307.親愛なる女神よ、どうか
ロウディシアに帰還し十分な休息をとった翌日。
オレたちは午前の講義を何とか乗り越え、再びイース・ミュールを訪れていた。
転移門の設置された部屋の外には使用人の方が待機していて、来訪したオレたちをすぐ案内してくれた。
「いずれこちらの装置も、専用の建物の中へ移動させていただこうと考えております」
既に王宮ではその方向で意見がまとまり、街の外れに設備を建設する計画が起こされたらしい。
ロウディシアとイース・ミュールの交流が始まる第一歩という感じだな。
式典が行われるのは大広間。王宮が建築されて以来、最も大きな規模の式典になるようだが、一応キャパシティは足りているそうだ。
「こちらでございます」
扉が開かれると、その向こうには既に大勢の人がいた。
形式としては立食パーティーのようになっていて、食事やお酒は部屋の端の方に配置されている。
使用人たちはその近くで、必要に応じてすぐ動けるよう待機していた。
「豪華だね……」
「はい。パレス様を送るのに、金を惜しんではならないとのことで。可能な限り豪勢な式典を準備させていただきました」
派手に送ろうと決めたのだから、そこでケチケチするのはもっての外だものな。
皆が平和を噛みしめながら、それをもたらしてくれた女神様に感謝を示す……大切な式だ。
「式典は間もなく開始となりますので、しばしご歓談ください」
「ええ、分かりました」
案内してくれた使用人は、一礼して広間を出ていく。
式が始まるまでは、他の来賓を案内し続けるのだろう。
「いやー、ホンマに豪華なパーティーやなあ!」
「な! 昼飯食わずに来たし、早くメシを食いたいぞ」
「……お前ら、はしゃぎ過ぎるなよ。ただめでたいだけの式じゃないんだからな」
珍しく、バランがご尤もな注意をエステルちゃんたちにしている。
何だか子どもとその保護者、という風にも見えるなあ。
「お疲れ様です、皆さん」
広間に入って少し歩いたところで、見知った顔に出会う。
セラフィス教会のニオさんとアディさんだ。
「お二人とも。お疲れ様です」
「えっと、アディさんたちはこちらで一泊されたんでしたよね?」
エレンちゃんが訊ねると、アディさんはそうだよと頷き、
「ようやく調査報告もまとめられそうだ。ニオ大司教に色々手ほどきしていただけて、僕も少しは自信がついたよ」
「ほっほ。アディくんは覚えがいいですからな。いずれは一人でも、異世界の調査を行えるようになるでしょう」
「あはは、まだまだですよ……」
彼らにとっても、この一週間は実りあるものだったようだ。
新規ワールドスクリプトの調査報告、か。一体どんな風にまとめられているものなのか、ちょっとは気になるな。
「おう、英雄サマ方のご到着だな」
そこで、野太い声がこちらに飛んでくる。
どうやらアルゴニオさんのようだ。体つきも大きいので、近づいてくると非常に目立つ。
おまけに英雄などと呼ぶものだから、周囲の人たちも注目し始めてしまった。
「飲み食いはもう好きにやってていいらしくてな。酒は何杯かいかせてもらってるぜ」
「アタイ、こういうキラキラしたとこは苦手なんだけどねえ。ま、せっかくの機会だから色々学ばせてもらうよ」
海族からしたら、こういう場所はやはり格式高い感じがして肌に合わないらしい。
それでも、誘ってもらえたことは光栄であり、参列者としてちゃんと見届けよう、というわけだ。
……あと、多分パレス号のこともあるんじゃないだろうか。あの船がアルゴニオ海族団の新たな船になるのかどうか。
「どうも、お疲れ様。時間通りに来てくれて嬉しいよ」
「どもです」
次に声を掛けてきたのは、海軍の男性二人。セイルさんたちではないが、昨日謁見の間で見た顔だ。
確か、デネル中将とイワンさん。バランたちから簡単にではあるけれど、話は聞いている。
「君たちは式典の主役だからねえ。式の最中に紹介だけはさせてもらうつもりだから、どうぞよろしく」
「はは……恥ずかしいですけどね」
「いやいや、この世界を救ってくれた英雄なんだ。既に巷でも、そう呼ばれるようになってるんだよ」
アルゴニオさんが英雄と呼んできたのは、街の人たちがそう呼び始めたからというのもあったようだ。
イース・ミュールを救った英雄。そう讃えられるのは気恥ずかしいけれど、やっぱり嬉しい。
「……と。そろそろ始まるんじゃないかい。お前たち、酒はダメでも飲み物は持っときな」
「あ――はい」
会場の照明が僅かに暗くなる。前方部分だけが明るさを保ったままだ。
その明るい場所には、沢山の花が飾られていて。
中心には、主を喪った玉座が置かれているのだった。
「皆さま、ご歓談中のところ失礼いたします。時間になりましたので、ここで一つご挨拶をさせていただきます」
司会を務めているのはセイルさんだ。聞き取りやすい語調で挨拶を読み上げていく。
「本日はお集まりいただき、ありがとうございました。本式典は、世界に迫っていた滅亡の危機を退けられたことに対する祝典……そして、その危機を払うため自らの命を賭して、我々を護ってくださった女神パレス様を送るための葬礼でもございます。どうか皆さま、笑顔でパレス様をお見送りいただきたく――」
賑わっていた場もこのときはしんと静まり返り、セイルさんの言葉を聞き逃すまいと誰もが彼の方を見つめる。
そうしてしばらく式の説明を述べてから、
「では、ドニ国王よりお言葉をいただきます。皆さま、ご静粛に……」
と、国王様にバトンを渡した。
「えー、こほん。改めて皆、この場に集まってくれてありがとう。本来であればこの式典は、イース・ミュールの平和を祝うだけのめでたいものであった。しかしながら、この平和を享受するために、我々は耐えがたい喪失をも経験することとなってしまった。常に世界を、我々を愛し、慈しんでくれた女神パレス。彼女がまさに全てを投げ出し、災厄の魔物を封じてくれたからこそ、今の平和がもたらされたのだ……」
ドニ国王の瞳が潤んでいるのが、ここからでも分かる。
あの人にとって、パレスちゃんは常に隣で寄り添っていた存在。
世界にとっても、あの人個人にとっても、欠けることが考えられなかった存在なのだ。
集まった街の民たちも、国王の涙にもらい泣きをしているのが分かる。
「そしてまた、平和を脅かす者たちに誑かされ、命を落とした仲間もいた。彼らもまた、この世界を護りたかったのには違いないだろう。力及ばない悔しさに、悪しき者たちは甘言を以て付け入ってきた……」
千年王国の駒にされた、ラークさんや他の海軍兵士たち。
彼らもまた、この戦いにおける犠牲者には他ならない。
王国が魔の手を伸ばさなければ、生まれることの無かった悲劇だ。
たとえ刃を向けられたのだとしても……共に弔われるべき命で。
「どうか皆、未来の幸せを祝う前に今一度だけ。この未来へ我々を導いてくれたパレス様に、犠牲となった者たちに祈りを。そして必ずや我々は、幸福と繁栄を築き続けていくのだという誓いを」
ドニ国王は静かに目を閉じ、オレたちもそれに倣う。
犠牲となった彼女らへ、多大なる感謝を。安らかに眠りたまえという祈りを。
「……では」
祈りを終えたドニ国王は、ゆっくりとグラスを掲げる。
「この杯に誓って――」
掴み取った先の、幸せな未来を。
彼らは、そしてオレたちもまた、誓う――。




