集まった。後は野菜類がほしいところだ。
「あの一帯、竹が生えてるんじゃない?」
エスカーが示す先は、果たして竹藪になっていた。近くの地面を探してみると、僅かに膨らんでいるところが幾つかある。
期待を込めてそこを掘り返せば、筍の頭が出てきた。こうして掘った経験などはないが、多分これくらいが食べ頃だろう。
最初に竹を見つけた功労者のエスカーが筍を回収し、オレたちは更に北西へ。以降も何種類かの山菜を見つけ、食べられるものは積極的に収穫していった。
順調に食材を増やしながら進むこと三十分。ふいに視界が開けると、そこにようやく川が現れる。
ここ数日は天気も良いのだろう、流れはとても穏やかで水も澄み切っていた。
そして、ちゃんと魚が泳いでいるのも確認できる。これが最も大事なことだ。
「いるいる。ここでならお魚も調達出来そうだね」
イオナが嬉しそうに言って川へ近づいていく。オレたちもそんな彼女の後に続いた。
しかし、肝心なのはどうやって魚を獲るか……だな。
「適当に釣り竿っぽいのでも作るか?」
そう提案するオレに、
「リーダー、そんなことしなくても便利なものはあるだろう?」
呆れ気味にエスカーが言う。
便利なもの――か。
「――エアル」
指先で狙いを定め、エスカーは風魔法を行使した。
それは見事に水中の魚を捕らえ、向こう岸まで飛んでピチピチと跳ねる。
「……上手いもんだな」
「ハハ、俺のスタイルが遠距離攻撃だからね。狙いを澄ますのには慣れてる。頑張れば皆も出来るさ」
簡単に言ってくれるが、こいつの真似をするのは難易度が高い。
なら、他の能力を使って如何に簡単に捕らえられるか、だ。
雷魔法を使えば周りの魚が一気に浮かんできそうだが、死なせてしまうと鮮度が悪くなるからそれは避けたいんだよな。
少し迷った末に、オレは魔法ではなくイマジネートを試してみることにした。やれやれ、食料調達でこの能力を使うことになろうとは。
「……この形なら……」
黒い霧を自在に変化させ、川底へ網状に伸ばすと、それを一気に上昇させる。
網の上を泳いでいた魚たちは為す術も無く絡め取られ、地上へと引き上げられたのだった。
「つくづく便利な能力だねえ」
「こんなんでいいのかって感じだけどな」
エスカーが飛ばした分と合わせ、これで四匹。後一匹くらいは欲しいが。
「えいやっ!」
と、いつの間にか川に飛び込んでいたルカが、豪快に右腕を振り抜いて水中から魚を吹き飛ばした。
……クマかよ、とツッコミを入れたくなる光景だ。彼女も自分の能力を有効活用しただけではあるけれど。
「ふふん、これで五匹だね」
「ああ……サンキュ、ルカ」
誇らしげにしているようだから、あえては何も言うまい。オレも決してスマートな使い方ではなかったのだし。
ともあれ、これで魚も人数分確保出来た。果物、野菜、魚と取り揃えられたから、昼食を作るのにはもう不足無しだろう。
欲を言えば、肉も加われば豪勢になるのは間違いないが――。
「……ん?」
付近の茂みがカサカサと揺れる。そちらに目を向けると、一匹の動物――いや、魔物が現れ出た。
猪の姿をした魔物……ワイルドボアというヤツらしい。
「なあ、マル。あの魔物ってもしかして……」
『ええと。……あ、はい。ワイルドボアの収集素材の中にありますね……魔物肉』
飛んで火にいる何とやら、だ。
ここはありがたく、その肉をいただかせていただくとしよう。
「やるぜ、皆!」
「うおー、お肉だ!」
豪華な昼食にありつくため。
オレたちは一匹のワイルドボアに総がかりで向かっていくのであった。




