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【W/S】―世界終焉の物語は学園生活とともに―  作者: 灰土おやつ
巡礼の支度 想造育成機関_アトモス学園
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58.栞――コネクター

 教会の入口扉を彷彿とさせる、両開きの重厚な扉を開いた先。

 そこには目を奪われるような美しい玄関ホールが広がっていた。

 床や柱は大理石で出来ており、天井はかなり高い位置にある。

 その天井は大部分がガラス張りになっていて、外からの光がホール内に注いでいた。


「教会みたいです……」


 内装を見るなり、エレンちゃんがそう呟いて息を吐く。

 この天井のガラスがステンドグラスだったりすれば、教会と遜色ないレベルと言えるかもな。

 入口すぐのところには、駅の改札口と似たガラス板のゲートがあり、各種ライセンスを提示することで通れるとのことだったので、オレたちは皆テスタマイザーのライセンス画面を表示し、それを機械に読み込ませてゲートを通り抜けた。


「お待ちしていましたよ、新入生の皆さん」


 前方に受付があり、カウンターの向こうに年配の女性が立っていた。

 彼女はオレたちを認めると、微笑みながら軽くお辞儀をする。


「こんにちは、アンナさん。今日はよろしくお願いします」


 メルシオネ教官が名前を呼び、お辞儀を返す。

 オレたちもとりあえずそれに倣った。


「この方はアンナ=パニエさんです。ここ、アルカード星書院の管理人……司書を務めている方ですね」

「はじめまして、アンナ=パニエと申します。どうぞ皆さん、よろしくお願いします」


 教官の言葉を受けて、アンナさんは自己紹介をする。

 彼女の年齢は四十代手前くらいに見える……のだが、耳が横に長く伸びている。エルフ――長命種の証だ。

 長命種の寿命は普通の人間の約二倍にもなるらしく、それに当てはめれば彼女は七十か八十歳ということになるのだろう。

 髪色はシルバーで背中までの長髪、縛るわけでもなくそのままにしている。

 体つきはほっそりしていて、着ている黒いローブがかなりだぶついているような感じだった。


「アンナさんには長年、星書院の司書をしてもらっていまして。私が生徒だった時代からお世話になっていました」

「メルシオネくんはとても真面目な生徒さんでしたねえ……今は教官としてお忙しいのでしょうけど、写真の趣味はまだ続けているんです?」

「ああ……お話したこともありましたね。今でもたまに、時間と機会があれば撮りに出かけますよ」


 メルシオネ教官は珍しく照れ笑いをしながら言う。教官のプライベートなどはまるで知らなかったが、写真撮影が趣味なのか。

 そういう風流な趣味は、確かにメルシオネ教官らしいかもしれない。


「そんな話はさておき。今日は毎年恒例の遠征訓練ですので、お手数をおかけしますが……」

「分かっていますよ。大事な訓練ですから、しっかりやらせていただきます」


 アンナさんは頷きながら言う。……司書というと本の貸し出しを管理するような仕事を思い浮かべるが、ワールドスクリプトを扱うこの星書院においてはどのような役割を担っているのだろうか。


「遠征先は去年と同じ世界です。早速ですが、準備をお願いしても?」

「ええ、それでは作業に入らせてもらいますね」


 軽く会釈をしてから、アンナさんはカウンターを出て廊下の向こうへ消えていく。見えている部分から察するに、廊下は筒状にぐるりと一周しているようだ。


「では皆さん、中央にある転送室へ向かいましょう」


 メルシオネ教官はそう言い、受付を過ぎた奥にある扉の方へ進む。

 その扉を開くと、向こう側にはこれまでに見たことの無い、幻想的な光景が広がっていた。


「おお――」


 オレは思わず息を呑む。

 円形の部屋……その壁面には機械装置と本棚が交互に敷き詰められていて、時折中空を本や装置の一部が飛び交っている。

 キラキラとした光の粒子みたいなものも上部に漂っていて、ガラス張りの天井から注ぐ光によって眩しく煌めいていた。

 中心部には、部屋と同じ円形の台座に複雑な魔法陣が描かれていて、そちらは仄かに青白く明滅している。

 転送室という名から察するに、あの台座こそが転移装置であり、イマジネーターはあそこからワールドスクリプト内に転送されることになるのだろうな。


「こちらが転送室です。この場所から、イマジネーターたちが下層異世界へと旅立つわけですね」

「その台座に乗ればいいだけなのか?」


 目を輝かせながら訊ねたのはテッドくんだ。人一倍無邪気に見える彼のことだから、ワクワクを抑えきれないのだろう。


「この台座は転移門――ワープゲートと言うのですが、残念ながらここに乗るだけでは転移出来ません。向かうべきワールドスクリプトの準備を星書院側にしてもらった後、イマジネーターが専用のとあるアイテムを用いることで初めて異世界へ入ることが出来るのです」


 そう説明すると、メルシオネ教官はテスタマイザーを操作し、ブースターではない別のアイテムを出現させた。

 あれは――。


「一見、本に挟む栞のように見えるでしょう。これはコネクターというものです。イマジネーターはこれを用意されたワールドスクリプトに接続し、異世界へダイブします」


 コネクターと呼ばれたアイテムは、事実本に差し挟む栞とほぼ変わらない形をしていた。ただ、当然ながら材質は紙ではなく金属質……恐らくはコードリオン魔石で作られた精巧な小型装置だ。ブースターと同様、高度な科学技術の結晶というわけである。

 こんなアイテムが約百年も前から存在しているというのは、改めて不思議なものだな。


「コネクターについてもテスタマイザーに格納されているものなのですが、皆さんの画面上には昨日まで表示されていなかったはずです。今回の遠征訓練にあたりこの制限を解除させてもらったので、トップ画面のブースター出力ボタンの隣に栞のマークが出ているかと」


 画面を見てみると、確かにブースター出力を表す本とペンのマークの隣に、長方形の上に輪が描かれた栞のマークが表示されていた。学園側で画面設定を弄って、今まではこれが出ないようにしていたわけだ。


「アンナさんたち職員の準備が整い次第、移動先のワールドスクリプトがここへ用意されます。皆さんは、コネクターをそれにかざしてください」

「へえー……そんな感じなんだ」


 ルカがしげしげと、メルシオネ教官の持つコネクターを見つめる。

 まあ、あれほど小さな装置がオレたちをワールドスクリプトへ導くアイテムだというのは信じ難いよな。


「なお、現在ここアルカード星書院には計九十八のワールドスクリプトが保管されています。その中には魔物の跋扈する危険な世界もあれば、住民たちと我々で比較的良好な関係を築けているような友好世界もあります。代表的なところとしては『エイヴス』や『ベルガルマ』といった世界があり、実は資源の取引等も行っているんですよ」


 本の中の世界と貿易を行っている……それは初めて聞く話だった。

 多分、世間一般には知らされていないことなんじゃないだろうか。

 本の中と言えども、決して夢幻のものではなく、ちゃんと物質的に存在しているのがワールドスクリプトの異世界。

 そこに棲み付く魔物を倒して素材を獲得するということが出来ているのだし、考えてみればおかしなことではない、か。


『メルシオネ教官、準備が終わりましたよ』


 室内に、アンナさんの声が響く。どこかにスピーカーがあって、そこから聞こえてくるようだ。

 奥を見ると、ガラス張りになった向こう側に機械装置だらけの別室があり、アンナさんは他の職員とともにその操作席に着いていた。


「早くて助かりますよ。……これから皆さんと向かうのは『コリンシア』という異世界です。長らく平和を維持している友好世界の一つであり、毎年訓練に利用させてもらっているところですね」


 メルシオネ教官が説明している最中にも、奥の部屋――操作室というらしい――では職員たちがカタカタと装置への入力作業を行っている。それと連動して、転送室の光景にも少しずつ変化があった。

 本棚の一つが光り、そこから一冊の本が抜き取られてゆっくりとこちらへ下りてくる。

 本はゲートの上で止まり、そのままぷかぷかと浮かぶ。この本が……『コリンシア』という異世界を内包したワールドスクリプトということだろう。


『ワールドスクリプト:コリンシア、準備完了しました。イマジネーターの皆さんはいつでも出発可能です』


 職員のアナウンスが入る。本はずっと閉ざされたままではあるが、ページが開いているかどうかは転移に関係ないのか。

 そんな疑問に、


「時空の歪み、という言葉をニュースなどでたまに聞いたことがあるかもしれませんが、本が開かれている状態がそれにあたります。本来は開かれた状態でこそ時空間転移が可能なのですが、その歪みは周囲のものを無差別に取り込み、吐き出してしまうような暴走状態であるため、こうして閉じることで無害化し、コネクタを使ってその人間だけが通れる道を作る……そういう方法をとっているわけなのですよ」


 世界に現れる時空の歪みが、暴走状態のワールドスクリプトというのは知っていた。それを制御したものが本としての形状を持つ、と。

 開かないと通れないが、開いてはいけない。そんな問題を解決したのがコネクターであり、ならば本は閉ざされたままであるのが正解というわけだな。


「では、皆さんもコネクターの用意を。今から私に続いて、ワールドスクリプトへの接続を行うように。見ていてくださいね――」


 メルシオネ教官は、そう言うとコネクターをワールドスクリプトの方へ向ける。

 すると、コネクターの先から細い光が発せられ、それがワールドスクリプトと繋がった。

 瞬間、教官の体が光に包まれる。そしてその体もまた光の粒子となって、本の中へと吸い込まれていった。


『転送完了しました。さあ、新入生の皆さんも続いてください』


 後に続けとのアナウンスに、オレたちは顔を見合わせる。初めての経験だ、教官が手本を見せてくれても不安は拭えない。

 と、微妙な空気になりかけていたところに、あの男が進み出た。


「ふん……こんな簡単なことで怖気づくんじゃない」


 バランだった。彼は既にコネクターを手に持っていて、メルシオネ教官と同じようにそれをワールドスクリプトへ向ける。

 そしてさきほどの繰り返しを見ているように、彼の姿もまた光の粒となり吸い込まれていくのだった。


「そうだよな。行かなくちゃ始まらねーぜ!」


 バランが率先して転移を試みてくれたので、残された生徒たちも勇気を貰えたようだ。テッドくんがすぐさま後に続き、そこから一人、また一人とコネクターでワールドスクリプトに接続していく。

 あいつの行動も、ときには良い意味で人を動かすきっかけになってくれるな。


「……オレたちもやるか」

「そうだね。緊張はしちゃうけど」


 それでも、これはイマジネーターの通過儀礼だ。

 緊張を呑み込んで、いざ旅立とうじゃないか――ワールドスクリプトという異世界へ。


「……行くぞ」


 オレたち五人は頷き合って、コネクターを取り出す。

 そしてワールドスクリプト:コリンシアへの接続を開始した――。


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