305.二度目の巡礼が終わり
「かんぱーい!」
元気な声が食堂に響き渡る。
毎度お馴染みとなりつつある、ルカの音頭である。
昼間はユベールさんに口上を取られてしまったので、今回はいつもより声が大きい気がした。
……この時間の食堂はそこそこ利用者がいるから、ちょっと迷惑だけど。
「やっと自分の部屋で寝られるねー……一週間、長かったなあ」
「本来は二週間くらいを予定してましたから、かなり早かった方ですよ」
イオナのコメントに、マルがそう返す。
二週間と見積もられたのは、転移先の情報がまるで無かったときだからだ。
あそこまで発展した世界の、首都のど真ん中に出られたのは非常に大きかった。
天使であるパレスちゃんが、世界を救う旅路を計画してくれていたことも。
「それにしても、また最後はリーダーが決めることになったワケだ。新しい技を開花させてさ」
「ね! あの白い弓だけでも凄いのに、今度は赤い炎の剣かあ……カッコ良かったなあ」
ルカはあのときと同じような、羨望の眼差しでこちらを見つめてくる。
そういう目を向けられるのは恥ずかしいんだってば。
「つくづく不可思議な能力だよねえ。研究者がこぞって調べたがりそうなほど。門外漢の俺でさえ、その力の秘密が気になるくらいなんだから」
「調べて分かるならハッキリさせてほしいくらいだけどな。……まあ、やべえ人体実験とかさせられるのは勘弁だが」
軽いジョークのつもりだったのだが、何人かは笑わず気まずそうにしていた。
……あり得る、とでも言いたいのか? 怖いからやめてほしい。
「まあまあ、ダインの力に助けられてきたのは事実だし。今は凄いなーってだけ思っとくのがいいんじゃないかな?」
「そうね。千年王国に言わせれば、私の能力だって実験するのに相応しいみたいだし」
「フェイってば……」
実験の話を蒸し返してしまったフェイに、イオナは呆れたように笑った。
「……次に調査依頼が来たとしたら。どんな異世界が待ってるんだろうなあ」
「ルカちゃん、もう次のこと考えてるのね」
「だってさ、対策チームになって二ヶ月足らずでもう二つの案件をこなしちゃったんだもの。いつ次が来てもおかしくないでしょ」
「ふふ……来ない方が平和ってことではあるんだけどね。それに」
フェイは横目でルカを見ながら言う。
「どちらかと言えば、私たちが今一番気にすべきなのは期末試験でしょう」
「ああーっ」
指摘された途端、ルカは頭を抱えてしまった。
嫌な現実に帰って来てしまった、という感じで。
「はあ……この一週間分、勉強しないとなんだよね……」
「午前の講義を受けつつ、な。まあ、まだ一年目の一学期なんだ。何とかなるだろ」
「だといいんだけど……」
もう少し自信を持ってくれ、ルカ。
チームを組んでいる以上、成績も連帯責任になるんだから。
「世界を救ってるんだから、勉強くらい免除してくれないかなあ」
彼女の虚しい呟きを、しかし了承してくれる者などもちろん誰もいないのだった。
*
そして、夜。
もう一つお馴染みのようになってきたことがあった。
オレが自然と足を運んでいたのは、寮の屋上。
ここで涼やかな風を浴びながら夜空を見上げていると、彼女もまたやって来て、話しかけてくるのだ。
「夜が似合いますなあ」
ニヤニヤと笑いながら、イオナがこちらへ近寄ってくる。
「バカ、来るなり変なこと言うな」
「別に変なことじゃないんだけどねえ?」
彼女と二人きりになると、どうもあちらのペースに乗せられることが多い。
……と言うか、別にイオナに限らないか。
誰かと話すとき、自分優位に進めることが難しい性格なんだよなあ、きっと。
「ふふ、とにかく。第二の巡礼も無事に終わったね。お疲れ様」
「ああ……何とかなってホントに良かった。ったく、都合のいい能力なことだ」
門を開く者。世界と繋がり、その力を借りる特異な能力。
終末ノ獣との決戦では、毎回この能力が決定打となっているが……新たな力が目覚めるきっかけこそ、あの獣だったりするのだろうか。
まさに終末ノ獣へのカウンターとして萌芽した能力……。
「でも、さっきも言ったけどダインのおかげで上手くいってる。いくら感謝してもしきれないよ」
「別に、オレだけのおかげじゃないだろ。チームの皆……それに、協力してくれる人たち皆の力だ」
「あはは、いつも謙遜しちゃうんだから」
オレは本心からそう思っているんだけどな。
「そういや、同行してくれた教会の二人はどこまで事情を知ってたのか……アディさんはまだ深くは知らなさそうだったけど」
「ニオ大司教クラスになると、大体のことは伝えられてるんじゃないかなあ。五本の指に入るくらいには上の人だし」
やっぱり、役職的に相当偉い人だったらしい。
詳しく聞くと、セラフィス教会の役職は上から教皇、枢機卿、大司教、司教、司祭、助祭、侍祭と続くそうだ。
教会全体の人員が百名程度で、司祭以下が八割以上を占めているため、大司教であるニオさんはかなりのエリートということになる。
「その割に、教会はどちらかと言えば現地調査に徹してたよな。もっと積極的に介入してくるもんだと」
「まあ、仕方ない面もあるよ。完全な新規の異世界だったしさ。私たちがもっと困ってたら、介入してくれてたと思う」
実際、教会側の助言などもあまり要らずに任務は完了したけれど、異常事態が起きたときに頼れるのは教会の知識だろうしな。
「セーフティネットだったって感じかね。だったら、あの人たちの手を煩わせないで良かったと思うべきか」
「うんうん。やってやったぞって思っておきましょう」
イオナは嬉しそうにはにかむ。
「……今後もまだ、巡礼の旅ってのは続くんだよな」
「そうだね、まだ先は長いと思う。これからも、幾つもの異世界に、人々に試練は与えられていく」
「それを預言者と子羊は、乗り越えてかなくちゃいけない」
「……やっぱり、嫌になっちゃった?」
「そんなわけないだろ。一緒に戦うって決めたんだし……世界を護れるのは、イマジネーターの本懐だし」
「おー……良いこと言ってくれますね」
だから、茶化すなっての。
「とにかく、戦ってく気持ちは変わらないとして……戦力外通告だけは受けないようにしないとな。お前たちじゃ預言者のお荷物だって言われたらお終いだ」
「そうはならないと思うけどなあ」
「世界の存亡がかかってる話なんだ。むしろここまで運が良すぎた。エスカーの言葉を借りれば、皺寄せが来るって奴だな」
「へえ……エスカー、そんなこと言ってたんだね」
ダインに悪影響じゃないといいけど、とイオナは笑う。
あいつからも学べることは多いんだぞ。……もちろん悪いとこも多々あるけども。
エスカーと言えば、あいつの好奇心がイオナに向いたりはしてないんだろうか。
オレのいないところで、彼女が詮索されてたりもしそうだな。
……などと思っていると。
「ははあ、やっぱりそういうことだったんだあ?」
二人きりだったはずの屋上で、ふいにそんな声が聞こえた。




