55.悩ましい夜
オレは一瞬、エスカーの言葉の意味を理解出来ずに固まっていた。
しばらく場が静まりかえって……ハッとなったオレは、
「……何だって?」
ようやく、その一言だけを絞り出した。
ルカを除いた他の全員は、互いの顔を見合わせながら、
「ちょっと違和感はあったけれど、やっぱりダインくん……気付いてなかったのねえ」
フェイがそう呟き、かと思えばイオナも、
「昔馴染みっていうし、知ってて当然と思ってたんだけど……そうだったのかあ」
そう言って溜め息を吐いた。
……どうやら悪い冗談ではないらしい。
「逆に今までよく気付かなかったね?」
肩に手をポンと載せられながら、エスカーが呆れ顔で言ってくる。
そうは言われても、性別なんて気にしたことがなかったし、知ろうと思わなければ知る機会もなかったはずだ。
「私も最初は男の子かと勘違いしちゃったりもしたけどねー。流石に初日だけだよ。一緒に寮に戻ったし」
「それ、逆に女子寮に行かなきゃ気付かなかったってことじゃねえのか……?」
「えー、でもすぐに気付いたとは思うけどな。ボーイッシュだけどやっぱり女の子だもの」
「俺も生徒の情報は一通り確認してるし、性別くらいはね」
「生徒の情報把握しようとするのもそれはそれでおかしいだろ」
それともオレの方がおかしいのか? やっぱりある程度は目を通しておくのが普通なのか……?
「そもそも……どうしてルカちゃんのこと、男の子だと思ってたのかしら」
「そりゃ見た目なんじゃないの?」
「でも、イオナちゃんの言うように間近で接していれば女の子だとは気付きそうだけれど」
それはそうだと、エスカーもフェイの意見に同調する。
しかし、オレは最初からルカが男だと認識して疑わなかったから……後から考えが変わることもなかったのだ。
本当に、最初から。
「あと、ダインだけじゃなくて間違われてた当の本人も何か変なんだけどねえ」
エスカーのそんな指摘に、ルカは一瞬だけ体をびくりと震わせた。
彼――いや、彼女? にも、何か後ろめたいことがあるのか?
「いやー、そのお……」
指をもじもじさせながら、露骨に目を泳がせるルカ。
……そこで思い出したが、今までルカはあえてオレと一緒に部屋へ戻ろうとしなかったような気がする。
初日の一幕……一緒に部屋へ戻ろうと声を掛けたのに、ルカは何故か突然に、大浴場を見に行きたいと言い出した。
振り返ってみればあれは方便だったような。
「お前、初日でオレが勘違いしてるのに気付いたとき、あえて言わなかったのか……?」
「そ、それは……うん、まあ」
「で、何故か隠せるならそのまま隠し通そうとしてた……」
「……ハイ」
すっかり顔を紅潮させて、ルカはオレの問いかけに頷く。
責められていたはずのオレが、いつの間にかルカを責めている形になっていた。……大丈夫か、それ。
「ふうん? 面白い構図だね。何か理由があるの、ルカ?」
「だ……だってさあ。ダインが昔のことで、ボクが男だと思ってたんなら……」
――あ。
その一言だけで、全てが氷解してしまった。
そして、オレもルカと全く同じ気持ちに――これ以上は追及してほしくないという気持ちになってしまった。
まだ五歳という、無邪気な幼少期の記憶。
だから仕方がなかったじゃないかとは思うけれど、過去は決して消えるものじゃなく……。
「ルカ、別に言う必要は……」
オレが諭すようにそう制止をかけたものの、ルカには聞こえていないようだった。
ニヤつくエスカーに問い詰められた彼女は、反論のためその過去に触れる。
「……ボクが裸で泳いでたの、覚えてるってことだから」
その答えに、場は凍り付いたように静まり返った。
*
自室に帰って来て。
オレはこれ以上ないくらいに深い溜め息を吐いた。
彼女は耳まで真っ赤になっていたけれど、オレももしかしたら同じようなものかもしれない。
何より、すこぶる気まずかった。
「だってなあ……」
あれはもう十年以上も過去、男女の意識すら無かった時のことだ。
しかも、リゾート地のビーチであるにも関わらず、ルカが何一つ持っていなかったのも要因の一つだった。
こいつとどうやって遊ぼうかと考え、オレに思いついたのは岩場での探検と、海辺での泳ぎ。
泳いだことがないというルカに泳ぎを教えたあと、岩場に行ってみようと提案し。
そこで綺麗な石を見つけ、物欲しそうにしていたルカに渡したのだ。
だから、彼女が首に提げているネックレス……そこに付いているのがあの時の石だと気付いて、オレは入学式の席で彼女がルカだというのにも気付いた。
まさかそんなものを、後生大事に持っているとまでは思っていなかったが。
……そして、問題は泳ぎだ。
あのときルカがせめて、水着の一つでも持っていれば違っていたのに。
「それも仕方ねえことだけどさ……」
泳ぐための服なんて持ってないと答えたルカに、恰好が一緒なら大丈夫だろうと返したオレは。
彼女を下着姿にして泳がせてしまったのだ。
もう、かなり当時の記憶は曖昧になっているから、どんな姿だったかまではハッキリ思い出せない。
というか、思い出したら流石にまずい気がする。
でも、そこでオレはルカが男だと認識したんだよなあ……。
もう一度、溜め息を一つ吐く。
まあ、見方を変えればこれで違和感は無くなったことになる。
オレと他のメンバーでルカに対する認識にズレがあったこと。
ルカがそれとなくオレをはぐらかすような場面があったこと。
こういう事態はもう、今後起きないわけで。
「……お?」
テスタマイザーの通知音が鳴る。
画面を見ると、ルカからのメッセージが来ていた。
『さっきは取り乱しちゃってゴメン。気を遣われるようになっちゃイヤだと思って言えなかったんだけど、今更だよね。出来れば気にせず、今まで通りでいてくれたら嬉しいな』
――馬鹿だな。
ルカにではなく、今のは自分に対しての言葉だ。
悩んでいたのはあちらなのに、そんなルカの方から謝らせるとは。
こういう時は、オレの方からさっさとわだかまりを解いておくべきだった。
あいつの方が、よほど大人だ。
『こっちこそ悪かった。勘違いしたままだったのはオレの責任だ。これでお前への見方を変えるようなことはしないから、今後もよろしく頼む』
なるべく簡潔に、こちらも謝罪のメッセージを返す。
これからも、今日までと変わらず接していくことを約束するメッセージ。
急に女の子扱いされたら、ルカのことだから絶対気色悪いと言うだろうし。
チームの大切な仲間として、そのままで付き合っていきたいものだ。
『それでこそダインだね』
すぐにメッセージが返ってくる。こう言ってくれるなら、明日からも大丈夫か。
一日の終わりに衝撃の展開が待っていたけれど……ルカが男でも女でも、それで何が変わるわけでもない。
今後もイマジネーターとして、皆で精進していくのみだ。
もう一度、通知音が鳴る。
オレは安堵に胸を撫で下ろしつつ、そのメッセージを見た。
『バカ』
……何でだよ。




