41.魔法を行使する
歴史学の講義が終わり、ヴァージニア教官が退室してから十分後。
次にやって来た魔法学の教官は、小柄な壮年の男性だった。
「ほほ……今年も良い目をした若者ばかりで嬉しいの。儂はキャスパー=ミルラという。君たちに魔法学を教える教官じゃ」
年齢は六十過ぎだろう。長い白髪はオールバックにしていて、後ろで一つに結っている。丸いレンズのべっ甲眼鏡を掛け、蓄えた顎髭を撫でつけていた。
まるで仙人のような出で立ちだな、とオレは心の中で呟く。
「魔法とは、イマジネートという力が生み出されるよりも以前から存在する、魔物に立ち向かうための力じゃ。古来はコンストラクターたちが、闘技と魔法を以て魔物と死闘を繰り広げておった。今ではイマジネートの方が戦闘技術として世間に浸透しておるが、コンストラクターの間では魔法も主戦力じゃぞ。そも、年を経るとこれしか使えんようになるからの」
言いながら、キャスパー教官はいつの間にか手にしていた細く短い杖をくるりと回す。
すると、杖の先から小さな火が噴き出た。
「素養があれば、老いも若きも関係なく魔法は使える。ゆえに、現代ではこれを生活の手助けに使う者も結構おるな。小規模に火や水を生み出すのは実際、便利っちゃ便利じゃからの……儂も庭の掃除などでよく使っておるよ」
魔法の教官がそんなこと言っていいのかとは思ったのだが、魔法に対して高潔な考え方を持ち過ぎているような人だと嫌なのも確かだ。
魔法は神聖なものだなんて言わず、便利なものだよくらいに言ってくれるユーモアある人の方がそりゃあやり易い。
「じゃが、もちろんイマジネーターである君らに教えていくのは戦うための魔法じゃ。この講義では、魔法の基礎知識について教えつつ、実際に魔法の習得を目指してもらうことになる。……ただ、先ほども言ったが魔法の行使には素養があるのでな。この中に魔法がてんで駄目だという者がおったら、手を挙げてほしい」
キャスパー教官の言葉に、何人かの生徒が恥ずかしそうに挙手した。その中には当然レメディオもいる。
教官はうんうんと頷くと、
「素養で差がついてしまうと申し訳ないからの、期末には筆記試験の他に実技試験もあるんじゃが、魔法に適性のない生徒は評点の実技割合を軽減することになっておる」
ちなみにこれは、入学二日目に行った能力測定の結果も踏まえて対象者が決まるそうなので、今手を挙げたから免除ということではないようだ。
まあ、不可能ではなく苦手だという程度で挙げておいて軽減されたらそれはズルみたいなもんだしな。
「免除というわけでもないからの。素養の無い者も、だからやらなくていいとは思わんように。イマジネーターにとって大事なのは努力じゃよ」
キャスパー教官はそう言ってニヤリと笑う。決まった、なんて考えてるのだろうか……。
「はてさて……あれこれ教えていきたいところではあるが、ヴァージニア教官からも伝えた通り、今日のところは触りなのでな。まずはこういう質問からいくとしよう。魔法にはどのような属性があるか、言える者はおるかの?」
ヴァージニア教官と同じように、キャスパー教官もオレたちに向けて質問を投げかけてきた。
魔法については明るくないので、オレは自然と目を逸らしてしまう。
ここで手を挙げたのはイオナだった。
「属性は七種類……火・水・雷・土・風・光・闇ですね。ただし属性が無い魔法……つまり無属性というのもあります」
「うむ、順番も含めて良い解答じゃ。無属性以外の魔法については相性があり、火は水に弱く、水は雷に弱い……という具合になっておる。光と闇については互いが弱点でもあり有利でもある特殊な関係じゃの」
完璧には知らない知識だったが、イメージは付きやすい。火は水に弱いというのは誰にでも分かることだもんな。
ただ、純粋に使用者間で大きな力の差があれば相性というのも吹き飛んでしまうのだろうが。
「では次、魔法のランクについては知っておるかの。これもイオナちゃんに答えてもらうとしようか」
「正式にはランク八まで……でいいでしょうか?」
「それは、正式でないものがあると暗に言っておるようなものじゃぞ」
「あはは……それもそうですね。じゃあ、ランク九まで」
「良い良い。これもイオナちゃんの答え通りで、正式に認められた八つのランクの上、最上級のランク九があるとされておる。尤も、ランク九の魔法を使える者は現代に存在しとらんかもしれんがの」
魔法にランクがあるところまでは知っていたものの、二人が話したことはまるで初耳だった。
……正式じゃないランク九ってどういうことだ? 途方もなく強力だが、危険過ぎるので禁忌扱いになったとかだろうか。
「その昔、魔術卿と呼ばれた偉大な魔法使いがおってな。名をスレイマン=ヘリングと言ったが、その者は既存魔法の『回路』を組み替えることで、新しく且つ強力な九ランク目の魔法を生み出したのじゃ。ゆえにこれをスレイマンの大魔法と呼ぶ者もおる」
スレイマン=ヘリング……聞いたことの無い名だ。しかし、魔法を究める者にとっては有名な人物なのかもしれない。
「魔法というものは古来から型があってな、誰かが生み出したものではなく初めからそうあったものなんじゃよ。ちと難しい話かもしれんがな。……だからこそ新しく魔法を作るというのは人間離れした業であったし、他の魔法使いたちはこれを正式な魔法とは定義しなかった。あくまで闘技のカテゴリじゃとな。そういう次第で、九ランク目は非公式なわけじゃ」
世界で初めて、そして唯一新たな魔法を生み出した偉大なる魔法使い……凄い人物が存在したのだなと驚かされる。
そこまでの使い手なら、もしかするとイマジネーターより強かったのではないか。今ではもう、比べようがないけれども。
「一説には彼が、世界に秘匿された伝説の魔法すら習得したのではないかとも囁かれておったが……それは眉唾じゃろう。何せ伝説の魔法というもの自体が眉唾じゃからな」
キャスパー教官はそう言って軽く笑った。初めて聞くことばかりだが、魔法の歴史というのも奥が深いのだな。
イマジネーターとしてはその本分であるイマジネートにばかり気を取られがちだが、魔法だって極めればとてつもない力を発揮するんだと意識させられる。
一昨日バランとの戦いで試してみたこともあったが、今のオレに使えるのはせいぜい下級魔法……ランク一か二程度。それが三、四と上がっていけば……面白そうじゃないか。
「ほほ……魔法の世界に少しは興味を持ってくれたようじゃな。教える立場として嬉しい限りじゃ。では、場も温まったところで次に移ろうかの……後の時間は、ランク一魔法の紹介とその実践じゃ。なるべく丁寧に説明するつもりじゃから、皆しっかり付いて来とくれ」
教壇から少しずれた位置へ移動して、キャスパー教官は杖を構える。
そうして一つ一つ、魔法の実演を開始した。
ランク一の魔法は各属性で一つずつ……他に回復系の補助魔法もあって、これは無属性にカテゴライズされるようだ。
火属性のフレイ、水属性のアクア、雷属性のエレク、土属性のクレイ、風属性のエアル、光属性のライト、闇属性のダーク、無属性のブロウ、そして傷を癒すヒールと毒気や痺れなどの状態異常を癒すキュア……威力は控えめに、これらの魔法を次々にやって見せるキャスパー教官。最低ランクと言えどもここまで早く複数の魔法を唱えられるのはかなり器用だし、この人も凄い魔法使いなのは間違いなさそうだった。
全てをやり終えた後、キャスパー教官はオレたちに今の魔法をやっていくよう指示を出した。……これ、下級魔法だからまだいいけれど、ランクが上がると講義室が壊れるのでは。そんな疑問を感じた時、高ランクの実践では演習場を使うこともあるという補足をされた。まあ、そりゃそうだよな。
「――フレイ」
掌を上に向け、魔力を集中させる。発動させた火属性魔法は、しかし僅かな火の玉を発生させてすぐに消失してしまった。
「ふむ、上手いもんじゃ」
「……どこがです? すぐ消えちゃいましたけど……」
「なに、ブースター無しでならそんなもんじゃ。言われてすぐに出来るなら、戦闘でも役に立つレベルじゃよ」
「あ――」
そうか、ブースターはイマジネートのためにあるだけじゃなく、魔法の強化もしてくれるのだった。
普通に使えばこれくらい。だから生活の助けになるなんて感覚の人もいるわけで。
……だとしたら、やっぱりキャスパー教官は相当の使い手だよな。
周りを見てみると、オレが出したのよりもかなり小さい火しか出せていない子もいる。
イオナやフェイ、エレンちゃんにエステルちゃんなんかは素養十分なのだろう、オレよりもかなり大きい火の玉だった。
当然ではあるが、ランク一でも人によってまちまちだな。
また、得意属性も人それぞれなようで、オレはどちらかと言えば平均的だったが、光が弱く闇が強く出るような傾向があった。
イオナやバランは光が強そうだったし、エスカーやフェイは水が強そうだ。ステータス次第でこんなに違いが出るのは興味深い。
「面白いもんじゃろう。魔力を磨いていけば、魔法が目に見えて強力になっていく。それを体感していければ更に面白くなること間違いなしじゃぞ」
キャスパ―教官はまたニヤリとする。……この人、きっと魔法が好きでたまらない人種なのに違いない。
講義の場で若者に魔法を教えられること、それ自体が教官には『面白いこと』なのだ。
それから十二時になるまで、オレたちは魔法の練習に励み、キャスパー教官は楽しげな様子でそれを眺めていた。
何というか、それはとても充実した時間だったと思う。
最後には、魔法に対する意識の変化を自覚して。
オレはイマジネートだけじゃなく、この力も強めていけたらいいなと気持ちを改めるのだった。




