49.巨大鼠との戦い
僅かな変化も見逃さぬよう、オレたちは慎重に前へ進んでいた。
先ほどから、前方に怪しい気配は感じている。それがいつ牙を剥いてきたとしても、すぐ対応出来るように警戒を怠らずに、前へ。
「……他の生物がいないね」
イオナが呟く。ポイズンアントの一件以降、生物の姿は見ていない。本能的に、危険を感じて逃げ出したということか。
ならば、討伐目標はこの周辺一帯のボスに近い存在なのだろうか……。
がさり、と音がした。
上から葉っぱが何枚か、ひらひらと舞い落ちる。
そして、影――。
「……上だ!」
オレが声を上げるや否や、上空から巨大な物体が落下してきた。
その数は三――丸みを帯びた毛むくじゃらの獣、間違いなくこいつらは。
「ファットラット……!」
いよいよ討伐目標のお出ましだ。息を荒げながらこちらに向き直り、赤い瞳をギラつかせるファットラット。
体長は先ほど倒したポイズンアントよりも大きく、オレの身長とほぼ同じくらい。ただ、高さだけじゃなく横回りも立派なもので、ほとんど球体に見える。
名は体を表すという言葉が相応しいな。
――ただ、太っちゃいるが……。
その体つきゆえ、動きが鈍重かと言えばそうではないだろう。
何故ならこいつらは、木の上からオレたちに襲い掛かって来ている。
そういう戦術は、ルカやエスカーのように軽やかな身のこなしでなければ難しい。
身体は太っていても、過酷な森の中で生き続けられる凶暴な魔獣には違いないということだ。
「皆、やるぞ!」
「任しといて!」
イオナが威勢よく返し、他のメンバーもそれぞれ武器を構えた。
戦闘態勢に入ったところで、ファットラットも様子見を止めて動き出す。
「おお……!?」
どんな風に攻めてくるのかと思っていると、ラットたちは三匹まとめて体を丸め、高速で転がってきた。
まるで巨大な岩が襲ってきたような恐怖だ。防ぎ切れる自信も無かったので、散開することを選ぶ。
「体格を活かした攻撃だな……!」
「感心してる場合じゃないけど!」
オレの感想にツッコミを入れつつ、木の上で飛んで攻撃を躱したルカは、そのままファットラットの頭部を狙って踵落としを決める。
攻撃は見事にヒット……したものの、それは魔物の頭を破壊するには至らない。今までの相手とは違って、強度もかなりのものだ。
「ちぇっ……!」
くるりと一回転し着地するルカ。そこに別個体の転がり攻撃が再び襲う。慌てて左へ回避したルカは、追撃を警戒して更に一歩飛び退く。
踵落としを喰らったファットラットは沈んでこそいないものの、衝撃でかなりふらふらの状態だった。狙うならまずはヤツだな。
「エスカー!」
「はいはい」
木陰に身を隠していたエスカーが氷の弓を引き絞り、よろけたファットラットを狙撃する。
矢はファットラットの左目を綺麗に撃ち抜いた。目を潰されたファットラットはその痛みに鼓膜を震わすほどの叫び声を上げる。
『キイィイッ!』
「うるせえ……なッ!」
痛みでのたうち回るかどうか一瞬だけ様子を見たが、ファットラットはその場で叫び続けるだけだったので、オレはすぐさまそいつに近づき、エスカーの矢が貫いたのと同じ左目に剣を突き刺す。そのまま力の限り剣を振り上げ、頭部を深く斬り裂いた。
激しい血飛沫とともに、ファットラットは崩れ落ちる。脳を斬ってしまえば、生きていられるはずもない。
「まずは一匹」
ドシン、という激しい衝撃とともに落ち葉が舞い上がる。
残った二匹のファットラットは、仲間の死を理解し怒りの咆哮を轟かせた。
『キキ……キィイイ!!』
怒りのままにぶつかってくるか――否、そうでもなかった。
一匹のファットラットは木々の間を掻い潜りながら不規則に転がり回り、かと思えばもう一匹は強靭な脚で跳躍し、幹を蹴りつけながら木の上へ登るという荒業を使った。
なるほど、最初に上から強襲してきたのはこうやって登っていたからか……!
「きゃっ!」
魔法を発動しようとしていたイオナが、背後から迫ってくるファットラットへの反応に遅れる。
辛うじてその巨体は躱せたものの、受け身を取れず地面に倒れたせいで中々起き上がれずにいた。
そこに、覆いかぶさるような影が。
「危ない!」
ほとんど飛び込むように、オレはイオナの前までダッシュする。
強く地面を踏み込んで跳躍し、落ちてくるファットラットとイオナの間に滑り込んだオレは、中空で巨体を受け止めた。
重い。弾き返すのは明らかに無理だったので、オレは防御状態のまま障壁の形状を斜めに組み替えることで攻撃を受け流した。
「っはあ……」
「ありがと、ダイン……!」
気にするな、と返したいところだったが、着地したファットラットが既に次の攻撃態勢に入ろうとしている。
鋭い爪の生えた前脚を振り上げ、オレたちを狙う。
「――ライト!」
イオナが即座に発動出来る光魔法で、ファットラットの視界を潰した。
突然の光に驚いた敵は、前脚を振り上げた勢いのまま後方へ滑る。
その隙を、オレは逃さない。
「うおおぉ……ッ!」
武器を切り替え、両手剣へと変化させ。
あらん限りの力で、振り抜く。
『ギキ……ッ』
……一刀両断。腕が痺れてしまうほどに固かったが、どうにかなったな。
身体を左右に斬って分けられたファットラットは、当然に命の灯を喪っていた。
「バッチシ、だね。あと一匹!」
「ああ。どこへ行ったか……」
不規則に転がり回っていた最後の一匹。
そのスピードはかなりのものだ、散開しているオレたちの誰が狙われてもおかしくない。
「あ……ダイン!」
イオナが右の方を指差す。そこにいたのはフェイで、彼女の背後に最後のファットラットが迫っているのが見えた。
「くっ……フェイ、後ろだ!」
間に合いそうもないが、フェイに危険を知らせながら全速力で走る。
フェイはすぐに反応してくれ、回避行動をとるものの、ファットラットがぶつかってくる方が速そうだ。
「――氷刃」
エスカーがフェイの前に氷の刃を突き刺して、防壁のように機能させる。
それはファットラットの衝突で呆気なく砕け散ったものの、僅かに時間を稼ぐことに成功した。
フェイはその間に身を捩り、何とか回転攻撃を喰らわずに済む。
「ありがとう、エスカーくん」
「これくらい、どうってことないよ」
エスカーは微笑を浮かべながら言う。気障な台詞だが、今のは素直に感謝だ。
奇襲に対処されたファットラットは、しばらく付近を転がり回った後、疲れたようでピタリと動きを止める。
それをチャンスと、ルカが攻め込んだ。
「せいっ!」
渾身のアッパーが顎にヒットする。……しかし、ファットラットの巨体は僅かに傾いだだけだった。
強化された身体能力を以てしても、あの重量級には致命打を浴びせられないのか。
「――パワーゲイン!」
そのとき、魔力を練っていたフェイが魔法を発動させる。
今のは……補助魔法。対象の攻撃力を底上げするものだ。
ルカの体に、淡い赤の光が纏う。それは湧き上がる力を表す光に相違なかった。
「……喰らえぇっ!」
再び、渾身の一撃。
今度は力強い蹴り上げだった。
イマジネートによる強化と、補助魔法による強化。二重に強められた蹴りがファットラットの巨体を浮き上がらせる――。
「――ブライトレイ!」
そこに、イオナの強烈な技が直撃した。
凝縮された一筋の光が、ファットラットの頭を正確に撃ち抜く。
轟音とともに地面へ墜ちたファットラットは、もう二度と動くことも無い。
三匹目……最後の敵もこうして沈黙し、オレたちは討伐目標との初戦を勝利で飾ったのだった。




