306.私たちで夜明けを
「ルカ……」
振り返ると、そこにいたのはルカ――だけではなかった。
チームのメンバー全員……もちろんマルも含めて四人が揃っている。
「え、えーと……皆さんどうしてこちらに?」
焦りを隠すように笑みを浮かべながら、イオナが問いかける。
それに対してルカは、
「いや、ふと飲み物でも取りに行こうと部屋を出たら、イオナさんが屋上へ行くのが見えてさ。そのすぐ後にエスカーから連絡が来たんだよ。屋上に来たら面白いものが見れるよって」
「アハハ、俺の方でもリーダーが屋上に行くところを目撃しちゃってねえ。何となく尾けてみたら……ってワケ」
「……エスカーさん……?」
とんでもないプライバシー侵害だとでもいう風に、イオナは笑顔のまま怒りを露わにする。
その気迫は、流石のエスカーも少し怖気づいたほど。
「お二人さんの様子を見守るかどうかは迷ってたんだよ? そしたらルカ、メンバーの全員を連れて来ちゃって。何を話してるか絶対聞くんだってなっちゃったもんだからさ」
「それは、これだけ集まればやっぱり解散、とはならないでしょ? フフ、私たちも青春を謳歌する少年少女ですもの」
「少女側が強すぎるんだよねえ……」
エスカーはやれやれとお得意の仕草をする。
ただ、焚きつけたお前がやっぱり一番悪いだろと思う。……せっかくさっき、学ぶところも多いと評価してやったばかりなのに。
「男子と女子が夜に屋上で密会というのはいただけませんね。誤解にしても、良からぬ噂が立つかもしれませんよ」
「良からぬ噂ってそんな……」
「青春を謳歌する少年少女は、そういう噂に敏感なものです」
決めつけるようにピシャリと言い放つマル。……彼女、案外そういう話も好きなのか……?
しかし、マルの言うことが本当なら面倒な話ではある。誤解というのは得てして解きにくいものだから。
「……皆はそういう誤解、してないよね?」
恐る恐る聞いたのはイオナで、
「もちろんしてないよ?」
あっけらかんと返したのはルカだった。
「……誤解じゃなかったら暴れてるところだし」
「うん?」
「何でもないっ」
ルカは腕組みをしながらぷいとそっぽを向く。
感情の変化が目まぐるしい奴だなあ……。
「それよりも! 二人で大それた秘密を共有してるみたいじゃない」
「そ、それはー……」
オレたちの会話を盗み聞いていたということは、イオナの預言者という呼称を知られてしまったということ。
そして終末ノ獣を斃してきたこれまでの旅路が、定められたものだということも。
「まあ、最初からどう考えても怪しかったわけですが。桃色の髪にイオナという名前……無関係だという方が無理のある話です。それでもあえて詮索しなかったのは、皆さんが配慮していたからでしょう」
「フフ。導入訓練の時、ダインくんが身の上話をしてくれて……その後こう言ってたじゃない? 誰しも苦労を抱えてるし、気にしてもらうことじゃないって。きっと、それが皆の心に刺さったんでしょうね」
「そのときちょうどイオナの名前も持ち出してたしね。仕方ない、本人が言うまで待つかあってボクらもなっちゃったワケだよ」
抜け駆けした人はいるみたいだけど、とルカは舌を出す。
その視線の先にはエスカーがいた。……なるほど、やっぱりコイツだけは詮索をかけてきてたのか。
「でも。ダインとだけその秘密を共有しちゃうのはいただけないですよ。いつの間にかボクら、蚊帳の外になっちゃってたみたいだもの」
「ルカさんほど嫉妬してるわけではないですが……少なくともイオナさんの秘密は、どうやら私たちにも関係してしまっているようですしね」
「ええ。巡礼の旅というのが、私たちがこれまで対処してきたイレギュラー案件だとしたら、どう考えても無関係じゃないわ」
預言者と子羊が担う、人類が夜明けに至るまでの巡礼。
その子羊とはオレだけじゃなく、共に戦う皆だって当然に含まれているわけで。
それを指摘されると、確かに悪かったという気持ちになってしまう。
決定権が預言者たるイオナにあるのだとしても。
「……はあ」
イオナは溜め息を吐き、一瞬だけエスカーの方を睨む。
仲間を巻き込みやがって、とでも言いたげだったが……彼に向かって特に怒ることはしなかった。
「バレちゃったら仕方ない。まあ、この感じで隠せるはずもないと分かってはいたけど。ちょっと早かったなあ」
「じゃあ、イオナは本当に女神様の?」
「生まれ変わりとかじゃないよ。あくまで女神様のメッセージを人々に伝える機構……預言者だってだけ。それでも重要人物には違いないけどさ」
「預言者……そういう意味だったのね」
これまで何度か、イオナが預言者と呼ばれる場面はあった。
皆、スルーしたもののやはり気になっていたのに違いなく、腑に落ちたという顔をしていた。
諦めたように笑いながら、イオナはメンバーたちに自身の抱える事情を語っていく。
女神の代行者、人々が夜明けを迎えるために挑む巡礼の旅、そして定められた命の刻限……。
聞き終わる頃にはもう、誰もイオナのことを茶化そうとはしなかった。
真剣な表情で、彼女の話を受け止めていた。
「そんな……そんなことが」
「預言者やら巡礼やら、意味深な言葉が度々交わされてたけど……まさかこうも重大なものだったとはねえ」
「イレギュラー対策チームとは、預言者であるイオナさんが世界を救うために出来たもの、だったんですね……」
各々が嘆息交じりに感想を呟く。
イオナが抱えているものの重さを知り、悲しげに彼女を見つめる。
「あはは……だからごめんね。フェイが無関係じゃないって言った通り、私が皆を巻きこんじゃったんだ。イレギュラー対策チームとは預言を成就させるためのチームで、皆は私とともに世界を救わなくちゃならない……責任重大な役目を背負わせちゃってる」
「……本当、責任重大過ぎるよ」
ルカがぽつりと呟いたのに、イオナは申し訳なさそうにまたごめんと謝る。
けれど、ルカは首を振った。
「イオナが背負ってるもの……そんなの、一人が背負うには重過ぎるじゃん! 大人になるまで生きられるか分かんなくて、それを回避したかったら世界を救わないといけない……? やらなきゃいけないことの規模が大き過ぎるよ!」
「ルカ……」
「何でそんな運命を、イオナが課されなきゃいけなかったのさ……」
その悲痛な訴えは、決して自分がその運命に巻き込まれたことを呪うものではなく。
真実、運命の中心であるイオナを心配し、発せられたものだった。
ルカがそれほどに自身を案じてくれるとは思っていなかったのか、イオナは驚く。
それからすぐ、ルカの真心に胸を打たれて……目元に涙を滲ませるのだった。
「……えへへ、ありがと。てっきり怒られるかと思ってた。勝手にそんなことに巻き込まないでよって」
「そりゃ、全く思わないではないよ? 新人イマジネーターとして絶対有り得ないことしてるとは感じてたから。でも、最悪ボクらはいつでも降りられるワケで、本当に命を懸けてるのはイオナだけじゃん」
「そうね……イオナちゃんは言うなれば、その命を人質にとられてるようなものだものね」
「あと、世界を救えてきたっていうのは純粋に嬉しいよ。その力がボクらにはあるってことだし、沢山の人に信頼されて、沢山の人を繋ぐことが出来てるから」
オレもその言葉には心底同意する。
オレやルカがイマジネーターを志すようになったきっかけはあの日の憧れであり、誰かを、何かを護るという気持ちが軸にあるのだ。
「……だから、巻き込んだとかは謝らないでほしいな。謝るべきなのは、その秘密をずっと抱えてきたことだよ。多分、ダインに話して少し楽になったんでしょ? だったら、ボクらにも話してもっと楽になってほしかったなーって」
「私もルカさんと同じ気持ちです。他ならぬ私自身、皆さんに過去のことを話して楽になりましたし……それに、そういう秘密はきっと後になって分かるほど、あの時言ってくれてたら、という風になるものなんですよ」
「……かもしれないわね。言って不利益になるようなことじゃないなら、早めに話してくれても良かったんじゃないかしら。ダインくんだけじゃない。私たちも、仲間なんですもの」
「……皆」
正直、イオナの秘密はこの世界における機密事項ではある。
でも、少なくともオレには打ち明けているし……預言者と共に巡礼の旅を歩まねばならない者に、何も明かさないままでいるのは土台無理な話だろう。
まあ、つまりは……この辺りが潮時だった、ということだ。
「ふう……返す言葉もございません。話せば皆が気を遣うかもとか、あれこれ理由を付けてたけど……結局は自己保身みたいなものだったのかもね」
イオナは一つ、大きく息を吐いて、
「仲間……そう言ってくれてホントに嬉しいよ。今まで隠してたこと、申し訳ない」
ペコリと頭を下げた。
「フフ……どう、ルカちゃん? 許してあげられるかしら」
「べ、別に怒ってたワケじゃないけど。どっちかって言うと、ダインには教えてるんだってのがさ……」
「ちょっとした嫉妬ですね」
「違うってばっ!」
イオナにお説教していたと思いきや、フェイに茶化されムキになるルカ。
この瞬間に感じることじゃないかもしれないが……随分と仲間同士の壁も無くなってきたよなあ。
きっと、こうなれた今だから良かったのだ。イオナのことが全員に共有されたのは。
「その……今更過ぎるけどさ。これからもイレギュラー対策チームとして、私と一緒に巡礼を続けてくれるかな……?」
おずおずと訊ねるイオナだけれど、もちろん皆の答えは決まっていた。
「当たり前。そもそも、エイヴスの事件が終わった後に決意表明はしてるじゃない」
「ええ。イオナちゃんの事情を知ったからといって、だから辞めるとはならないわ」
「むしろ……だからこそ、じゃないですか? 貴方のためにも、降りるわけにはいきませんよ」
「皆……」
イオナの涙腺は、そろそろ限界が近そうだった。
……と言いつつ、オレも込み上げてくるものはあるけれど。
「良いチームになれたもんだねえ」
「あ。自分だけ距離置こうとしてるヤツだ」
「残念ながらエスカー君も同類よ」
「諸悪の根源ですからね」
「……素晴らしい連帯感だこと」
女子たちに詰められ、エスカーも流石に軽薄に流すことは出来なかった。
何だかこれも、エイヴス事件の報告の時をなぞってる気分だな。
「ところでさ」
話題を逸らすように、エスカーがイオナに問いかける。
「うん?」
「その預言って、どこまで具体的なの? どのワールドスクリプトが危ないとかって、予め宣言されてるもんなのかい」
「いや、結構抽象的だね。初めに筐があった……っていう、一般に公開されてるあの預言と似たような感じ。だから結局、私たちは向かってくる危機を必死に対処していくしかないんだ」
「……なるほどねえ」
エスカーの返事は少し残念そうだ。
予め分かっていればもっと楽に攻略出来るかもしれないのに、と思っているのかもしれないな。
コイツは情報やら道具やら、事前に収集して対応することに長けてる奴だし。
「……ま、どんな危機がやって来たって、オレたちなら大丈夫と思っておこうぜ」
夜空に浮かぶ月に目を向けながら、オレは言う。
「このチームで巡礼の旅を無事に終えて……夜明けを拝ませてもらわねえと」
「ん、そうだね。せっかくこうして仲良くなれたんだもん」
「ぜひとも皆で、綺麗な朝日を見たいものだわ」
「ええ、そうですね」
仲間たちも、オレの後に続いてくれた。
「……ありがとう、皆。どうかこれからも、よろしくお願いします」
月光は優しくオレたちを包む。
それがやがて彼方へと沈み……人類の眩い夜明けを迎えるまで。
オレたちはこのまま、歩みを止めずに進んでいきたい。
そう――このまま誰一人として欠けることなく。




