33.オリエンテーション④
「――氷刃!」
エスカーの生成した氷晶が、魔物の右前脚を断ち斬る。
その前脚が鋭い鎌のようになっている昆虫の魔物――サイズマンティス。
体長は一メートル以上あり、鎌状の脚で斬りつけられれば大怪我は必至だ。
普通の人なら一目散に逃げるべき相手だろう。しかし、イマジネーターの能力があれば互角以上に戦える。
「今だよ!」
「分かってるって!」
後を任されたルカが、強化された身体能力を活かして敵に急接近する。
斬り落とされた脚の側から安全に攻め、マンティスの顎に強烈なアッパーをお見舞いした。
『ギギ……ッ!』
マンティスの体はくるりと綺麗な弧を描き、地面に墜落する。
そこにイオナが駄目押しの光魔法を放った。
「――シャイニング!」
強烈な光がマンティスの上空に出現し、それが近づくほどに身を焼いていく。
魔法が消えることにはもう、マンティスの体はほとんど黒焦げの肉塊に成り果てていた。
「完膚なきまでに、だなあ……」
チームのコンビネーションは驚くほど良好に思えた。今だってどう攻めるかを打ち合わせたわけじゃないし、自然と息が合っている感じがする。
リーダーは司令塔の役目も期待されそうなものだが、それもこの程度の戦闘じゃ必要なさそうだ。
「……素材取得、と」
すっかりボロボロの死骸を前に、素材なんて採れるのかと心配したが、何とかサイズマンティスの鎌と僅かなマナを取得することが出来た。
テスタマイザー内に格納されるので実感はあまりないのだが、これでキラーウルフに続いて素材を手に入れられたわけだ。順調、なんじゃないだろうか。
「んで、移動も割と順調かね……」
オリエンテーション開始から約三十分。周囲には木々も増えてきて、シャロー森林の近くまでやって来たことを感じさせてくれる。
この辺りから、艶めく赤――リンゴかそれに似た赤い果実を探し始めてもよさそうだ。
「実の生っている木はあっちの方にありますけど……ううん、あれは赤くないわねえ」
フェイが指さした方には、なるほど幾つも実を付けた木が見える。ただ、あれは多分オレンジだ。
木々で生い茂っているこの場所では、果樹も沢山生えているのに違いない。ここから目的の木を探すのが一番大変かもな。
「リンゴの木自体、沢山ありそうだよね?」
「だね。最初に見つけた場所に合格証が無かったら、次に行くしかないのかな」
「あくまでヒント、だもんね。最終的に虱潰しになっちゃうのかも?」
ルカにエスカー、イオナが順に意見を述べる。……虱潰しに回らないといけなくなるのはちょっとキツい。
その場合、回ったところには目印を付けておくとかしないといけなさそうだ。
長期化するほど、他チームとかち合う確率も増えていきそうだな。
「まだ他チームの姿は見てないけど……」
抽象的ながら、オリエンテーションの範囲内で該当するものとなるとかなり絞られるヒントではあるし、いつ他チームが来てもおかしくはない。
妨害される可能性まで考えると、手分けして探すのも気が引けるんだよな。
少し悩んだが、現段階では全員で行動し、リンゴ探しを継続することにした。ずっと上を見ていると首が痛くなりそうだが、そこは我慢するしかない。
「あっ、アレじゃない?」
真っ先に目的のものを見つけてくれたのはルカだった。指差す方向には、確かに赤い果実が生っている。
オレたちは急いで果実の生る木に近づいていき、それがリンゴだと確認してから、付近を調べ始めた。
「……何もないな」
合格証がどういう形状のものかも知らされてはいないが、少なくともここには何かが隠されているような形跡がなかった。
もう少し範囲を広げて粘り強く探してみたが、それも徒労に終わる。
「ここはハズレってことかなあ」
「どうでしょうねえ……」
ルカが残念そうに言うのに、フェイは首を傾げる。……ハッキリ違うと断定出来ないとはいえ、これだけ探してないなら駄目そうだ。
「ひとまずここには目印を付けといて、他の場所を見てみるか?」
「そうしよっかー」
『でしたら、マップ機能上で現在地をピン留めしておきますよ。……ほら、これでこの場所がどこか分かるでしょう』
マルがあっという間にマップ上にピンを設置してくれた。これも便利な機能だ、使ってくれて助かる。
どうやらイマジネーター側からもマップの操作が出来るらしいので、チームの各人が手分けして探索するような場合には情報共有が捗りそうだ。
とにかく、現在地を記録しておけたので、オレたちは更に森林の深くへ向かってみることにした。赤い線、つまりオリエンテーションの対象範囲の外側にももう近い。
そして十分ほど歩いて赤線まで達し……結局、他にリンゴの木は発見出来なかった。
「んー、後はここから南北に探索範囲を広げてくくらいしかないけど……」
「意外とリンゴの木、少ないよね。あそこが正解だったって気がするんだけどなあ」
エスカーはそう言うものの、実際合格証は隠されていなかったのだ。
五人で懸命に探して見つからなかった以上、見落としがあるとも思えないし……。
「……うーん……?」
一路リンゴの木のところへ戻りつつ、オレは考えを巡らせる。
右手にヒントの紙を持ち、その文面を反芻する。
艶めく赤を掲げしもの……これがリンゴの木という発想に、間違いはないと思えるのだが。
これが『答え』だと簡単過ぎるのもそうだ。もしも、更にもう一段階発想が必要なのだとしたら……。
「……あれ?」
気付いたことがあった。
文面にばかり囚われていたところに、それは新鮮な気付きだった。
「なあ、皆……この紙、なんかちょっと変じゃないか」
「ん? 文章じゃなくて、紙?」
ルカが訝しげに言い、他の皆もしげしげと紙を見つめる。
そうして五秒ほどの沈黙の後、
「あら、この紙……」
「破られてる?」
「あっ、そうかも!」
イオナが呟いた言葉に、ルカが声を上げて賛同する。
そう、よくよく見なければ分からないのだが……この紙の一辺がどうも破られているように感じられるのだ。
下以外の三辺は、機械で裁断されたような綺麗な切り口になっている。しかし、下側だけは折り曲げた後に定規かなにかを添えて破いたような、繊維のほつれが見えた。
「だったらどうなる? ヒントの紙が破られているのだとしたら……」
「そりゃエスカー、決まってるじゃん。ヒントの紙にはきっと続きがあるんだよ」
「ルカ、その先さ。だったら続きはどこにあるのか……」
「……え? もしかして……」
多分、エスカーの予想しているそれが正解だとオレも思う。
だからこそ、ヒントは紙に書かれて各チームに渡されたのだ。
だって、全チームのヒントが同じなら、その場で口にすればいいだけなのだから。
あえて紙に書いて渡す必要性がなかったのだから……。
「おっと……ようやく見つけたぜ」
そのとき、聞き覚えのある声が前方から飛んできた。
ヒント用紙に注目していたオレたちは顔を上げ、声の主を視界に入れる。
「お前は……」
ニヤリと笑う、オレンジの髪の少年。
「悪いがオリエンテーションのルールだ。恨まないでくれよ?」
バラン=カーファとそのチームメンバーが揃い、オレたちの前に立ち塞がっていた。




